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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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東門の煙



 王都グランヴェルドの外郭が見えてから、ルークたちは一度も速度を落としていなかった。


 夕焼けの色はもう薄れ、空は群青へ沈みかけている。


 その中で、東側の空へ細く上がる灰色の煙だけが、やけに目立っていた。


「……やっぱり、東ですね」


 レイナが馬を寄せながら言う。


「うん」


 ルークは短く頷いた。


 煙は一本じゃない。


 高く上がるものが二つ、低く広がるものが一つ。


 火の手が大きいというより、何かを誤魔化すために散らしているような嫌な見え方だった。


 横を走るカナンが、口の端をわずかに下げる。


「歓迎にしちゃ物騒だな。王都ってのは、いつもこんな派手なのか?」


「普段は違うよ」


「なら安心だ。毎日これなら引き返してた」


「今さら?」


「今だから言うんだよ」


 軽口ではある。


 でも、その声色には緊張があった。


 ここまで来れば、誰だって分かる。


 ベルクハイムで掴んだ線の先に、何かがもう動いている。


 しかも、それは東部だ。


 ルークにとっては、追放されたあと初めて自分の足で立ち直り始めた場所でもある。


 だからこそ、余計に見過ごせない。


「ルークさん」


「うん?」


「王都に入ったら、まずどこへ向かいますか? 中央本部ですか、それとも東部の臨時詰め所ですか?」


 レイナの問いに、ルークは少しだけ考えた。


 普通なら中央本部へ報告だ。


 でも今は、煙が上がっている。


 悠長に手順を踏んでいる時間があるとは思えない。


「東門の様子を見て決めよう」


「……ですね」


「話の分かる会話で助かる」


 カナンが前を向いたまま言う。


「俺、王都の門番に初対面で止められて説明とか、たぶん途中で面倒になる」


「それは助からないな」


「ひどくない?」


「でも否定しないですよね」


 レイナに言われて、カナンは一瞬だけ黙った。


「……まあ、しないな」


「しないんだ」


「しないんだな……」


 ルークとレイナの声が重なって、ほんの少しだけ空気が和らぐ。


 けれど、その直後にはもう東門の灯りが見えていた。


◇ ◇ ◇


 東門前は、いつもの出入り口とは思えないほど張りつめていた。


 門兵の数が多い。


 通行人は端へ寄せられ、荷車の検分も厳しくなっている。


 しかも、城壁の上には弓兵まで出ていた。


「止まれ!」


 門前で槍が交差する。


「所属と目的を!」


 ルークはすぐにギルドカードを出した。


「冒険者ギルド所属、《星灯の止まり木》です。ベルクハイム支部から急行で戻りました」


「ベルクハイム……?」


 門兵が眉をひそめる。


 その横で、別の門兵がルークの顔を見て目を見開いた。


「待て、こいつ……ルーク・フレイアスじゃないか?」


「知ってるの?」


「東部の修道院で子どもを救い出したって話、うちにも回ってる」


 ルークは少しだけ気まずくなったが、今はそれどころじゃない。


「東部で何が起きてますか?」


 そう尋ねると、門兵の顔がすぐ引き締まった。


「東側の古い物資置き場の一つで火が出た。大火事ってほどじゃないが、妙なんだ」


「妙?」


「火の手の割に、中身がほとんど空だった。で、その少し前に、同じ区画で荷車が一台ごと消えたって騒ぎが起きてる」


 ルークとレイナが顔を見合わせる。


 ベルクハイムのメモ。

 王都東側。

 消えた荷車。


 点が、もうほとんど線になっていた。


「ギルドは?」


「東部の臨時詰め所を立ててる。中央本部からも人が入ってるはずだ」


 それを聞いた瞬間、ルークは決めた。


「中央じゃなくて、東部詰め所へ行こう」


「はい」


 レイナも即答する。


「じゃあ俺もそれでいい」


 カナンが言うと、門兵がぎょっとした。


「……そっちは?」


「ベルクハイム支部の臨時同行です」


 ルークが答えると、門兵はますます変な顔になる。


「王都のやつ、外でどんな拾い方してきたんだ」


「その言い方、ちょっと傷つくな」


 カナンがぼやく。


 だが門兵はすぐに槍を引いた。


「通れ。だが東側は今、かなり人が走ってる。馬は降りた方がいい」


「分かりました」


 ルークたちは門をくぐる。


 久しぶりの王都の空気は、どこか落ち着かなかった。


 見慣れたはずの石畳も、今夜はやけに冷たく見える。


◇ ◇ ◇


 東部の臨時詰め所は、かつて商人組合の集会所として使われていた建物に設置されていた。


 入口にはギルド職員と衛兵が立ち、出入りする人間を確認している。


 中へ入ると、中央の広間に地図と帳面が広げられ、何人もの職員が走り回っていた。


「次の報告まだ!?」

「消えた荷車の通行許可証、誰が切ったの!?」

「診療所から追加の灯り要求!」


 王都本部とも、ベルクハイム支部とも違う。


 混乱のど真ん中に、無理やり秩序を作ろうとしている空気だった。


「……なんか、ベルクハイムより声大きくない?」


 カナンが小声で言う。


「王都はたぶん、焦るとこうなる」


 ルークも小声で返した。


 その時だった。


「ルークさん!?」


 聞き慣れた声が広間に響く。


 振り向いた先にいたのは、リーナだった。


 金髪を高く結い上げ、いつもの受付服の上に簡易の外套を羽織っている。


 顔には疲れが出ている。


 でも、その目はしっかりしていた。


「リーナさん」


「本当にルークさん!? え、どうしてこんなに早く……ベルクハイムへ行ってたはずじゃ……!」


「戻ってきました。急ぎの報告があります」


 ルークがそう言うと、リーナの表情が一瞬で仕事の顔に切り替わる。


「ならこっちです。すぐに」


 彼女は広間の隅、地図卓のある机へ三人を連れて行った。


「レイナさんも無事でよかった……!」


「はい。リーナさんも」


「よかったって言ってる場合じゃないんですけど、でも本当によかったです」


 その言葉が、妙に胸にしみた。


 帰ってきたんだ、と少しだけ実感する。


 もちろん、休みに戻ってきたわけじゃない。


 けれど、顔を見て安心できる相手がいるのは大きかった。


「それで、そちらの方は……?」


 リーナの視線がカナンへ向く。


「カナン・ヴェイス。ベルクハイムの冒険者。臨時同行だ」


「ベルクハイムから……」


 リーナは少し驚いたように見たあと、すぐに頭を下げた。


「王都へようこそ、ではない状況ですけど……助かります」


「お、王都の受付嬢、思ったよりやわらかいな」


「どういう意味ですか?」


「ベルクハイムの受付はもうちょっと刺してくる感じだった」


「ナディアさんですね。なんとなく想像つきます」


 リーナが真顔で返したので、カナンがちょっとだけ肩を揺らした。


「……今の、笑うところじゃないのか?」


「いえ、普通の感想です」


「王都の受付嬢って、みんなこうなの?」


 ルークは思わず答えた。


「いや、リーナさんはかなり優しい方だよ」


「ルークさん?」


 なぜか少しだけ睨まれた。


 でも、ほんの少しだけ場が和んだのも確かだった。


◇ ◇ ◇


「で、急ぎの報告って?」


 リーナが地図の上に手を置く。


 そこからは早かった。


 ルークがベルクハイムで掴んだ流れを順に話す。


 水車小屋。

 薬箱の盗難。

 ラウネス行きの記録。

 そして、救い出したリゼの証言と、王都行きの搬送メモ。


「……やっぱり」


 話を聞き終えたリーナの声は低かった。


「こっちでも、東の旧集積場に疑いが向いてたんです」


「旧集積場?」


 レイナが聞く。


「はい。表向きは、豪雨被害で使ってないことになってる場所です。でも、火が出た空き倉庫と、消えた荷車の経路を重ねると、その区画の近くを通ってる」


 リーナは机の上の地図に印をつけていく。


 東門。

 古い物資置き場。

 修道院跡。

 そして、もっと東へ寄った外れに、四角く囲った区画。


「ここが“東の古い集積場”です」


 ルークの背筋に、ぞくりとしたものが走る。


 ベルクハイムのメモと繋がる。


「もう調べたんですか?」


「外からは。でも、まだ決め手がなかったんです。衛兵を大きく入れるには根拠が弱くて」


 リーナは悔しそうに唇を噛んだ。


「でも、ベルクハイムの搬送メモがあるなら話が変わる」


「今から動けますか?」


 ルークが聞くと、リーナはすぐに答えなかった。


 代わりに、広間の入口の方を見た。


 そこへ、重い足音とともに大柄な男が現れる。


 ラザン・ヴェルグロスだ。


 ギルド長は一歩近づくなり、机の上の地図とメモ、そしてルークたちの顔を順番に見た。


「戻ったか」


「はい」


 ルークが頷く。


「ベルクハイムで掴んだ情報です」


「聞いた」


 ラザンは短く答え、リーナからメモを受け取った。


 その目が、ほんの一瞬だけ険しくなる。


「王都東側の外れ。搬送。人員込み」


 低く読み上げるように言ってから、顔を上げた。


「十分だ。衛兵にも話を通す」


「じゃあ――」


「ただし、正面から大勢で踏み込むのはまだ早い」


 ラザンがルークを見る。


「相手が荷を動かしている最中なら、騒げば散る。先に目で見る必要がある」


「偵察、ですね」


「そうだ」


 そこでラザンの視線が、ルーク、レイナ、カナンへ流れる。


「《星灯の止まり木》」


「はい」


「お前たちが先に入れ」


 ルークは、すぐに頷いた。


 断る理由はない。


 むしろ、それが一番いいと思っていた。


「僕たちで見てきます」


「私も行きます」


「王都の土地勘はないけど、外側からの動きなら追える」


 カナンも続いた。


 ラザンは短く頷く。


「いい。リーナ、東部区画の裏道図を」


「はい」


 リーナはすぐに一枚の地図を取り出した。


「集積場の西側に古い排水路があります。普段は閉じてますけど、資材搬入用の横扉に繋がってるはずです」


「それ、使えるのか?」


 カナンが尋ねる。


「鍵が残ってなければ」


「残ってたら?」


「ルークさんが何とかするんじゃないですか」


 あまりにも自然に言われて、ルークは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……何とかできるかもしれない」


「頼もしいですね」


 リーナがにこっと笑う。


 その笑顔を見て、ルークは少しだけ肩の力を抜いた。


 王都に戻ってきた。


 そして、もう次の場所は見えている。


◇ ◇ ◇


 準備は慌ただしく進んだ。


 灯りは最低限。

 音の出ない靴。

 簡易の合図用石。

 そして、東部区画の裏道図。


 出発前、リーナが地図をルークへ渡す時、少しだけ声を落とした。


「……無茶しないでくださいね」


「うん」


「本当に、ですよ」


「分かってる」


「ルークさんは“分かってる”って言ってから無茶するので、あんまり信用してません」


 その真顔に、ルークは苦笑した。


 レイナが横でこっそり頷いている。


「レイナさんまで?」


「今回は私もそう思います」


「ひどいなあ」


「でも」


 リーナはそこで少しだけ表情をやわらげた。


「帰ってきてくれて、嬉しかったです」


 その一言は、不意打ちだった。


 ルークは少しだけ言葉に詰まり、それから小さく答える。


「……ただいま」


 リーナの目が、ほんの少しだけ丸くなる。


 でもすぐに、ふわっと笑った。


「はい。おかえりなさい」


 その短いやり取りが、妙に胸に残った。


◇ ◇ ◇


 夜の王都東部は、昼間よりもさらに静かだった。


 火事のあった倉庫のあたりにはまだ人がいるが、ルークたちが向かう古い集積場の方は、まるで息を潜めているように暗い。


 先頭はリーナから聞いた裏道を覚えたルーク。


 その後ろにレイナ。

 最後尾にカナン。


「王都って、でかいくせに裏へ入ると急に気味悪いな」


 カナンが小声で言う。


「ベルクハイムの水路沿いとは別の怖さがありますね」


 レイナも同じくらい小さな声で返す。


「人の気配があるのに、見えない感じがする」


「分かる」


 ルークが頷く。


 王都は大きい。

 大きいからこそ、隠れる場所も多い。


 見慣れた街なのに、今夜は知らない場所みたいだった。


 やがて、三人は古い石壁の陰へ身を寄せた。


 その向こうが、東の古い集積場だ。


 物音は小さい。


 でも、ないわけじゃない。


 車輪のきしむ音。

 低い声。

 木箱を動かす鈍い響き。


 ルークはゆっくりと顔を上げ、壁の切れ目から中を覗いた。


 月明かりの下、広い敷地の中に、いくつもの荷車が並んでいる。


 幌で覆われた荷。

 黒い外套の男たち。

 そして、中央の建物の前では、何人かが何かを運び出していた。


「……いた」


 レイナが息を呑む。


 その時だった。


 集積場の奥から、新しく一台の荷車が入ってくる。


 揺れる灯りに照らされたその荷車の側面を見て、ルークの目が細くなる。


 見覚えのある印だった。


 王都冒険者ギルドの、救援物資用の章。


「……嘘だろ」


 カナンが呟く。


 偽装か、本物か。


 どちらにしても最悪だ。


 そしてその荷車の幌の隙間から、一瞬だけ白い指先が見えた。


 人の手だった。

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