『紺色の制服と、午前中の空白』
『紺色の制服と、午前中の空白』
### 1. 司令官の「おめかし」
「見て、コタロウ。ハルくん、今日から『プレ幼稚園』の体験入園なのよ」
サチコさんが少し誇らしげに、でも少し寂しそうに笑って、ハル君に紺色の小さな制服を着せました。
ハル君は、黄色い帽子を前後逆にかぶりながら、僕の前に立ちました。
「こたぅ、……いってくる!」
これまでのハル君は、いつも僕やアーサー先輩の隣にいました。僕たちが守る「陽だまり」の外へ、ハル君が一人で行ってしまう。僕は思わず、ハル君のズボンの裾を優しく甘噛みして引き止めてしまいました。
### 2. アーサー先輩の「自律」の教え
「コタロウ、その手を……いや、その口を離すのだ」
アーサー先輩が、静かな、でも力強い声で僕を諭しました。
「彼は今、新しい『ナワバリ』を広げに行こうとしている。我らの任務は、彼を繋ぎ止めることではない。彼がいつでも安心して帰ってこられるよう、この『本営』を完璧に守り続けることだ」
僕は、ハル君の裾を放しました。
ハル君は僕の頭を一度だけ「よしよし」と叩くと、サチコさんと手を繋いで、門の外へと歩き出しました。
### 3. ルークの「寂しさ」観測
ハル君がいなくなった後の庭は、驚くほど静かでした。
「コタロウ……。ハル君がいないと、庭の重力が15%ほど軽くなったように感じるね」
生垣の向こうで、ルークが白い顎を前足に乗せて溜息をついています。
「ルーク、お前までそんな顔をするなよ」
「仕方ないさ。ハル君がいないと、僕の『ふかふか』を触りに来る小さな手が足りないんだ」
ソラも、屋根の上で羽を休めていました。「ギィーッ。午前中の空は暇だな。ハル君を追いかけて幼稚園まで偵察に行きたいが、それは『過保護』というやつか?」
### 4. 事件:門の前での「静かなパトロール」
僕は、ハル君が出ていった門の前に、座り込みました。
普段は庭の隅々を歩き回る僕ですが、今日だけはここを一歩も動きたくありませんでした。
「先輩、ハルくん、迷子になってないかな?」
チビが僕の背中に飛び乗り、門の向こうを一緒に眺めます。
一時間、二時間。
日向の場所がゆっくりと移動し、影が伸び始めた頃。
遠くから、聞き慣れた、世界で一番大好きな足音が聞こえてきました。
### 5. お帰りの「ハグ」
「こたぅー!!」
門が開いた瞬間、黄色い帽子を振り回しながら、ハル君が飛び込んできました。
ハル君の体からは、いつものミルクの匂いに加えて、粘土や、知らないお友達や、新しい世界の匂いがしました。
「あのね、……うさぎさん、いたの! ……おともだち、いた!」
ハル君は一生懸命に、僕の耳元で今日あった出来事を報告してくれました。
僕は、ハル君の小さな背中に鼻を押し当てました。
(おかえり、ハル。よく頑張ったな)
陽だまりの警備保障、新任務「帰宅受理」完了。
ハル君が外でどれだけ冒険してきても、この門をくぐれば、そこには変わらない「陽だまり」と、彼を愛する僕たちがいる。
四度目の春、桜の蕾が今にも弾けそうな午後。
ハル君が幼稚園で描いたという、僕の絵(らしき茶色の丸)をサチコさんが壁に貼りました。
それを見上げる僕の尻尾は、春風よりも激しく、誇らしげに揺れていました。
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