第31話 決着
繋がれたウイカの手から体温が伝わってくる。
その温かさに混じって、彼女の脈動がそのまま流れ込んでくる感覚。前にネックレスから感じたものと同じ。
これが、ウイカの魔力に共鳴しているということなんだろうか。
目の前のリントヴルムを撃ち払う魔法をイメージする。今度こそやらないと。
「ぐぅッ……!」
呻くような声が聞こえて思考が中断される。見ると、リントヴルムの牙がドロシーさんの腕を貫いている。
流血するその姿を見て、俺の頭は真っ白になった。それでもドロシーさんは反対の手で魔法を練り上げ、敵の顔に砂礫を掃射。
リントヴルムが怯んだ隙に、側面からメアリさんの水撃が飛ぶ。敵は即座に反応して攻撃を避けたが、一瞬口を開いた隙を突いてドロシーさんは脱出に成功した。
満身創痍でふらつく体を、メアリさんが支えて飛び退く。
俺が此処で仕留められなければ二人も危ない。焦る気持ちを隣でウイカが制した。
「今は皆を信じて、イサトは集中」
「わ、分かった!」
そうだった。こんな状況だからこそ他人を気にしている場合ではない。俺は俺のできることをしないと。
ウイカは力強い言葉で続ける。
「目を閉じて、イメージを明確化して。何かあればリントヴルムは私が食い止めるから」
敵前で視界を塞ぐ恐怖はあったが、俺は素直に従った。
ウイカから流れ込んでくる魔力で補いながら、自分のイメージを確実な形にすることだけを考える。
もしも前に発動した時と同じなら、ウイカのピンチを助ける気持ちがトリガーになったはずだ。そこに今はドロシーさんやメアリさんの命も懸かっている。
大丈夫、俺はウイカを一方的に守るナイトじゃない。隣に立って一緒に戦えばいい。
俺にはウイカがついている。彼女はこうして、俺の魔法が発動するのを信じてくれている。
深呼吸。
ウイカの手のひらがじんわりと汗で滲んできた。今の俺にリントヴルムは見えていないが、迫る敵に緊張が高まっているのが分かる。
……行ける。二人なら、できる。
「――撃て!」
自分を鼓舞するように叫びながら、俺は左手を前面に突き出した。
その手のひらから真っ白な輝きが光線のように放たれ、リントヴルムを焼く。敵は鼻先まで迫っていて、零距離射撃になった。
鱗が剥がれ落ち、光の直撃した半身が吹き飛んでいく。肉の焦げるような臭いが辺りに充満した。
リントヴルムは翼をはためかせ、辺りに砂埃を撒き散らせながら後方へと距離をとった。
無感情な中に確かな喜びを滲ませて呟くウイカ。
「やった」
「……ああ、できた……」
俺はというと、成功した喜びよりも呆気にとられる感覚の方が強かった。
魔法は発動したが、あんな目の前までリントヴルムが迫っているとは。目を開くまで気づきもしなかったし、かなりのピンチだった。
上手く攻撃できていなかったらどうなっていたのだろう。あまり考えたくない。
「ってか、あいつまだ戦うつもりなのか!?」
リントヴルムは立ち上がり、再び臨戦態勢をとる。右半身を焼かれて濛々と煙を吐き出しながらも、まだ闘争本能を残しているとは。
強張る俺を、ウイカは鼓舞してくれた。
「相手のダメージは大きい。大丈夫」
弱気になっている場合ではない。俺は頷いて、敵を見やった。
遠くからドロシーさんとメアリさんの声も聞こえてくる。
「そろそろ仕留めますかー!」
「……ドロシー。空元気すぎ」
腕の怪我は重そうだったが、ドロシーさんもまだ戦う意志を見せている。
メアリさんが隣で支えるように立っているので、あちらもまだ大丈夫だろう。
なら、今度こそ決着をつける。
「反撃開始!」
ドロシーさんが叫んで、そのまま空へと舞い上がる。リントヴルムも巨大な翼で空中戦に向かった。
魔法によって固められた岩石の銃撃が敵を襲う。
リントヴルムの機動力は明らかに下がっていた。ドロシーさんの猛攻を避けきれず、次々に被弾して身悶えする。
「――泡沫乱撃」
高度を落とす敵をメアリさんの水魔法が襲う。
傷口に塩を塗るように、焼けた半身を嬲る攻撃。リントヴルムは絶叫しながら墜落してきた。
俺とウイカは敵の姿を捉えて再び構える。繋いだ手は離さないまま、今も彼女の魔力が俺に注がれているのを感じていた。
「行くよ、イサト」
「おう!」
もう一度、魔法のイメージを固める。
先ほどは光線として放ったが、今度はもっと鋭角的に相手を倒す力を生み出したい。
ウイカがギュッと俺の手を握り返してくれた。今だ!
「貫けぇ!」
イメージした刃が鎌鼬として連射され、リントヴルムに直撃した。激しい閃光と共に両の翼を切断し、体を切り刻んでいく。
視界が白に埋め尽くされた。俺の放った魔法と、敵の体が粒子として散っていく光で満たされる。
グオォォォォオッ! と断末魔が響きわたった。
「ハァ……ハァ……」
光が消え、目が慣れてくるまで時間がかかる。
息も絶え絶えになりながら周囲を確認するが、敵の姿は残っていない。スペルフィールドは静寂に包まれていた。
やった、のか……?
「ナイスー!」
「手こずらせてくれたわ……」
ドロシーさんとメアリさんが口々に言う。俺の隣でウイカも静かに頷いた。
三人はそれぞれ、リントヴルムから放たれた光の粒を体に取り込んでいく。これで魔力の回収も完了したということだろう。
勝った。いざ終わってみると、なんだか実感が湧かない気もする。
「やるじゃーん、荒城くん!」
「は、はあ……どうも」
「素人にトドメを取られるとか、最悪」
激励してくれるドロシーさんと、ギロりと睨みを利かせるメアリさん。
対照的な二人だが、どちらも俺が此処まで来るのに必要な助言をくれた人たちだ。
「二人とも、ありがとうございました」
感謝を述べ、頭を下げる。
「はあ? 気色悪いからやめて。帰る!」
「ふふーん。メアちゃんは素直じゃないなー」
愚痴りながらメアリさんはゲートを開き、早々にスペルフィールドから出て行ってしまった。
それをニヤニヤしながら見ていたドロシーさんも、手を振って答える。
「魔力を回収したとはいえ、あたしも怪我の治療があるから先に帰るね。あとはお若い人だけでごゆっくりー」
敵に咬まれた腕を指し示しながら、彼女もゲートの向こうへと消えていく。
色々あったが、これで万事解決だ。俺たちのわだかまりも少しは解消された……はず。
二人きりになったところで、俺は気になったことを一つ聞く。
「ウイカ、なんで急にイサト呼びになったんだ?」
「……分からない。なんとなく」
本人としても明確な理由はないらしい。
別に構わないが、突然だったので呼ばれた瞬間は面食らった。
「でも」
「でも?」
「イサト呼びの方が特別な感じがして、好き」
彼女は少しだけ表情を緩ませた。
その素直な笑顔と言葉に動揺して、俺は目を背ける。
「す、好きとかすぐ言うな!」
「? なんで?」
「なんでもだ!」
俺はウイカを窘めるように言う。彼女は釈然としない顔をしながらも一応頷き、スペルフィールドから脱出するためのゲートを開こうとした。
そこで彼女は思い出したように言う。
「今から学校、行く?」
なるほど。大遅刻ではあるが、午後の授業ぐらいは受けられるかもしれない。
俺は少しだけ考えたが、自分の疲労感を加味しながら答える。
「大仕事を終えたんだし、せっかくなら飯でも行こうぜ」
その言葉に、ウイカは目を輝かせた。
「うん」
「ウイカ、本当に飯好きだな」
「好き。……あっ。好きじゃ、いけない?」
「いやご飯の話は別にいいよ!」
「? なんで?」
「なんでもだ!」




