第29話 重なる心
勢いで飛び出したものの、ウイカの居場所に心当たりがあるわけではない。
本人に直接確認できればいいのだが、まだ連絡をとる勇気は湧かなかった。そこで俺はもう一人、LINEの連絡先を交換した関係者に心当たりがあることを思い出す。
メッセージを送るとすぐに既読がつき、一瞬で彼女は校門前に現れた。
「この件に関わる覚悟は決まった?」
不敵に微笑む魔法少女、ドロシーさん。高身長でモデルのような立ち姿が周囲の目を奪う。
目立ち過ぎる彼女に合流して、俺は曖昧に返事をした。
「まだ、モヤモヤしてることだらけです」
「へえ。じゃ、どうするの?」
以前ドロシーさんから同じ質問をされた時も上手く答えられなかったが、今だって覚悟ができているわけではない。
けれど幸平や真凛が教えてくれたことを忘れないように、自分なりの答えを示す。
「ウイカを助けたいって気持ちに、素直になろうと思います」
その言葉をどう受け取ったのか、ドロシーさんはケラケラと笑った。
「あたし好みの答えだねー。いいよ、お姉さんがウーちゃんのところまで連れていってあげよう」
大胆に俺の手をとったドロシーさんは、何も無い空間に反対の手をかざす。
その行動の意味も今なら理解できる。スペルフィールドへ向かう扉のイメージ。俺もウイカの場所へ届くよう、頭の中で想像してみた。
戦いに懸ける使命感と、普段の不器用さを同居させた不思議な少女の下へと。
俺は目を閉じると同時に、重力の消失を感じた。体が宙に放り出されて、すぐにまた地面の感覚が戻ってくる。
扉の向こうから風が吹いた気がして、目を開いた。
「また、来れたんだな……」
波打つ空。元の世界とほとんど変わらないのに、他に誰も居なくて妙な空虚さを兼ね備えた場所。
間違いない、スペルフィールドだ。
「残念ながら、ゆっくり話してる余裕はないかもよ?」
言いながら、ドロシーさんが前方に視線を向ける。
遥か先に黒いドラゴンの姿があった。大きな翼と長い首を持つそれはファンタジーそのもので現実感がない。その癖、暴れ回る姿が本能に危険を訴えてくる。俺はゴクりと生唾を呑んだ。
敵の周囲を舞う小さな人影も二つ見える。
「今日の相手はかなりヤバくてねー。あたし達、珍しく三人がかりで挑むようにって命令されてるんだよ」
「三人ってことは、今戦ってるのはウイカとメアリさんですか?」
「そ。あたしも加勢に戻らないといけないから、後はご自由にねー」
「え? ちょっと待っ……」
言うや否や、ドロシーさんはふわりと空中に舞い上がると急加速で戦地へ飛び去って行った。
ご自由に、と言われても。
とにかくウイカと合流したい。頭を掻いてから俺も走り出す。
ドラゴンは雄叫びをあげると、紫色の禍々しい炎を吐いた。上空の少女達には直撃しなかったが、周囲を焦がすような熱風が頬を叩く。
命の危機を間近に感じる。こうして立ち会うのは三度目だが、やっぱり今でも怖い。
それでも俺はウイカと会ってもう一度話がしたかった。
近づくにつれて対峙する人影も鮮明になっていく。影の一人が敵に向けて炎の魔法を放った。ドラゴンはそれを忌々しそうに振り払い、そのまま鋭い爪を持つ前脚で彼女の体を突き飛ばす。
「ウイカ!」
こちらに投げ出される姿を見て、俺は無我夢中で飛び込んだ。
小柄な体をなんとかキャッチして、二人で一緒に地面へ転がる。
「痛ってぇ……」
「あ、荒城くん……?」
腕の中に抱え込まれたウイカが、目を丸くしてこちらを見ている。
「悪い、遅くなった」
いつもの魔法少女コスチュームに身を包んだウイカ。苦戦しているのか、既にあちこち煤汚れているし、背中のマントは半分焼け焦げていた。
戦いの最中に現れた俺を見て、彼女は顔をムッとさせる。
「なんで来たの」
もう関わらないでと言ったのに。そう視線で訴えてくる。
一瞬言葉に詰まった。みんなに背中を押されてここまで来たが、明確に答えは出ないままだ。
それにこの状況では、ゆっくりお喋りしている暇もない。今はドラゴンの視線がドロシーさんとメアリさんに向けられているが、タイムリミットは迫っている。
「荒城くん、こっち」
「お、おう!」
俺の手を引いて走り出すウイカ。付き従ってその場を離れる。
他の二人にその場を任せ、俺たちは物陰に隠れた。最初に会った時もこうして獣魔から身を隠したことを思い出す。
敵の様子を確認しながら、ウイカが再び聞いてきた。
「答えて。なんで来たの」
表情の変化は少ないが、やっぱり怒っているようだ。
こちらに睨みを利かせている彼女を見て、もう一度自分の気持ちを整理する。
この数日間、俺は彼女に拒絶されたことにショックを受けていた。友人としての関係を諦めて元の生活に戻ることは難しくないはずなのに、それを自分自身が許せない。
その癖、学校で顔を合わせても中々話す覚悟はできなかった。もう一度彼女に否定されたら、今度こそ心が折れる気がしたから。
「終わりにしようって言われてから、ずっと考えてた」
ウイカの気持ちを尊重しようなんて綺麗事ばかり考えていたが、本当は拒絶されるのをただ怖がっていただけ。
だからこそ、もう一度聞きたい。
「俺は、ウイカが本当に拒否するならそうすべきだと思ってる」
「じゃあ、答えは同じ」
冷たく応じようとしてくるウイカ。
俺は彼女の肩を掴んで向き合う。頬の擦り傷から血の滲んだウイカの顔から、今度こそ目を離さないように。
「俺と一緒にいるの、嫌だったか?」
前にウイカは言った。俺の普通を、楽しさを知ることが辛かったと。戦うための存在である自分は、生きたいと願うべきじゃないと。
でもそれは、組織の戦闘員という立場から出る模範解答でしかないと思った。俺はまだ、彼女の本心を聞けていない気がする。
だってウイカは、一度だってあの日常を「楽しくなかった」なんて言ってない。
「アザラク・ガードナーの戦闘員、ウイカ・ドリン・ヴァリアンテとしてじゃなく。友達のウイカとして――答えてくれ」
「……っ」
念押しして、彼女の返答を待つ。
遠くでドラゴンの咆哮と爆発音が響き渡る。焦りを感じながらも、俺はただ真っ直ぐにウイカを見つめた。
迷いながら、彼女が重い口を開く。
「嫌じゃ、ない。ずっと楽しかったから」
良かった。
君がその日常を望むなら。俺の覚悟は決まった。
「じゃあ、やっぱ俺も一緒に戦うよ」
「なんでそうなるの?」
ポカンとして疑問の目を向けてくるウイカ。
彼女は獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の戦闘員。戦うことを使命としていて、この危険な場所が本来の居場所だ。
でも同時に、日本の高校に通ってクラスメイトと談笑する時間を楽しむ少女もいる。
そのどちらも否定しなくていい。
「戦うウイカと、学校でのウイカに差なんてない。なら、どっちも一緒にやればいいだろ?」
戦う格好いいウイカも、学校でちょっと抜けているウイカも本当なのだから、片方を切り捨てる必要なんてない。
ウイカは反論しようとして、上手く言葉にできなかったらしい。ごにょごにょと口籠る。
「でも、学校はただの任務。私は戦うことでしか……」
「戦うことが本当でいい。その上で学校を楽しむことも、誰にも否定させない」
「なんで! なんでそこまでして、私の隣に……」
難しいことを聞くやつだ。
幸平曰く、俺は自分より困っている他人を優先するお人好しらしい。自覚はないというか、今でも認めていないけど。
でも、これはウイカのためにやるお節介じゃない。
「俺がそうしたいからだよ。ウイカの隣にいたい。これは俺のワガママだ」
真凛曰く、こういう時は俺自身がどうしたいかを優先して考えることも必要らしい。
だからこれが結論だ。理屈も正しさもない、ただのワガママ。
「私……」
ウイカはまだ戸惑っているように見えた。
ここまで伝えて、それでも俺を遠ざけたいと思っているなら、もう一度断ってくれていい。その時は受け入れるしかないだろう。
ただ本音を聞かせて欲しい。
「私も、ワガママになってもいい……?」
「当たり前だろ」
ウイカはすうっと息を吸い込んで、消え入るような声で答えた。
「私も――イサトの隣にいたい」




