『梅の香りと、小さな「春の落とし物」』
『梅の香りと、小さな「春の落とし物」』
### 1. 鼻先をくすぐる予感
お正月が過ぎ、いつもの日常が戻ってきた。
僕は、キリリと冷えた空気の中で、庭のパトロールをしていた。冬の警備は鼻がよく通る。
「……くんくん。先輩、これ、なんだか懐かしい匂いがする」
チビが庭の片隅、まだ蕾も固い梅の木の下で立ち止まった。
それは、土の奥底から立ち上がってくるような、ほんのり甘くて、少しだけ土臭い、命の目覚めの匂い。
サチコさんがよく「三寒四温ね」と言うけれど、冬が最後のリキみを見せている一方で、土の中では着々と春が準備を始めているらしい。
「ああ、チビ。これは春の足音だ。……そして、この匂いは……」
僕は生垣の隙間から、ルークを呼んだ。
### 2. 招かれざる「冬眠明け」
ルークは、自分の庭のウッドデッキから軽やかに飛び降り、僕たちのナワバリへ鼻を寄せた。
「コタロウ、君も気づいたかい? 庭の北側、あの古い石組みのあたり。……生命活動の反応がある」
ルークの「生命活動」という言葉は、たまに大げさだけれど、大抵は正しい。
僕たちがその場所へ向かうと、土がわずかに盛り上がっていた。
そして、そこから「もぞり」と一匹の小さな、泥だらけの生き物が顔を出した。
それは、まだ寝ぼけ眼の**「子亀」**だった。
「……カメ? こんな真冬に、どうしたんだ」
僕は首を傾げた。どうやら、例の「松ぼっくり」の温もりに惹かれて、少し早く目覚めてしまったらしい。
### 3. 警備保障、保温任務へ
「このままだと、夜の冷え込みでカメくんが凍っちゃうよ!」
チビが心配そうに、自分の小さな前足でカメを温めようとする。
「待て、チビ。僕たちにできる一番の警備は、サチコさんに『気づいてもらう』ことだ」
僕は作戦を練った。
ルークは隣から、サチコさんの動線を確認する。「サチコさんが帰宅して、まず最初にするのはハーブの霜よけのチェックだ」
僕たちは、カメを傷つけないように、鼻先で優しくサチコさんのハーブガーデンの真ん中へと促した。
そして、チビが近所の公園から拾ってきた「黄金色の落ち葉」をその上にふわりと被せ、僕が自分のマフラーを少しだけ解いて、その横に置いた。
### 4. サチコさんの発見
夕方、サチコさんが仕事から帰ってきた。
「あら、コタロウ。マフラーがこんなところに……。あれ? この落ち葉の山は……」
サチコさんがそっと落ち葉を退けると、そこには僕たちの温もりで少し元気を取り戻した子亀がいた。
「まあ! 冬眠中だったのね。少し早起きしちゃったのかな」
サチコさんは優しく笑うと、カメのために古い植木鉢の底に藁を敷き、玄関の中の、一番温かい場所に「特設ホテル」を作ってあげた。
「コタロウ、あなたたちが見つけてくれたのね。ありがとう。この子が春になるまで、一緒に守ってあげましょう」
### 5. 陽だまりの連鎖
その夜、サチコさんの膝の上で、僕は満足感に浸っていた。
玄関の隅では、子亀が静かに、でも力強く眠っている。
生垣の向こうでは、ルークが月明かりを浴びて、静かに座っていた。
「コタロウ。新しい命を守ることも、立派な警備の項目に追加されたね」
「ああ。警備保障の対象は、どんどん増える一方だ」
庭の土の中では、松ぼっくりが眠り、
玄関では、カメが春を待ち、
そしてソファでは、僕とチビが、大好きなサチコさんの鼓動を聞いている。
冬の終わりは、もうすぐそこ。
僕たちの「陽だまり」は、また少しずつ、確実に広がっていく。
---




