第28話 真凛の助言
幸平と話し合った翌日。俺が登校するやいなや、真凛が飛び込んできた。
「ねえイサト!」
「なんだ、朝から騒々しい」
「ウイカちゃん、また休みだって! 何か聞いて……なさそうね、その顔は」
まだ始業ベルも鳴ってないし登校前なだけなんじゃないかと思ったが、真凛はスマートフォンを取り出してLINEの画面を眼前に押しつけてきた。
見ればたしかに、ウイカが休むことを真凛に伝えている。「どうしたの? 大丈夫?」と返信しているが、そちらは未読のまま放置されていた。
俺には何の連絡もないので、何が起きたかは知る由もない。だが以前にウイカが休んだ時の事情を俺は知っている。
おそらく今回も獣魔が現れて、その対処に向かったんだろう。
その場合、こちらに出来ることは何もない。俺はもう彼女の事情とは無関係なのだから。
諦観と共に自分の席へ座ろうとしたところで、真凛に首根っこを掴まれた。
「なに話を終わらせようとしてんのよ! 来なさい!」
「いや、来たばっかだし座らせてくれよ……」
ぐいぐい引っ張られ教室を出ると、校舎の側面に備えられた非常階段まで連れていかれた。
もうすっかり夏の日差しになった炎天下の踊り場は蒸し暑く、俺は気だるくなりながら真凛の方へ向き直る。
真凛は仁王立ちして、鬼の形相でこちらを見た。
「何があったわけ?」
「知らん。俺は何も聞いてない」
嘘は言っていない。獣魔討伐に向かったというのはただの憶測で、ウイカとは数日間一切やりとりをしていない。
真凛は俺の顔をまじまじと見つめて、そこから深く溜め息をついた。
「あのねえ、イサト。あたしだって色々と察するところはあるわけよ」
やれやれといった調子で首を竦める真凛。その動作をじっくりと見る俺。
最近は誰かと二人きりで会話をする機会が多い。そのどれもがウイカに絡んだ話で、気持ちの整理がつかずにモヤモヤしてばかりだ。
俺は関わるなと言われたんだ。どいつもこいつもこちらを問い詰めないで欲しい。
「なんで喧嘩してんの?」
「喧嘩って……喧嘩になるのかな、これ」
「煮え切らないわねえ」
問われても、何と返していいか困る。
あれは喧嘩なのだろうか。ウイカの部屋で見た彼女の涙が脳裏をよぎって、また言葉にならない焦燥感が生まれる。
頭を悩ませる俺に、真凛は柔和な笑みで話してきた。
「イサトは覚えてる? あたしたちと幸平が仲良くなった日のこと」
「なんだ突然。そりゃ忘れるわけないけどさ」
急な思い出話に戸惑うが、冗談を言っている様子ではない。俺は過去に思いを馳せる。
俺と真凛は小学校からの付き合いだった。男友達のように接してきて、それが変わらないままここまで続いている腐れ縁の関係。
そんな俺たちが中学に入った時、一緒のクラスになったのが幸平だった。
大柄で強そうな見た目をしているわりに、泣き虫で気の弱い男だった幸平。クラスの悪童たちにちょっかいを掛けられてメソメソしていたのをよく覚えている。
本人にとっては苦痛だったのかもしれないが、いじめと呼ぶほど大層なことでもない。からかわれる姿も、クラスでじゃれている程度にしか見えなかった。
だがある時、悪童たちのちょっかいが度を越えてしまう。幸平の財布が盗まれたのだ。
犯人たちが話しているのを盗み聞いた真凛は俺に相談してきた。流石にクラスのじゃれあいとして看過できる内容ではないと言う真凛に同意し、俺は話をつけに行った。
幸平が俺のことを「困った人には真っ先に手を伸ばすお人好し」だと評しているのは、間違いなくこれが理由だろう。
「イサトはさ、幸平のためにめちゃめちゃ頑張ったじゃん?」
「普段喧嘩なんてしないから、俺の方がボッコボコにされて酷い目にあったけどな」
思い出して苦笑いが出る。
幸平といじめっ子たちの間に飛び込んで大立ち回りをした俺は、大した役に立たず袋叩きにあった。
逆に、俺に感化された幸平自身が反撃を始めたことで、悪童たちは散り散りになって逃げだしたのだった。
助けたのか助けられたのかもよく分からないまま、ボロボロの俺と幸平は互いに笑い合い、以降ずっと関係が続いている。
「それで、なんでまたこんな話を」
喧嘩の一部始終を見ていた真凛も合わせて三人で過ごすようになって三年。あの頃の話は滅多に出てこない。
幸平にとっては辛いいじめの記憶だろうし、俺も助けに入ったことを英雄譚として語るほど自分を評価していない。結果として役に立たなかったのも情けなかったし。
だから突然真凛が過去の話を持ち出してきたのが不思議だった。
「イサトはそういうヤツだから、本当はウイカちゃんの事情にも首を突っ込んでるんでしょ?」
確信を持った顔で問われる。
首を突っ込もうとしたのは間違いない。けれど、そこから先は踏み込めなかった。
「このまま放っておいていいわけ?」
「……仕方ないだろ」
俺は思わず呟いてしまう。話すつもりなんてなかったのに。
「たしかに俺はウイカから話を聞いて、手を差し伸べようとした。一度はウイカも喜んでくれたと思ってた」
「やっぱ、なんかあったんだ」
「ウイカ自身に拒否されたんだよ。邪魔だって。終わりにしようって言われた」
魔法や組織のことを隠しながら話すのは難しい。今も、上手く伝えられている自信はなかった。
それでも真凛は黙って話を聞いてくれている。
気づけば俺は、感情のままに吐露していた。
「お節介であいつを傷つけたのかもしれない。結局俺は、あいつの事情を知っているようで全然知らなかった。ただのお節介野郎だったんだよ」
すうっと、真凛が息を吐きだす。
「それってさ、ウイカちゃんのご家庭に関わること?」
アザラク・ガードナーという組織をウイカの家だとするなら、そう言ってもいいかもしれない。
真凛はウイカの怪我をその目で見ている。彼女の家庭に複雑な事情があると説明したこともあるので、結びついてしまうのは無理もない。
俺は曖昧に頷くことしかできなかった。
すると、真凛はグッと体を近づけてくる。
「じゃあ、ウイカちゃんの気持ちなんて分かり切ってるじゃん!」
「え?」
何を言おうとしているのか分からなかった。
ウイカの気持ち? 彼女は俺がこれ以上関わらないように、終わりにしようと言ってきた。それが全てだ。
目の前の真凛が、呆れた顔でこちらを見ている。
「ご家庭の事情に踏み入ろうとして、関わらないようにって言われたのよね? そんなの、イサトのために決まってるじゃない」
「俺のため……?」
「本っ当に分かってないわけ? イサトが巻き込まれないようにしてくれたってことでしょ、それ」
ビシッと指を差される。
巻き込まないために関係を終わらせた。ウイカがそんな風に俺を思ってくれているなんて、自惚れが過ぎるんじゃないか。
そんな考えを見透かすように真凛は続ける。
「だからイサトは、ウイカちゃんの優しさを無碍にできなくて自分自身も身を引こうとしてるんじゃないの?」
買い被りだ。俺はそんなにできた人間じゃない。
ただ拒絶されたことに対してショックを受けて拗ねているだけ。
「イサト。こういう時はね、ワガママになってもいいのよ」
「な、なんだよそれ」
「イサトがどうしたいかってこと」
俺が、どうしたいか。
――此処まで言われても悩むなら。後は好きにすれば?
――今の話でまだ悩んでるなら、答えは出てるはずだけどなあ。
メアリさんと幸平の言葉を思い出す。二人とも同じことを言っていた。
拒否されたから関係を絶つ。それこそがウイカの思いを尊重することで、正しい選択だと思っていた。拒否された以上は俺に出来ることはないと結論付けていた。
でも、正しいかどうかではなく俺がしたいことは。
「お、ちょっとはスッキリした? 表情変わったじゃん」
「……少し」
「まだ少しなの? まあいいわ」
にっこりと笑う真凛。
「ウイカちゃんがどこで何してるのか知らないけど。今からできることはあるのよね?」
「分からん。……けど、行くよ」
「よーし、行ってこい! ウイカちゃんを泣かせたら承知しないからね」
俺の背中をポンと叩く。陸上部で活躍する幼馴染の力強い激励は、少しだけジンジン響いた。
力強すぎ、とツッコむのは後にして俺はグッと親指を立てる。
「マジで、ありがとな」
「先生には、早退したって上手く言っとくから。ウイカちゃんのことは任せた!」
真凛に見送られながら、登校してくる他の生徒たちを掻き分けて俺は校外に向けて走り出した。




