第4話 今日のことは口外禁止
住宅街にある小さな公園。
夕方頃になれば小学生たちもすっかりいなくなり、都会の中に取り残されたかのような静けさが辺りを包んでいた。
園内のベンチに並んで腰掛けると、俺は右隣に座る少女、ウイカ・ドリン・ヴァリアンテに目をやる。
改めて見てみると、かなりの美人だ。無表情で何を考えているのか読めないが、それも含めてミステリアスな魅力を醸し出している。
背は小さいものの、モデルやアイドルだと言われても信じてしまうかもしれない。
様子をじっと観察していると、彼女もこちらを覗き返してきた。
真剣でまっすぐな視線にたじろぎ、しどろもどろになりながら問いかける。
「あ、あの! 改めて聞くけど、ウイカさんって魔法が使えるんだよね? さっきのあれって……」
だが、彼女は俺の言葉を遮るように首を左右に振った。
無感情な目つきが少しだけ鋭くなる。
「質問するのはこっち。どうやってフィールドに入ったの?」
「フィールド?」
先ほどもそんなことを言っていた気がするが、さっぱり心当たりがない。
今日もいつもどおりの近道を使い、家に向かって進んでいただけだ。特別なことは何もしていない。
「俺は何もしてないと思うけど」
沈黙。彼女がジッとこちらを睨んでいる。少し怖い。
だがこちらの言葉に嘘はないと判断してくれたのか、たっぷりと間を置いてから彼女は静かに説明を始めた。
「さっき獣魔がいたのはスペルフィールド。この世界を模した、全く別の空間」
「……はい?」
獣魔。スペルフィールド。別の空間。
戦闘中にも似たようなことを聞いた気がするが、あまりに説明が突飛すぎる。
ポカンとする俺の表情を一瞥し、彼女は補足的に言葉を続けた。
「スペルフィールドは、獣魔の棲む世界と私たちの世界の狭間にある空間。玄関口のような場所」
それだけ言うと、すべて説明し終えたと言わんばかりに彼女は口を閉じた。
流石に何にも分からない。様子を見つつ、今度こそこちらから問いかける。
「じゃあ、俺は知らない間にそのスペルフィールドとかいうのに迷い込んでたのか?」
「そう」
そうですか。
ひとまず言葉どおり解釈しよう。先ほどまで俺たちがいた場所は、現実世界に似ている別の空間だったらしい。だから他に誰もいなかったし、あの場で起きたことも騒動になっていない。
そして、気づかないうちに俺だけが迷い込んでしまった。最初に俺の顔を見て彼女が困惑していたのは、人がいると思わなかったからだ。
そう言われると一応筋は通る……のか? 理解はできないが。
「ウイカさんは、獣魔を止めるために戦ってるの?」
「うん」
「なんでそんな危険なことを」
「なんで?」
質問の意味が分からないと言った様子で、ウイカさんは眉間に皺を寄せる。
「私が獣魔討伐部隊”アザラク・ガードナー”の戦闘員だから」
ごく当たり前のことを言うように、彼女は答えた。
何がどうして、小さな女の子が魔法を使えるようになり、その何とかという組織に入って、そして化け物と戦うことになるのか。
もっとしっかり聞きたかったが、あまりにも自然に答えるウイカさんに疑問を挟む余地はなかった。
「フィールドに獣魔が現れた段階で、私たちはそれを検知できる。だから、こっちに出てくる前に処理する」
「こっちに……。獣魔が俺たちの世界に現れる可能性もあるのか?」
「ない。絶対、未然に防ぐ」
それはただの決意表明だ。
要するに、アザラク・ガードナーとかいう組織が防ぎきれなかった場合、獣魔はこちらの世界に出てくる危険があるということ。
突拍子もなさすぎてクラクラする。
一度頭の中を整理しよう。
目の前の、同い年か年下ぐらいの小柄な少女――ウイカ・ドリン・ヴァリアンテは魔法使いである。
スペルフィールドという狭間の世界に現れる化け物、獣魔を討伐する組織“アザラク・ガードナー”に所属している。
彼女は組織の戦闘員。箒で空を飛んだり、炎の魔法を操ったりして獣魔と日々戦っている。
これが、得られた情報をすべて信じた場合に分かる、今回のあらましだ。
……まるで御伽話である。
「夢でも見てんのかな、俺」
冷静に考えるように努めたものの、結局理解も納得も難しい。溜息混じりに肩を落とした。
ガックリしている俺の様子を気にすることもなく、今度は彼女が疑問を口にする。
「あなたのことも教えて」
言われて顔をあげる。
と、思ったより近い位置に彼女の姿があった。ただ質問するだけなのにそんなに顔を寄せなくても。
驚いて、俺は体を少し遠ざける。先ほど覗き込まれた時もそうだったが、彼女は話しかける時に接近する癖があるらしい。
美少女の眼差しを避けるように、俺は視線を泳がせる。
「俺のこと――って言われてもなあ。別に、普通の高校生だと思うけど」
出会って数十分程度の相手に自己紹介すべきか一瞬躊躇ったが、相手は化け物から命を救ってくれた恩人だ。言っていることはよく分からないが、少しぐらいは話してもいいだろう。
頭を掻きつつ、俺は簡単にプロフィールを答える。
荒城勇人。一五歳。公立香文高校の普通科一年生。勉強も運動も中間ぐらいの成績で、部活やアルバイトは特にしていない。
クラスで特別目立つわけではないが、友人もいるし至って順風満帆。
父はサラリーマンで母はスーパーマーケットのパートタイマー。家族構成もありきたりな方だと思う。
「そんなところかな。至って普通だよ」
「それが、普通の高校生?」
彼女は小首をかしげて問いかけてくる。
どういう意味だろう。普通の定義を解かれているのだとしたら難しい話だが、我ながら平均的で慎ましい経歴だという自負はある。
「まあ、そうかな。日本で統計を取ったらこんな経歴が真ん中になる気がする。いや統計とか取ったことないけど」
「そう。……普通」
彼女は普通という言葉を噛みしめて、何故かそこで俯いてしまった。
意外な反応に、俺はおかしなことを言ってしまったかと思って焦る。
しかし、彼女はすぐ変化の薄い無機質な顔を上げると、ベンチから立ち上がってこちらに振り返った。
「君のことは分かった。今日はおしまい」
彼女はスカートのお尻側をパタパタはたいて汚れをとる動きをすると、ベンチに置いていた自身の巾着袋をひょいと摘まむ。
どうやら説明と質問は終わりらしい。
聞きたいことはまだまだあるのだが、何を聞いても理解できる気がしないのが正直なところだ。俺も諦めて立ち上がる。
最後に、と言ってからウイカさんはこちらを睨む。
「一応、忠告。今日のことは口外禁止。私たちは秘密裏に行動している。あなたはフィールドに入った特例だから説明しただけ」
「こんな話、誰にも言わないよ。言っても信じてもらえないだろうし」
そもそも、他人に今日の出来事を話そうとしたところで、上手く内容をまとめる自信がない。
俺の返事に満足したのか、彼女は頷く。そして、そのままゆっくりと歩き出した。
公園の出口を抜けて遠ざかっていく少女の背中をしばらくボーッと見つめる。
「うーん、やっぱ訳分かんないな」
魔法少女らしき美少女との出逢い。そして謎の化け物との戦い。今でも夢か何かだとしか思えない。
けれど、たしかに俺はあの場で炎魔法の熱を感じたし、獣魔が踏み込むたびに震える地面の感覚を実感として刻んでいる。
何より。
「……自転車、どうすっかなあ」
獣魔に潰されてしまった俺の通学手段。親になんと言い訳すればいいのか。
何にせよ、もう彼女と会うこともないだろう。今日の出来事は綺麗さっぱり忘れて、現実に向き合う方が精神上良いのかもしれない。




