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二人の世界を変える魔法~魔法少女が死ぬ前に~  作者: 宮塚慶
第1章 こうして、二人の日常は始まった

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第1話 プロローグ - ウイカ

 燃える廃墟の中を、私――ウイカ・ドリン・ヴァリアンテは駆けていた。

 獣の咆哮が木霊(こだま)する。鼓膜を刺すような甲高い声を聞いて、瓦礫の向こうを警戒しながら突き進む。


「……思ったより、時間がかかった」


 不意に口をついたぼやきに、自分の集中力が切れていることを恥じた。

 幸い、獣は私の声に気づかなかったらしい。時折恨めしげに吠えて辺りをキョロキョロと見回している。

 相手は全長五メートルはあろうかという巨大な鶏だ。その目は蛇のように鋭く、威圧的な視線で獲物を探している。

 距離をとって瓦礫の影に隠れた私は、深呼吸をして気を引き締め直した。


「問題ない。やれる」


 この崩れ落ちた建物内に敵を誘導したのは私だ。巨体の相手は狭い屋内で自由が利かず動きを制限できるし、元々小柄な私を瓦礫が隠してくれる。着込んだ黒衣のマントや帽子も、暗がりに紛れ込ませてくれるはずだ。

 いざ戦闘になれば、()()()()で建物内は火の海になる。相手を蒸し焼きにするのも容易い。ここまでは計算通り。

 敵が相当に粘り強かったのは想定外だったけれど。

 撃っては隠れ、翻弄するように動いてきたので、私も体力を随分と消耗している。

 だが、それは相手も同じはず。あと一息。

 私は瓦礫から飛び出すと、手にしたスティックを構えた。相手を正面に捉えて叫ぶ。


「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――地獄の業火(インファナルフレイム)!」


 紡いだ言葉に呼応して、先端から炎がまっすぐ放たれる。

 獣が気づいて身をよじったが、その重い図体では避けても間に合わない。体を射抜いた轟炎が、そのまま全身を覆い尽くす。


「グオォオオオ!?」


 もがく敵の絶叫が空気を震わせる。

 これで終わってくれればよかったのだが、まだ抵抗の意志は消えていない。全身の毛に引火して燃え盛る体を引きずり、なおも敵は私を睨みつける。

 そして。


「グルゥァッ!」


 喉の奥を鳴らしながら、こちら目掛けて飛び込んできた。

 避けるべきか考え、接近してくるならそれに応じた戦い方をすべきだと判断する。魔力で組み上げた防御壁で、敵の突進を受け流した。

 重たい一撃で光の壁が弾け飛ぶ。反動で私もよろめいたが、勢いあまった敵が転倒したのを見て必死に踏み止まる。これはチャンスだ。

 隙だらけの側面を晒した相手に追撃を仕掛けなければ。


「鋭き一閃で邪の者に裁きを下せ。――炎撃の斬爪(ブレイズクロウ)!」


 炎の爪を作り出すイメージ。頭の中に描いた両手の刃がそのまま形作られる。

 私は躊躇なくそれを振るい、獣の体を真っ二つに引き裂いた。


「キィイイイッ!」


 断末魔が響き、ほどなくして爆散。敵の体を構成していた光の粒子が飛び散り、辺りを満たしていく。

 雪のように舞う粒子が私を包み込み、静かに消えていった。


「……任務完了」


 ようやく終わった。袖口で軽く汗を拭い、ふっと息を吐く。

 廃墟を包む炎は今も轟々と燃え盛っているが、()()では鎮火を待つ必要はない。私は戦場から立ち去ろうと身を(ひるがえ)した。

 そこで、ポケットのスマートフォンが震える。取り出して画面を見ると、同僚の名前が映っていた。

 まったく。着信音で敵に位置がバレたりしたらどうしてくれるのか。連絡のタイミングを考えて欲しい。

 溜息をついてから電話に出る。


「……何?」

『やっほー、ウーちゃん。そっちは順調?』


 電話相手が軽妙な口調で話しかけてくる。私は彼女のことが苦手だ。


「もう終わった」

『そっかそっか! ごくろーさま』

「ドロシー。戦闘に入った後に電話してくるのはやめて」

『つれないこと言うなー、ウーちゃんは』

「そのウーちゃんって言うのも、嫌」


 距離を置こうとあしらってみるも、暖簾(のれん)に腕押し。電話先のドロシーがケタケタと笑い、私はさらに顔をしかめる。


『終わったならちょうどよかった。司令から新しい仕事の話があるって』

「……なんでドロシーが連絡して来るの?」


 司令が直接言ってくれれば済む話だ。彼女を通す理由はない。

 もしドロシー伝いだとしても、メッセージで十分だ。


『それがねー。あたしとメアちゃんも同じ任務に参加することになったから、リーダーのあたしが連絡してあげたって感じ』


 彼女の言葉に、私は一瞬思考が停止する。

 次の仕事があるのは構わない。むしろ望むところだ。

 しかし、私はもう随分と長く一人で仕事をこなしてきた。今更誰かと共同戦線を張るのは度し難い。

 それも、よりによってドロシーたちと一緒なんて。


「本当に言ってる?」

『あー! ウーちゃん、嫌がってるでしょ。お姉さん悲しーなー』

「……私だけじゃなくて、メアリも嫌でしょ?」


 嫌がっていることを否定はしない。それでも、私は我慢できるつもりだった。

 だが、もう一人の懸念事項を確認しなければならない。


『そんなことないよー。メアちゃん、任務を聞いてから部屋に籠ってずーっと喜びの絶叫を繰り返してたし』


 それは拒否反応では? なんて聞き返すのも野暮だ。ドロシーも分かって言っているだろう。

 まだ抗議の声をあげたかったが、先に向こうが話をまとめる。


『とにかく、任務は決まったからね。嫌なら司令に直接言いなー?』

「……分かった」

『うん、素直でよろしい。それじゃ、また』


 そうして電話は切れた。

 一仕事終えてすっきりした気分だったというのに、面倒事が舞い込んだものだ。

 私は重くなった足取りで、司令部へと帰還することにした。


 ◇


「ウイカ・ドリン・ヴァリアンテ。戻りました」


 背筋を伸ばして報告すると、司令――ジェラルド・バックランドは表情一つ変えずに頷いた。

 深く刻まれた皺と、撫でつけられた真っ白な髪も相まって、その風貌には威厳がある。私は怯えたりしないが、今でも彼の前で緊張感を隠せない同僚は多い。


「ウイカ。既にドロシーから話は聞いているな?」

「詳細はまだ」


 低く(しわが)れた声で問われるも、私は素直に応じる。

 ドロシーたちと共同で何かしらの任務にあたる。与えられた情報は今のところそれだけ。


「お前たちには、日本の中でも特に獣魔の出現報告が多い地区を共同で見張ってもらう」

「……? それは、今までと変わらないということ?」


 獣魔。人の摂理とは異なる存在。

 先ほど戦った鶏の怪物をはじめとする敵で、()()()はそれと日々戦っている。

 各地区に配備された私たちは、出現予測が出るや否やすぐさま現地に急行し、獣魔を狩るのが使命だ。

 そして、私は以前から日本の防衛担当だった。


「いい加減、一人では捌き切れないだろう。ドロシーとメアリを追加配備し、万全を期す」

「私だけでは力不足だ、ということですか?」

「負担を減らすと言っているのだ」


 ドロシーやメアリも日本を防衛しているが、これまではそれぞれ別の地域を担当し、互いの管轄には不可侵としてきた。

 それが覆されたのだから、私としては到底納得できない。


「日本での急激な獣魔の増加は知ってのとおりだ。それも、極めて局地的に発生している」


 ジェラルド司令が淡々と事実を伝える。

 実際、一年ほど前まで日本は比較的穏やかな地域だった。討伐任務を生業としている私たちからすれば、むしろ退屈だと感じられるほどに。

 最近になって獣魔が増えているのは何かの予兆に違いない。警戒するのは当然だ。

 ……けれど、やはりドロシーやメアリと作戦に当たるのは気持ちの上で整理がつかない。

 ジェラルド司令は、そんな私の不満を和らげるように前提条件を付け加えた。


「共同で見張るとはいえ、基本的にお前たちは別チームだ。三人での行動を強制するものではない」

「……具体的には?」

「発生した獣魔に対して、ドロシーチームとウイカ、それぞれ交互に対処してもらう。手の空いた側は日本の実地調査をして、司令部に報告。二チームの情報は常に共有する」

「手柄の二分……。それぐらいなら、許容します」


 私たちは獣魔を倒すことに明確なメリットがある。本来ならば独り占めできた方がいい。

 けれど、共同任務になることはもう覆せないだろう。ならば、直接ドロシーたちと接触しないという以上呑み込むしかない。

 私の返事を聞いて、ジェラルド司令も納得したようだ。


「日本の獣魔増加については原因究明を急ぐ。お前たちは些細な変化も見逃さず報告するように。以上だ」


 締めの言葉を告げられ、私は司令部を後にした。

 どちらにせよ、やることは変わらない。私は出現した獣魔を狩るだけ。実地調査という新たな仕事が増えたものの、粛々とこなせばいい。


――そう。何も変わらないはずだ。

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