表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/43

王都へ返る道



 王都からの早馬が運んできた報せは、小部屋の空気を一気に張りつめさせた。


 東部で、また異常個体が出た。


 修道院跡の近くで、荷車ごと人が消えた。


 そして、リゼが持っていたメモには、次の搬送先として王都が記されている。


 偶然で済ませるには、もう重なりすぎていた。


「……戻るしかないですね」


 最初に口を開いたのは、レイナだった。


 疲れは残っているはずなのに、その目には迷いがない。


 ルークも、同じ気持ちだった。


「うん。ベルクハイムの線も大事だけど、今は王都の方が危ない」


「同感」


 ナディアが短く頷く。


 机の上には、革鞄から出てきた帳面、搬送先のメモ、そしてベルクハイム水運組合の補助荷役証が並んでいた。


「ベルクハイム側の流れは、こっちで押さえる。人夫の点呼、水運組合への照会、北門外れの納屋も監視を増やす」


 そこで彼女はルークたちを見た。


「《星灯の止まり木》は、王都へ。いま掴んだ情報を持って戻って」


「はい」


 ルークは即答した。


 王都東部は、追放されてからの再出発の場所であり、異変の始まりを見た場所でもある。


 そこへまた何かが向かっているなら、見過ごせるはずがなかった。


◇ ◇ ◇


「でも、普通に戻ったら三日近くかかるんじゃ……」


 ルークが言うと、ミハイルがすぐ地図を広げた。


「通常なら、です。ですが今回は支部間の急行経路を使えます」


「急行経路?」


 レイナが首を傾げる。


 答えたのはナディアだった。


「ギルド同士で緊急連絡や人員移送に使う中継路よ。一般の旅人は使えないけど、今回は事情が事情だから」


 彼女の指が地図の街道をなぞる。


「ベルクハイムから北西へ抜けて、途中の中継宿で馬を換える。荷が少なければ、一日半まで詰められる」


「荷はほぼ僕が持てる」


「分かってる。それ込みで言ってる」


 ナディアはそう言ってから、少しだけ肩の力を抜いた。


「正直、あなたのスキルがなかったら、今夜のうちにここまで話は進まなかったわ」


「……ありがとうございます」


「礼より先に結果を持って帰ってきて」


 その言い方はきつく聞こえるのに、不思議と嫌な感じはしなかった。


 ちゃんと信じて任せている声音だったからだ。


◇ ◇ ◇


 その時、壁にもたれていたカナンが、何でもないことのように言った。


「じゃあ、俺も行く」


 ルークとレイナが同時にそちらを見る。


「え?」


「行くって、王都まで?」


「それ以外に何がある」


 カナンは腕を組んで、いつもの軽い調子で続けた。


「ベルクハイムの水路が噛んでるなら、こっち側の人間が一人いた方がいいだろ。土地勘もあるし、運びの癖も分かる」


 それは、かなり理にかなっていた。


 しかもカナンは、すでに何度も助けてくれている。


 案内、斥候、夜襲での連携。

 ここまで一緒に動いてきて、今さら無関係とは思えなかった。


「私は賛成です」


 レイナがすぐに言う。


「カナンさんがいてくれると、すごく助かります」


「お、回復役の評価が高い」


「でも軽口が多いので、そこは少し減点です」


「減点方式、まだ続いてたのか……」


 カナンが本気で肩を落としたので、ルークは思わず口元を押さえた。


 ナディアも呆れたように息を吐く。


「行くのは構わない」


「お、話が早い」


「ただし」


 ナディアの目が細くなる。


「ベルクハイム支部の臨時同行扱いよ。勝手に突っ込んで死にかけたら、帰ってきてから私が怒る」


「“怒る”で済むのか?」


「済むと思う?」


「……思わないな」


 そのやり取りで、部屋の空気がほんの少しだけ和らいだ。


 重い話の真ん中にある、こういう数秒がありがたい。


◇ ◇ ◇


 出発準備は、朝を待たずに始まった。


 ルークは携帯食、水、包帯、予備の衣服を《無限インベントリ》へ収める。


 レイナは回復薬と、ハロルドから渡された簡易の解毒粉を袋へ入れた。


「これ、刺激の強い煙や薬液を吸った時に少しは効く」


 老人はぶっきらぼうに言った。


「完璧ではない。だが、ないよりマシじゃ」


「ありがとうございます」


「礼は結果で返せ」


 どこかで聞いたような言い回しだな、とルークは思う。


 ギルドで偉い立場にいる人ほど、案外似たことを言うのかもしれない。


 その横では、リゼが毛布を肩にかけたまま、机に向かっていた。


 震える手で、もう一枚の紙に何かを書いている。


「これは?」


 ルークが尋ねると、リゼは顔を上げた。


「ラウネスで見た印と、帳場で使われていた受け渡し記号です。……全部じゃないけど、覚えている分だけ」


「無理しなくていいのに」


 レイナが心配そうに言う。


 だがリゼは小さく首を振った。


「ここまで来たら、もう半端にはしたくないんです」


 その顔には、まだ怯えが残っている。

 でも、それだけじゃない。


 怖くても止まらないと決めた人の顔だった。


「王都の受付嬢さんにも見せてください」


 リゼはルークへ紙を渡した。


「きっと、そっちでも役に立ちます」


 王都の受付嬢。


 リーナの顔が、自然と浮かんだ。


 たぶん彼女も、もう東部の件で動いているはずだ。


◇ ◇ ◇


 出発前、ベルクハイム支部の裏口には、簡素な朝食が用意されていた。


 硬めのパンに、塩気のきいた干し肉、そしてまだ温かい薬草茶。


「立ったままで食べるの、なんか変な感じですね」


 レイナが言う。


「旅っぽくていいじゃないか」


 カナンが先にパンへかぶりつく。


「王都の宿暮らしだと、こういうの少ないだろ」


「たしかに、三日月亭ではちゃんと座って食べてた」


 ルークがそう言うと、レイナが少しだけ笑った。


「ツネさんに見られたら、怒られそうです」


「“立って食べると胃に悪いよ!”ってやつだな」


「そこまで口調は似てないと思う」


「いや、気配は合ってる」


 そんな他愛ない話をしていると、ふいに胸の奥が温かくなった。


 帰る場所の話をしながら、今はそこを離れている。


 でも、不思議と不安だけではなかった。


 また戻ると分かっているからだ。


◇ ◇ ◇


 ベルクハイムを出たのは、空が白み始める少し前だった。


 急行経路は、通常の街道から少し外れる。


 宿場ごとにギルドの通行証を見せ、馬を乗り換え、人だけを最優先で通していくやり方だ。


 重い荷がないぶん、移動は驚くほど速かった。


 最初の半日は小型の馬車。

 その後は二騎ずつの乗り継ぎ。


 ルークは、揺れる馬上で何度か体勢を崩しかけた。


「……っ、これ、思ってたより難しいな」


「今さら言う?」


 前を走るカナンが笑う。


「お前、《白銀の牙》の荷運びやってたわりに、馬はそんな得意じゃないんだな」


「荷を持つのと乗るのは違うよ」


「なるほど。そこは不器用なんだ」


「ちょっと否定しづらいです」


 後ろからレイナが言う。


「でも、落ちないでくださいね」


「がんばる」


「返事が軽い」


 その会話に、さっきまで張りつめていた気持ちがほんの少しだけ和らぐ。


 ずっと深刻な顔をしていると、視野まで狭くなる。

 だからこういう時間が必要なのだと、ルークは少しずつ分かってきていた。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、中継宿で馬を替える短い休憩の時だった。


 ルークは井戸水で顔を洗いながら、ふと王都の方角を見た。


 まだ遠い。


 けれど、心だけはもう先へ向かっていた。


 東部。

 修道院跡。

 古い集積場。

 そして消えた荷車。


 ベルクハイムで見つかった流れが、そのまま王都へ繋がっているなら、向こうでももう何かが動いている。


「焦るなよ」


 隣でカナンが水を飲みながら言った。


「顔に出てるぞ」


「そんなに分かりやすい?」


「ルークさんは、考え込むと目がちょっと鋭くなります」


 レイナまでそんなことを言う。


「みんな最近それ言うな……」


「分かりやすいんだろ」


「分かりやすいですね」


 即答されて、ルークは苦笑するしかなかった。


 でも、否定はできない。


 王都のことを考えると、どうしても気持ちが先に走る。


「……でも、急いでるのは同じです」


 レイナが少しだけ真面目な顔で言う。


「だから、ちゃんと一緒に戻りましょう」


 その言葉で、ルークはようやく息を整えた。


「うん」


「お、いいこと言うなあ」


 カナンが感心したように言うと、レイナは少しだけ視線を逸らした。


「たまにはです」


「たまにって、自分で言うのか」


 そのやり取りに、ルークは笑った。


 たぶん、こういう時間があるから走りきれる。


◇ ◇ ◇


 日が傾き始めた頃、ようやく王都グランヴェルドの外郭が見えた。


 遠くに高い城壁。

 夕日に染まる石壁。

 見慣れたはずの街なのに、今は前と少し違って見える。


「……戻ってきた」


 ルークが小さく呟く。


「早かったな」


 カナンが言う。


「普通ならもっとかかる距離だ」


「急行経路ってすごいんですね」


 レイナが感心したように言う。


 だが、その時。


 王都の東側の空に、細い灰色の煙が立っているのが見えた。


 夕暮れの中だから、かえってよく目立つ。


 ルークは馬を止めた。


「……あれ」


 レイナも息を呑む。


 カナンの顔から、冗談っぽさが消えた。


「東だな」


 煙は一本ではない。


 細いものが、二本、三本。


 しかも、修道院跡のある方角に近い。


「急ぐぞ」


 ルークが言う。


 もう迷いはなかった。


 王都へ帰る旅は、終わったんじゃない。


 ここからまた、次の火種の中へ踏み込むためのものだった。


 夕焼けの下、三人は王都東門へ向けて一気に駆けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ