第2話 荒城勇人は退屈だった
たとえば。
今の自分は仮初めの姿で、本当は凄い力を隠し持っているだとか。
実は特殊な血筋を引いていて、それが判明して日常が一変するだとか。
そういう、隠された何かが目覚める瞬間を、俺は待っているのかもしれない。
「中二病ねー」
俺の席を囲んでいた幼馴染の安原真凛が、呆れたような声で病名を診断した。
端的すぎる結論に抗議しようとすると、彼女の隣で話を聞いていた友人の佐武幸平が苦笑いで真凛を窘める。
「こらこら。そんな言い方したらイサトが可哀想だよ」
「そうは言うけど、よくある話じゃん。あれでしょ? 突然学校に押し入ってきた凶悪犯相手に、素人が大立ち回りする妄想みたいな。イタいわー」
「あのなあ! 俺のはそういう……。いや、おんなじか」
鋭い例え話に返す言葉もなく、俺――荒城勇人は机に突っ伏する。
何処か日常にズレを感じる、もやもやとした感情。その答えが欲しいのだが、実際これは思春期特有の煮え切らなさというだけなのかもしれない。
何者でもない自分を受け入れることができなくて。特別な存在であることを期待してしまう。
この感情に折り合いをつけながら、人はいつしか大人になっていくのだろう。
もちろん分かっているのだが……。
「イサトもなんか部活やれば? バイトとか、趣味でもいいけど。何か一つでもやりたいことが見つかればいいんでしょ?」
「んなこと言われてもなあ」
簡単に見つかれば苦労はしない。
そもそも、真凛はそれが出来ている側の人間だ。中学時代から続けている陸上部で結果を出して、今年は高校一年生ながら県大会の選手に選ばれている。
その上、モテる。ショートカットの男勝りな雰囲気で、誰からも好かれる愛嬌の良さを持ち合わせている。クラスの人気者、という言葉が似合う相手だ。
「イサトは世話焼きだし、結構リーダー気質だと思うんだけどね」
幸平もそんなことを言ってくる。
「それは誤解だ。俺は出来る限り人と関わりたくない」
「ふふっ。そうかいそうかい」
「幸平、お前絶対分かってないだろ」
くすくすと笑う幸平に抗議するも、聞く耳を持たない。
幸平も、俺から見れば人生を謳歌している存在の一人だ。元々は気弱な性格で過去には色々あったが、大柄な体格を活かして高校から柔道部に入り、この短い期間で頭角を現し始めている。
気は優しくて力持ち。嫌いなヤツを探す方が難しい、そんな男。
そう、二人とも優秀な人物だ。その上で嫌味がない。コミュニケーション能力が欠如した俺と仲良くしてくれる、本当に良い友達だ。
「俺が自分の無力さを自覚するのは、お前たちのせいな気がするぞ」
卑屈に嘆くと、真凛はまたしても呆れた顔でこちらを覗き込んでくる。
「うーん。なんか得意なことがあればいいんだけどねー」
「……そう言われても困る」
顔を寄せてくる真凛の、制汗剤の爽やかな香り。なんだか気恥ずかしくて顔を逸らしながら考える。
得意なこと、か。
二人は自分の長所を活かして活躍の場を見つけた。将来的に続けているかはともかく、高校生活を充実させることに成功しているわけだ。
俺は――何がしたいんだろう。
勉強も運動も得意じゃない。テストの点数はいつも平均点にほど近く、スポーツだってできる組とできない組の真ん中ぐらいに位置している。
クラスで特に仲がいいのは目の前の二人ぐらい。他のクラスメイトと険悪というわけではないが、決して人気者にはなれない。
自分で自分を顧みて、何の特徴もない存在だと感じる。
「いっそ、異世界とかに転生して人生やり直した方が楽しく過ごせそうだ」
「バーカ。アニメの見すぎ」
真凛がジトっとした目でこちらを見ている。妄言から抜け出せない俺を小馬鹿にした表情で。
高校生活はまだまだ始まったばかり。本当に焦る時が来たら自ずと道が開けるのかもしれない、なんて結論を先延ばしにした考えがよぎる。
そんな俺を見限って、真凛は自身の鞄を肩に引っかけた。
「あたし、これから部活だから。もう行くわ」
「じゃあ僕もそろそろ行こうかな。イサト、また明日」
「おう。二人とも頑張れよ」
忙しそうな二人を見送り、予定のない俺だけが先に帰路へつく。
退屈で何もない日常。多分これからも変わらない毎日で、なんとなく過ごしていくうちに進路を決めたりして大人になるのだろう。
特別な力になんて目覚めない。平凡で一般的な家庭の血筋のままで。
だから、俺の日常は何も変わらない。
――今日までは、そう思っていた。
◇
俺の通う公立香文高校は部活動に力を入れており、この時間に下校する生徒は少ない。
近道も兼ねた住宅街はいつも以上に人気がなく、自転車を漕ぎながら独りの寂しさを感じる。
だからだろうか。ふと道端にいた人影が目に留まり、思わずブレーキを掛けた。
同い年か年下ぐらいの、小柄な少女だ。長いブロンドの髪と透き通るような白い肌から、日本人でないことが分かる。整った目鼻立ちは美少女と呼んで差し支えのないもので、何処か浮世離れした雰囲気を纏っていた。
しきりに周囲を見回している彼女。挙動不審な様子を見るに、もしかすると迷子かもしれない。
「声、かけた方がいいのかな?」
そんなお節介が頭をよぎったところで。
――イサトは世話焼きだし、結構リーダー気質だと思うんだけどね。
幸平の言葉が脳内を駆け巡り、思わず顔をしかめる。俺はそんな出来た人間じゃないぞ。
何処の国の人かも分からないし、会話できるか定かじゃない相手だ。
それでも放っておくのが正しいかと言われると……悩む。
どうしたものかと考えていると、少女がこちらを見た。
視線が合う。
「……え?」
疑問の声を漏らしたのは向こうの方だ。
なんだろう。俺の顔を見てかなり驚いているが、顔見知りだったか? 少し考えてみたものの、そもそも海外出身の知り合いに心当たりがない。
俺がポカンとしていると、少女はこちらに駆け寄ってくる。
「あなた、どうしてここに?」
「えっ? どうしてって……学校からの帰りなんだけど」
「そうじゃない。どうやってここに入ったの?」
入った? ここに?
どうやら日本語は通じるらしいが、質問の意味が分からない。
無表情ながら、詰問するような彼女の雰囲気にただならぬ物を感じる。どうやらこの場で出会ったことに不都合があるらしいが、本当に思い当たる節もないし。
「っ!」
わけが分からず返事に困っていると、彼女が突然俺にタックルを仕掛けてきた。
勢いのまま二人でその場に転がる。コンクリートの地面に背中を打ち付け、痛みに悶えた。
「痛ってぇ! おい、何すんだ!」
若干涙目になりながら、上に寝転がる少女へ抗議する。
美少女から突然押し倒されるシチュエーション。場合によっては喜ぶべきかもしれないが、流石に困惑が上回っている。彼女の小さな肩を掴んで押し退けようとするも、予想以上に強い力で抵抗され、逆に地面へ抑え込まれた。
「暴れないで」
「はあ!? わけ分かんねぇこと言ってないで、早く退いて――」
そこで、彼女の警戒した気配に気づく。
先ほどまで俺たちが立っていた場所を凝視する彼女。倒れた自転車の残る方へ俺も顔を向けた時――その場に勢いよく何かが突っ込んできた。
派手な破砕音が響き渡る。
そこにあった住宅や電柱、そして俺の自転車が一瞬で瓦礫と化し、土煙が巻き起こった。
「……な、何が……?」
トラックでも飛び込んできたのかと思ったが、すぐに違和感が襲ってくる。
それは真っ黒で、毛むくじゃらだった。
ブロック塀を破壊しながら、真っ黒な塊が動く。先端には赤黒い切っ先が光っていた。あれは……爪?
土煙の向こうから、あり得ないほど巨大な獣の腕が現れた。




