第32話 エピローグ
「……全然分からん」
「見せて。……うん、これはこの公式を当てはめて考える」
期末試験が間近に迫ったある日の午後。俺たちは幸平の家で勉強会を開いていた。
といっても、基本的に幸平も真凛も卒なく勉学をこなしている人間。中学時代から、テスト前は俺の特別講師になってもらうのが常だ。
今回はその輪にウイカも加わったのだが……今、俺はウイカから勉強を教わっている。
「なーんで転校生で外国人のウイカちゃんが、イサトより賢いのよ」
真凛が呆れた顔でぼやいた。
部活動もテスト前は休みになっており、真凛も鬼軍曹と化して俺の勉強を監督している。
「面目ない」
そんな女子二人に頭が上がらず、俺は困り果てながら謝った。
「それにしても、ウイカさん凄いね。日本語での勉強なのに難しくないかい?」
「転校する前に、日本の高校一年生が学ぶ範囲の基礎学習はしてきた。問題ない」
「超人すぎないか? それ」
当然のことのように言うウイカに恐れを為す。
もしかして魔法少女というのは頭が良くないと務まらないのだろうか。よく考えてみれば、ドロシーさんやメアリさんだって日本語がペラペラだし。
日本の防衛を担当するために覚えたのかもしれないが、彼女たちは普段スペルフィールドで獣魔を討伐するのが仕事。一般人と関わることはないので、語学なんて予備知識レベルだろう。それで流暢に喋れるのはとてつもないことだと感じる。
まさか、魔法の力で知力をブーストできたりして。
そんなことを考えながらウイカの方を見ると、彼女は少しだけ眉を動かした。
「イサト、失礼なこと考えてる? 勉強は努力次第」
「あ、はい。すみません」
全部見抜かれていた。ごめんなさい。
たしかに学力をチートしているかもなんて、実際に勉強した人に向けて考えるのは失礼すぎる。
「イサトはやればできる子。頑張って」
「なんだその子どもみたいな評価は」
「褒めてる」
「褒められた気がしないんだよ!」
天然なウイカの発言に突っ込みつつ、俺は苦笑した。
一見すると不愛想で無表情に見えるウイカだが、仲良くなってみると意外とお喋りな気がする。クラスメイトで彼女と仲良くしている村瀬さんなどもギャップに驚いていた。
なので、こうした無為な日常は結構楽しい。
「……なんか。二人って一層仲良くなった気がしない?」
不意に、真凛が呟く。
その視線が俺たちへ向いていることに気づき、俺とウイカは顔を見合わせた。
様子を見ていた幸平がクスクスと笑う。
「仲良きことは美しき、だね。イサト」
「なんだその顔は。幸平、お前変なこと考えてるだろ」
「イサト、変なことって?」
「あー。ウイカは気にしなくていい」
「? なんで?」
なんでとか聞くな。ややこしいから。
幸平も真凛も、絶対に何かを勘違いしている生温かい目でこちらを見ていた。
「まあ、あたしとしても二人が仲直りしてくれてよかったけど」
「だから、あれは喧嘩じゃなかったというか……」
リントヴルムとの決戦後、俺はジェラルド司令に進言してアザラク・ガードナーの見習い戦闘員扱いになった。ドロシーさんが教官となって魔法の使い方を特訓したり、ウイカたちと一緒に戦いへ赴いて獣魔について少しずつ学んでいる。
放課後や休日に予定が組まれたのもあって、ウイカと行動する時間がかなり増えたのは事実。仲良くなったように見えるならそのせいだろう。
魔法に関する事象を真凛に説明するわけにはいかないので、こうして訝しんで見られると困る。
しどろもどろになる俺を見かねてか、幸平がパチンと手を叩いた。
「よし。明らかに集中力も落ちてきたし、一旦休憩しよう。こういう時は糖分を摂るのが一番」
「糖分。甘いもの?」
じんわりと目を輝かせるウイカ。相変わらず食に目がない。
とりあえず休憩には賛成だ。勉強が出来ないのは自分のせいだが、三人の先生と一人の生徒と化している現状に結構落ち込んでいる。
一度お菓子でも食べて傷を癒したい。
「じゃ、取ってくるよ。たぶんバウムクーヘンがあるかな」
「ばうむ……どんな食べ物?」
「ウイカちゃん、食べたことないの? 美味しいわよー」
「美味しい? 食べたい」
すっかりウイカの餌付け担当になっている真凛を見て苦笑しつつ、幸平が部屋から出ていく。手伝おうかと腰をあげたが、やんわりと手で制されてしまった。
「休憩なら、あたしもトイレー」
「一々言わんでいいから、行ってこい」
真凛も立ち上がって扉を越えていった。あれでも淑女なのだから恥じらいを持って欲しいが、それだけ気を許した関係ということで納得しておこう。
そう、そんな日常の輪にウイカも加わっている。
アザラクに入って戦うことになった俺の新しい日常と、学園生活を送るウイカの日常。どちらも存在していいというのが、俺たちの結論だ。
ウイカが緩やかに微笑む。
「試験勉強も、楽しい」
「おう、良かったな。……俺はなんか複雑だけど」
勉強が思うように進まないのは残念だが、友達とわいわいやることにウイカが喜びを見出しているならそれも良いだろう。
扉に目をやり、目を輝かせてバウムクーヘンを待つウイカ。こうして見ると本当に子どもなんだけどな。
二人きりになったので、俺は彼女に魔法関連の質問を投げかける。
「結局、俺はなんで魔法を使えるんだろう?」
「イサトについては謎が多い。組織も困っている」
「困らせてるのか、俺」
魔法少女たちは全員、獣魔の細胞を移植する手術を受けている。そうすることで魔法を操ることができるのだ。
しかし俺はそんな手術受けていない。魔法が発動したのは完全な偶然で、その理由は不明。
ウイカの魔法と共鳴した、というのもあくまで予想に過ぎない。
「実際にイサトの魔法は私のものに強く反応している。引き続き調べないといけない」
「組織では検査も多いしな……」
戦闘や訓練だけでなく、俺は日々アザラクの組織内で精密検査を受けていた。
それも今のところ異常は見られず、完全な空振りだったが。
「でも」
ウイカがボソっと呟く。
「私の魔法と相性が良いのなら、きっとそれも運命」
「運命って。そういうの、なんか恥ずかしくないか?」
「イサトは嬉しくない?」
小首を傾げるウイカ。なんだその動きは。
まるで小動物みたいな反応を見せる彼女から視線を逸らして、俺は今後を考える。
魔法が使えるようになって俺の手で獣魔を倒せば、ウイカたちは戦わずに敵の魔力を回収できる。そうすれば彼女たちの寿命は補充し放題だ。戦うことを生き甲斐としている魔法少女たちにそれを伝えるつもりはないが、いつかは負担を減らしてあげたい。
そのためにも今はやれることをやらないと。
「頑張るしかないか」
「? テスト勉強の話?」
「……そっちも、頑張ります……」
課題が多すぎる。俺はがっくりと肩を落とした。
どちらも完璧にこなせるように、まずは目の前にある課題を消化しないといけないわけで。
どちらの生活も手を抜かない。それが俺にできる精一杯。
隣に座る、なんだか放っておけない小さな魔法少女が死ぬ前に。
「色々あったけど、俺は退屈な毎日から抜け出したかったから。ウイカと、魔法の世界に出逢えてよかったと思ってる」
「うん。私も、今が一番楽しい」
頬を緩める姿に安心感を覚える。
まだまだ知らないことや分からないことが多いし、ウイカたちには寿命というタイムリミットがあることも分かっているけれど。今は焦らず行こう。
――俺たちの日常はまだ始まったばかりだ。




