『二月の小さな嵐と、桜色の約束』
『二月の小さな嵐と、桜色の約束』
### 1. 「特設ホテル」の静かな朝
玄関の隅にある、植木鉢の「カメ・ホテル」。
僕の朝のルーティンに、新しい項目が加わった。サチコさんが起きてくる前に、カメくんがちゃんと息をしているかスキャンすることだ。
「先輩、カメくん、今日はまだ動かないね」
チビが鉢の縁に前足をかけて覗き込む。
「当たり前だ。カメっていうのは、時間を大切に使う生き物なんだ。僕たちみたいに尻尾を振り回したりしないんだよ」
僕は知ったかぶりをして答えたけれど、実は僕も、彼がいつ首を出すのか、毎日ドキドキしながら見守っていた。
### 2. 招かれざる「春一番」
その日の午後、天気が急変した。
「ルーク! 警戒レベルを上げろ!」
僕は生垣に向かって叫んだ。
空が低く垂れ込め、ゴーゴーと唸るような強い風が吹き荒れ始めた。人間が「ハルイチバン」と呼ぶ、春を呼ぶための嵐だ。
庭の植木鉢が倒れ、洗濯物がバタバタと悲鳴を上げている。
「コタロウ! 南南西から突風が来る! 庭の奥の古い木箱が危ない!」
隣のルークが、風に煽られる白い毛をなびかせながら、鋭く警告を発した。
その木箱の影には、サチコさんが大切に育てている「福寿草」の芽が出ていたはずだ。あの黄色い花が咲くのを、サチコさんはとても楽しみにしていた。
### 3. 三匹の防風作戦
「チビ! 木箱を抑えるのは無理だ、中身を守るぞ!」
僕は風の中に飛び出した。
ルークもフェンスの下を潜り抜け、僕の隣に並んだ。
僕とルークは、大きな体を並べて、風上に向かって「壁」になった。
サモエドと柴犬。二匹の冬毛が合わされば、最強の防風シェルターだ。
その隙間に、チビが素早く潜り込み、小さな芽の周りに落ち葉をかき集めて布団を作る。
「……ワフッ!(負けるもんか!)」
砂埃が目に入り、冷たい風が鼻を突く。でも、僕たちの後ろには、サチコさんの「楽しみ」がある。
僕とルークは、嵐が過ぎ去るまで、一歩も動かずに踏ん張り続けた。
### 4. 嵐のあとの「目覚め」
夕暮れ時、風がピタリと止んだ。
そこへ、心配そうにサチコさんが帰ってきた。
「まあ! あなたたち、こんなところで何してるの? 泥だらけじゃない!」
サチコさんが駆け寄って、僕たちをどかそうとした時、彼女の動きが止まった。
僕たちが守っていた場所。
そこには、倒れた木箱の直撃を免れ、土の中からひょっこりと顔を出した、鮮やかな黄金色の福寿草が咲き始めていた。
「……守ってくれたのね。ありがとう、コタロウ、ルーク、チビちゃんも」
サチコさんの目に、じわりと涙が浮かんだ。彼女は泥だらけの僕たちの頭を、一人ずつ丁寧に撫でてくれた。
その時だ。
玄関の方で「カチャリ」と音がした。
見ると、玄関マットの上を、あのカメくんがゆっくりと、本当にゆっくりと歩き出していた。
嵐の音が、彼にとっても「もうすぐ春だよ」という目覚まし時計になったのかもしれない。
### 5. 桜色の予感
その夜、サチコさんは僕たちを温かい蒸しタオルで綺麗に拭いてくれた。
庭のカメくんは、サチコさんが作った「春の準備池」へと移動し、月明かりの下で手足を伸ばしている。
「先輩、福寿草って、太陽を捕まえたみたいな色だね」
チビが満足そうに、僕の横で丸くなる。
「ああ。あれが咲いたってことは、次は桜だぞ」
僕は、庭の大きな桜の木を見上げた。
まだ枝は黒くて硬いけれど、あのミミズクが守る木の中では、今この瞬間も、桜色の魔法が準備されているはずだ。
陽だまりの警備保障、冬の最終任務を完了。
次は、世界中がピンク色に染まる、あの賑やかな季節の警備が始まる。
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