第22話 警戒心
勢いで飛び出したものの、この施設の構造が分からず途方に暮れる。
少女たちが廊下を行き来しているが、そのどれもが俺を警戒して避けるように歩いて行った。そうでなくても、日本語ではない言語を使っているので質問は難しい。
ウイカは最初から日本語が話せたんだよな。組織で勉強したって言ってたし、俺の監視とは関係なく学ぶ必要があったんだろうか。
……ウイカ。
「あ、荒城くんじゃーん」
不意に声を掛けられた。日本語で。
そういえば、もう一人日本語を話せる知り合いがいたと思い出す。
「ドロシーさん」
「なーに? この世の終わりみたいな顔してんねー?」
「いや、その……」
相変わらず、捉えどころのない笑顔を見せるドロシーさん。銀の長髪は今日もくるくると巻かれていて、ばっちりと決まったメイクからも大人な雰囲気を漂わせている。
おそらく年上の人物。ということは、彼女の寿命は……。
「まあまあ。どうせウーちゃんを探してるんでしょ?」
俺が組織内にいることは特に疑問視されていない。状況は知っているということだろうか。
とにかく、衝撃的な事実を告げられて気落ちしていたところに彼女の明るさは染みる。日本語が通じる有難さも痛感していた。
すると。
「うわ、荒城勇人」
そんなドロシーさんの後ろからもう一人、今度は見知らぬ少女が顔を出してきた。
ミディアムショートのボサボサ髪。ドロシーさんと違って身だしなみには興味がないのか、メイクっ気のない鋭い目がこちらを睨みつけている。
「ほら、メアちゃんもご挨拶!」
「いらなくない? 私達の任務は彼と直接関わる必要ないし」
「顔見知りになってた方が、後々楽だと思うけどなー?」
なんだか分からないが、どうやらメアちゃんと呼ばれている彼女は俺を好ましく思っていないようだ。
これは彼女が特別というわけではないと思う。施設内に来てから、顔を合わせる子は皆俺を警戒していた。前にウイカから聞いた限りアザラク・ガードナーは外との関係を殆ど断っているらしいので、俺のような人間が現れるのは稀なんだろう。
理解はするが、それでも冷たくあしらわれるのは堪えるが……。
「とりま、ウーちゃんは検査が終わって部屋に戻ってると思うよ。お姉さんが案内してあげよう」
「ありがとうございます、助かります」
「あたしらも居住区に戻るから、気にしない気にしない」
距離を置こうとしているもう一人の少女は一旦そっとしておくとして、俺はドロシーさんについて行くことにした。会った当初は俺も警戒していたが、此処まで彼女の明るさに救われるとは。
歩きながら、ドロシーさんが改めて説明してくれる。
「あたしとメアちゃんはバディなの」
「バディ?」
「そう。アザラクの戦闘員は、敵の弱点を突きやすいように二人一組で戦うものだからね」
そんな制度があるのか。
ドロシーさんは隣の不愛想な魔法少女と組んでいるらしい。
ん? じゃあウイカは?
「でさー、今は君の監視をしてるんだよ」
「え……? 監視ってウイカの仕事なんじゃ」
「直接近くで見張るのがウーちゃん。学校外や、あの子が忙しい時に遠距離からチェックするのがあたし達」
「な、なるほど」
だから先ほども顔を合わせてすぐに名前を言い当てられたのか。一方的に顔を知られていたと。
ウイカやこの二人が日本語に精通しているのも、日本を監視する役割があったからだとすれば頷ける。
「そういえば、荒城くん。魔法使ったってのはマジ?」
ドロシーさんが、俺の顔を覗き込んできた。
「は、はい。俺自身、何が何だか分からないんですけど……」
妙に近い彼女の顔にドキッとしつつ答える。
魔力を消費せずに魔法を使っていたらしい俺。その原理も、これからどうすればいいのかもさっぱり見当がつかない。
ドロシーさんなら何かアドバイスをくれるかと思ったが、俺の返事を聞いた彼女は不意に先ほどまでの笑顔を消した。
「やっぱ、そうなんだ」
「え? あの……」
他の少女たちと同じ、疑いと拒否感を混ぜた視線。
突然の変化に戸惑いながら、俺はドロシーさんの目を見る。
「最初に、ウーちゃんの魔法に反応してスペルフィールドに入れたって話を聞いた時から、君にはなんかあると思ってたけどね」
やはり、一般人が魔法に関わるのは相当なイレギュラーのようだ。
そうは言っても俺の魔法がどのように発現しているのかは分からない。
ミルメコレオとの戦闘でも、ウイカのくれたネックレスから魔力が溢れてくるような感覚があった。彼女の魔力に反応しているという仮説は正しい気がする。
「……むかつく」
ボソっと、未だに名前を知らないメアちゃんさんが呟く。
俺が聞き返す間もなく、ドロシーさんがあっけらかんと同意した。
「まー愉快な話じゃないよねー」
「それって、俺のことです……よね?」
「もちろん、そだよー」
あんなに笑顔で話しかけてくれていたのに、突然の否定に困惑するしかない。
俺が魔法を使えたことを快く思っていないんだろうか。
「あの、それってどういう……」
「えー? 分かんないかあ。まだまだだねー」
思いきりはぐらかされた気がする。
考えられることはいくつかあった。彼女たちは獣魔の細胞を移植するという危険な実験の結果、魔法を使っているから。俺のように何もリスクを冒していない一般人が魔法を使えたとなれば、不公平を感じるのも無理はない。
と言われても、俺にはどうすることもできないんだが。
弁明することもできず、歯がゆい。
そこからは無言で廊下をぐねぐねと曲がり、階段を上って別のフロアに出たところでようやくドロシーさんは足を止めた。
「はい。道案内はここまでー。ウーちゃんの部屋はそこね」
いくつか並んでいる扉の一つを指差す。ご丁寧に表札が出ており、アルファベット表記だがウイカの部屋だと分かった。
ネームプレートを二つ掲示できるようになっているが、ウイカの部屋には彼女の名前しかない。これがバディで一緒に暮らしているのだとすれば、ウイカは一人なのか……?
謎は深まるばかりだが、ここまでの道のりは助かったのでドロシーさんにお礼はしておこう。
「丁寧に、ありがとうございました」
「いいっていいって」
ドロシーさんは手を振りながら離れていく。その表情にはまた笑顔が戻っていたが、先ほどの豹変もあって素直に受け止めることはできない。
一緒に歩いていた少女は俺に一切目もくれず、二人一緒に廊下の向こうへと消えていった。
「……なんだったんだ」
一見優しく接してくれたが、ドロシーさんも他の魔法少女と同じく俺を警戒している。外から来た俺が物珍しいというだけではない、何かハッキリとした距離の置き方だ。
此処まで少女たちに壁を作られる中、俺は彼女たちの寿命を守るために戦うべきなのか。
考えても埒が明かない。
まずはウイカと話をするところからだ。俺は意を決して、彼女の部屋の扉をノックした。




