第25話 魔法少女メアリ
この施設からすぐに離れたい気持ちと、どうすることも出来ずに立ち尽くすしかない、矛盾した感情を抱えてしまう。
ウイカに拒否された以上、此処から去れば二度と戻ってくることはないだろう。元々一般人が近づく場所じゃない。
それでいいんだろうか。
「荒城勇人」
考え込む俺に、誰かが声を掛けてきた。
見ると、先ほどドロシーさんと一緒にいた小柄な魔法少女が立っている。メアちゃんとか呼ばれていた子だ。
吊り目で意志の強そうな顔立ちをした彼女が、こちらを睨みつけている。
「ちょっとツラ貸しな」
「え? いや、あの……」
今の心境でこれ以上魔法少女と会話するのはしんどい。抱えられる事情には限界がある。
けれど彼女は俺に詰め寄ってきて、強引に手をとった。
「ちょっと待って! 君は一体……」
何の目的があるのか問うつもりだったが、少女は自己紹介を要求されたと思ったらしい。歩きながらチラりとこちらを振り返り
「君じゃないわ。メアリ。獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の、メアリ・ファース。覚えときなさい、荒城勇人」
力強く名乗りをあげて、そのままずんずん廊下を突き進んでいった。
◇
広々とした屋内庭園。色とりどりの花が咲き乱れた温室のような部屋で、メアリさんはようやく立ち止まった。
近くの椅子にドカっと座り、隣の席を指差す。俺も座れと言うことだろう。
ウイカよりもさらに小柄なメアリさんだが、態度の大きさは他の魔法少女を遥かに上回る。こちらへの嫌悪感を隠さない不機嫌そうな彼女に困惑しながら、一応指示に従って腰掛けた。
「さて、荒城勇人」
なんでこの人はずっとフルネーム呼びなんだろう。別にいいんだけど。
少しだけ間があって、メアリさんは切り出す。
「単刀直入に言うわ。あなた、アザラクに関わるのは止めなさい」
「はい。ウイカにもそう言われました」
「そりゃあウイカは嫌がるでしょうけど……は?」
ポカンとした顔で俺を見るメアリさん。ずっと怒っているように見えたので、面食らった顔は新鮮だった。
こうして見ても幼さはウイカ以上、おそらく年下なのだろう。整えていないボサボサの髪も粗雑さを表しており、子どもっぽさを演出していた。
「ウイカが? 関わるなって言ったの?」
「はい。戦闘で俺を守るのも危ないし、この関係を終わりにしようって」
「そ、そう……」
ウイカの話は想定外だったのだろうか、メアリさんは黙り込んでしまった。
この人は俺が魔法少女に関わるのを快く思っていなかったように見える。だから、俺がウイカと一緒に戦う決意をしたなら止めるつもりだったんだろう。
結果として思惑どおりになったわけだ。
けれど、メアリさんは現状にも何か怒っている。よく分からない人だな。
「それで、あなたは素直に受け入れたわけ?」
「受け入れたというか、ウイカが嫌がっているなら俺に出来ることはないというか……」
答えを聞いて、メアリさんは大きく溜息をついた。
「とんだ腑抜け野郎ね」
「いやいや。メアリさんだって、俺に関わらないでほしいんですよね?」
「そりゃそうよ!」
じゃあ結論は出ていそうなものだが。
反論したい俺を眼力で抑えつけ、彼女は苛立ちながら話す。
「私たちはこの生き方に誇りを持ってる。同情されるなんてまっぴら御免だわ」
それについては何となく分かってきた。
魔法少女たちは、アザラク・ガードナーに命を拾われた存在。そのことを心の底から感謝していて、獣魔との戦いにも命を惜しまない。
俺がなんと言おうと、それは平和な世界から彼女たちを憐れむだけの軽率な意見に他ならない。
「私はね、生まれてすぐ親に捨てられたの。それを救ってくれたのがアザラク」
「捨てられた……」
メアリさんが身の上話を切り出す。
突然明かされた過去になんと返すべきか判断しかねて、俺は言葉を呑み込んだ。
「無責任な母親が産んだ癖に、戦時中でまともに育てられないから結局ポイ。どう? ふざけてるでしょ」
「それは……」
「別に同情して欲しいわけじゃない。それが当たり前だったから、辛くもないわ。ただ私はあなたの生きている世界を理解できないし、好きになれないってだけ」
やはり、他の子もそんな感じなのか。
メアリさんも戦争の被害者だった。赤ん坊の頃に死んでいたはずの命を拾われたとなれば、アザラク・ガードナーという組織に感謝しているのは本当だろう。
平和な世界に生きている俺が半端に関わろうとすれば、嫌悪感があるのも当然かもしれない。
「しかも、あなたは獣魔の細胞を移植せずに魔法を使える。寿命も消費しないなんて、本当にムカつくわ」
彼女たちが命を懸ける理由は絶対的なものだ。組織への恩義と、自らの寿命を長引かせるための魔力回収。生きるために必要だから戦っているという必然。
そのリスクを俺は背負っていない。でも、だからこそジェラルドさんに提案された。
「ジェラルド司令は、俺に戦うべきだって言ったんです。獣魔を討伐して、回収した魔力でウイカたちの寿命を回復できるって」
「マジでそんなこと言ったの? 最悪だわ」
最悪とまで断言されてしまった。
「私たちは戦うことが存在意義なの。戦うために命を貰ってるんだから」
ウイカもそう言っていた。さっきは否定してしまったが「そんな悲しいこと言うな」とはもう言えない。
魔法少女たちには信念があるんだ。
「それを代わりに戦ってくれる? じゃあ私たちは何? 用済み?」
「よ、用済みって」
「戦わない兵器に価値はないの。不要になれば組織は私たちを始末するかもしれない。アザラクは門外不出の機密組織だし、何があってもおかしくないじゃない」
恐ろしいことを言うメアリさん。
もしもそんなことになるなら、俺は尚更ジェラルドさんの提案を受けるべきじゃない。彼女たちを守ると言いながら、その明日を奪うことになるかもしれないなんて。
「始末……本当にそんなことがあるのか?」
「別に始末が無くたって同じよ。戦いはもういいから明日から外の世界で暮らせ、なんて言われても私たちには選択肢がない。どうせ戸籍もない死人なんだから」
ウイカを見ていれば分かる。魔法少女は魔法のない生き方を知らない。
学校で俺やクラスメイトの支えがある環境は稀だし、もし何の手伝いも無く外の世界に放り出されたらどうなるのか。
あまり想像したくなかった。
「……って脅して、諦めてもらうつもりだったんだけど」
「え?」
息を吐いてメアリさんがこちらを見る。ほんの僅かだが、険のある表情が和らいだ気がした。
「ウイカを支えられるのがあなたしかいないってのも事実」
ウイカを支える? 俺は拒絶された側なのに。
「私やドロシーは、色々と許せない事があってあの子と一緒にいられない」
「許せないこと?」
「……ウイカはね、相棒を見殺しにしたのよ」
言いづらそうに告げるメアリさん。突然出てきたショッキングな言葉に耳を疑った。
笑っているような怒っているような、読み取れない感情が綯い交ぜになった顔でこちらを見ている。
「言い方が悪いかもね。ウイカはウイカなりに全力を出したんだろうけど、それでも相棒を守れなかった」
「そんな事があったんですか」
ドロシーさんと初めて出会った時、彼女がウイカに向けて溢した言葉が頭をよぎる。
――そういう所が、むかついちゃうんだけどね。
明るく愉快に話す彼女が何を思っているのかは分からない。
けれどメアリさん達が許せないと言うなら、亡くなったウイカの元相棒というのは二人にとって大事な人だったのかもしれない。
「あの子なりに責任を感じていて、だから今でもウイカは新しい相棒をつけない。それでも一人で戦えちゃうところが嫌い」
そう言うと、メアリさんは椅子から立ち上がった。
「もう一回言うわ。私はあなたがこちらに関わるのを許せない」
「そんなこと言われても、俺はどうすれば……」
「此処まで言われてそれでも悩むなら。後は好きにすれば?」
あまりに矛盾した結論だった。
それだけ告げるとメアリさんは庭園の出口へと歩き出した。俺も立ち上がり、彼女の背中を見つめる。
メアリさんは不器用な人のように思える。否定とも叱咤激励ともとれる彼女の言葉を胸に刻んで、俺はもう一度考えた。
好きにすれば、か。
俺はどうすべきなんだろう。答えはまだ分からなかった。




