第30話 魔法少女たちの死闘
はじめてウイカから伝えられた、自分が何をしたいかという明確な意志。
なんだかちょっと恥ずかしいやり取りだった気もするが、今は彼女の言葉が聞けただけで十分だ。
「よし! なら、まずはあいつをどうにかしないと」
「うん」
俺とウイカは、優雅に羽ばたくドラゴンへと視線を向ける。
「あれはリントヴルム。ドイツ圏で伝説になっているドラゴンの一種」
「まーた大層なヤツが出てきたな……」
交戦するドロシーさんが魔法で地面を隆起させた。土塊の刃が次々にリントヴルムを襲うも、相手は巨体に似合わない素早さでそれらを回避していく。
メアリさんも魔法を唱え、水流が巨人のような姿にまとまっていった。水の巨人はリントヴルムの進行方向を塞ぎ、左右の腕で敵を鷲掴みにしようとする。が、それも避けてリントヴルムはさらに上空へ。
そこから紫の炎を放射して下方のドロシーさんたちを強襲。
水の巨人が一瞬にして蒸発し、土の柱たちもボロボロに砕けて塵になっていく。二人の魔法少女が火の手に呑まれて見えなくなった。
「あれ、かなりヤバくないか!?」
「うん。今回はこれまで以上に危険」
ピンチとは思えない淡々としたウイカの口調に少し救われる。
とはいえ明らかな劣勢だ。手助けしたいと言っても俺にできる事があるのかは分からなかった。前に偶然魔法を発動できただけで、俺は力の使い方も知識も持っていない。
唯一の手掛かりは、前にウイカから貰ったネックレスぐらいか。これに籠められていた彼女の魔力に共鳴したことで俺の魔法が発動した。
ウイカもそのことには気づいていたらしい。ネックレスに手を当て、祈るように目を閉じる。
「もう一度それに魔力を注ぐ。護身用にもなるし、イサトなら自分の魔法を発動するトリガーにできるはず」
「そんな上手くいくか分からんが……やれるだけやってみるよ」
しばらく待って、ウイカは手を離した。
ネックレスから僅かに熱を感じる。俺は深呼吸して、もう一度リントヴルムへ視線を戻した。
「リントヴルムは火を操るドラゴン。正直、私とは相性が悪い」
「そういう、有利不利みたいなのがあるのか」
「うん。でも、イサトの魔法なら通用する」
俺の魔法は……あれ、何なんだ?
雷、いや光か? 無我夢中で戦ったことしか覚えていないが、とにかく火属性でないことは確かだ。同属性対決じゃないから効きやすいとかいうことなんだろうと納得する。
今はやれることをやろう。
「前も言ったけど、イサトは魔力で傷を治せるかも分からない。怪我はしないで」
「キッツいけど、了解……!」
俺たちはタイミングを見合わせ、二人揃って路地裏からリントヴルムの前へと飛び出した。
こちらの姿を見つけたリントヴルムが、耳を劈くほどの咆哮を放つ。一気に急降下してきた。
箒に跨って真正面から敵に向かうウイカ。飛び込んできた獲物に視線を釘付けにされたリントヴルムの死角をかいくぐって、俺は走った。
ウイカが呪文を詠唱する。彼女が魔法をイメージするのに必要なフレーバー。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――地獄の業火!」
持っていたステッキから火炎が炸裂。敵の鱗に直撃しながら辺りに熱を拡散していく。
話していたとおり、技は殆ど効いていない。弾かれた炎は敵の体表に焦げ跡すらつけられず消失していった。
だが、これはあくまで目くらましだ。火の魔法が効かないのは分かっている。
本命は俺の方。
集中しろ。光の刃が敵を撃ち抜くイメージを作る。魔法の流れを意識して……。
「あ、あれ?」
駄目だ、前のような光のオーラが出る気配はない。
そうしている間に、リントヴルムの首がくるりと反転して俺を見た。まずい。
「水蛇噛砕!」
水流が蛇のように形成され、その蛇がリントヴルムの首に噛みついた。痛みに悶えて敵が吼える。
相手の隙をついて、俺は誰かに抱えられながら空中に飛び上がった。
「メアリさん!」
「隙を晒してんじゃないわよ、邪魔!」
「ご、ごめんなさい」
一時退却。少し離れた場所に降ろされて、メアリさんはもう一度敵に向けて突っ込んでいった。
彼女は水を操る魔法使いらしい。リントヴルムが火を使うというなら、その相性は良いのだろうか。
「炎撃の斬爪!」
続けざまに、ウイカの魔法が発動。左手に巨大な炎の爪が生まれ、そのまま敵の首元を掻っ切るように振るう。
攻撃は再び強固な鱗によって弾かれるが、敵の視線はウイカの方へ向き直った。
そこに瓦礫の弾丸が一斉掃射される。ドロシーさんが撃ち込んだものだ。
リントヴルムは三人の魔法少女によって翻弄されている。それでも致命傷に至らないほどに敵は強いらしい。
俺の攻撃が最後のピースだとすれば、心中穏やかじゃない。
「ヤバいな、やっぱり練習も無しに使いこなすのは無理かも……」
前回の戦闘で魔法を使った成功体験から、魔法を生み出すイメージ自体はできるはずだ。
ただ、あの時とは状況が違う。
以前はウイカのピンチでスイッチが入って、自分でも覚えていないほどに必死だった。今も危険には変わりないが、まだ死を直感するほどのものではない。
どうする、彼女たちの手助けになる何かを一つでも生み出さないと。
「なんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろ!」
言いながら無茶苦茶に魔法を考える。指からビームでも、電撃でも爆発でもいい、とにかくこの場を変える力を。
しかし、出せない。変化が起きる気配はなかった。
「クッソ! なんで……!」
リントヴルムがその口に溜めた炎を吐き出す。
ウイカはそれを避けきれず、背中のマントに引火した。彼女は急いでそれを脱ぎ捨て、額の汗を拭う。肩で息をしながら敵を睨んでいた。
彼女のステッキから火炎弾が飛び出す。リントヴルムに直撃。無傷。
敵の反撃。尻尾が鞭のようにしなって、ウイカを横薙ぎに叩きつけようとしていた。
「ウーちゃん!」
ドロシーさんの声が響くと同時に岩の壁が現れる。ウイカと尻尾の間に割って入った防御壁だが、敵のパワーを前に脆くも崩れ去った。
勢いを相殺したことでウイカも致命傷には至らなかったようだ。飛びずさって体勢を立て直す。
三人は連携しながら時間を稼いでいるが、相手が強すぎる。ひっくり返せるパワーバランスとは思えない。
「ウイカ、アンタが何とかしなさい!」
メアリさんが言いながら、水泡の弾丸で敵を強襲する。
鬱陶しそうに身悶えするリントヴルム。やはり相性があるのだろう、彼女の攻撃は多少ダメージになっているようだ。
それでも状況は好転しない。
「何とか?」
「荒城勇人の面倒を見ろってこと!」
それがどういう意味なのかは、行動からすぐに分かった。
効いていないように見えるメアリさんの魔法は、それでも出力を変えず次々と撃ち込まれている。それにドロシーさんも加勢し、四方八方から魔法の銃撃が始まった。
時間を稼いでくれている。
意図を察して、ウイカは俺のもとへと走ってきた。
状況から分かる自分の不甲斐なさに歯噛みしながら、俺は伝える。
「すまんウイカ! やっぱすぐには……」
「うん。大丈夫」
隣に立つと、ウイカはそのまま俺の右手に自身の左手を絡めてきた。
ぎゅっと強く手を握られて、俺は動揺する。
「あ、あの! ウイカさん……?」
「イサトならできる。そのまま、私の魔力を感じて」




