『秋の夜の読み聞かせと、賢者の沈黙』
『秋の夜の読み聞かせと、賢者の沈黙』
### 1. 司令官の「朗読会」開演
「……『むかし、むかし、あるところに……』。あーさー、きいてる?」
リビングの絨毯の上に、ハル君が教科書を広げて座っています。その正面には、まるで校長先生のような威厳を湛えたアーサー先輩が、微動だにせず鎮座していました。
「局長、指揮官の発声滑舌、良好。ただし、物語の盛り上がり部分でページをめくる指が少々震えています。緊張感がこちらまで伝わってきます」
チビが、ハル君の教科書の端っこを「文鎮」代わりにおさえて、サポートしています。
### 2. ルークの「感情表現」オーバー
生垣の向こうでは、ルークが物語の展開に合わせて一喜一憂していました。
「コタロウ、聞け! 今、おじいさんが山へ芝刈りに行ったぞ! なんという壮大な冒険の幕開けだ! ハル君、もっと声を張るのだ! 私もフェンス越しに、おじいさんの力強い足音を『ワン!』で表現しようか?」
アーサー先輩は、チラリとルークの方を向き、一度だけ低く鼻を鳴らしました。
「ルークよ、静かに。今はハルの『言葉』を聴く時だ。言葉の端々に、彼のこの一年の成長が宿っているのだから」
### 3. 事件:つかえがちな「難しい漢字」
物語が中盤に差し掛かった時、ハル君の指が止まりました。
「……『き、きょ、きょう……』。あ、これ……なんだっけ」
二年生になって習い始めたばかりの、少し難しい漢字です。ハル君の眉間にシワが寄り、声が小さくなってしまいました。
「ギィーッ! 指揮官、難読地帯に突入! 偵察機、直ちにフリガナを確認せよ!」
ソラがカーテンレールの隙間から、ページを覗き込むように首を傾げました。
僕は、ハル君の膝にそっと顎を乗せました。
(ハル、大丈夫。ゆっくりでいい。僕がここで、お前の呼吸を聴いているから)
### 4. アーサー先輩の「合格」の鼻先
ハル君はふぅと息を吐き、「……きょうりょく(協力)して、おにを……」と、最後まで読み切りました。
読み終わった瞬間、静かだったアーサー先輩がゆっくりと立ち上がり、ハル君の額に自分の鼻先を「ツン」と寄せました。
「合格だ、ハル。お前の声は、物語の登場人物たちに命を吹き込んだ。素晴らしい指揮(朗読)だったぞ」
ハル君は顔を真っ赤にして、でもとても嬉しそうにアーサー先輩の首元の毛を撫でました。
「……あーさー、ありがとう。ぼく、ほんとの、おにいちゃんみたいに読めたかな?」
### 5. 陽だまりの警備保障、文化任務・無事完遂
サチコさんが温かいミルクを持ってきてくれました。
「ハルくん、とっても上手だったわよ。アーサーも感心してたみたいね」
陽だまりの警備保障、秋の教養パトロール・完了。
ハル君は、読み終えた教科書を大切にランドセルにしまい、僕とアーサー先輩の間に潜り込んで、静かに目を閉じました。
七巡目の秋。
庭では、ひまわりの枯れた茎が冬の準備を始めています。
ハル君が紡いだ物語の余韻が、冷たくなり始めた夜の空気を、そっと優しく温めているのでした。
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