表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/43

戻っていく流れ



 水門の上を吹き抜ける風は、ひどく冷たかった。


 ルーク・フレイアスは、レイナの手の中にある濡れたメモを、もう一度見つめた。


 次の搬送先――王都。


 ベルクハイムから外へ流れていく話だと思っていた線が、今度は逆に王都へ戻ってきている。


 その事実が、胸の奥に重く沈んだ。


「……王都って、どういうことだよ」


 カナンが小さく吐き捨てる。


 普段は軽口の多い彼の声にも、今はさすがに戸惑いが滲んでいた。


「ラウネスへ送る流れじゃなかったのか?」


「帳面にはラウネスってあった。でも、このメモは王都になってる」


 ルークが答えると、ナディアが険しい顔でメモを受け取った。


「急な予定変更か、もともと複数の流れがあるのか……」


「どっちでも、ろくな話じゃないですね」


 レイナが低く言う。


 その声は静かだったが、はっきり怒っていた。


 攫われた人。

 薬箱。

 異常個体。

 そして王都。


 ひとつずつならまだ分からなくても、ここまで重なれば嫌でも見えてくる。


 誰かが、意図して動かしている。


◇ ◇ ◇


「それより、まずこれ」


 レイナがくるりと振り向いて、カナンの左肩を見た。


 さっきの小舟の上で切られた傷だ。


 本人は「浅い」と言い張っていたが、布の上からでも血が滲んでいるのが分かる。


「え、今?」


「今です」


「いや、追うなら今のうちじゃ――」


「今です」


 ぴしゃりと二度言われて、カナンが黙った。


 その様子に、ルークは思わず少しだけ笑ってしまう。


「……なんだよ」


「いや、レイナさんに怒られてるカナン、ちょっと珍しいなって」


「嬉しそうに言うな」


「自業自得です」


 レイナはそう言いながらも、手際よく傷口を布で押さえる。


 淡い光が肩を包む。


「うっ……しみる」


「しみる程度で済んでるなら良かったです」


「王都の回復役、厳しくないか?」


「優しいですよ」


「その反応で優しいって言われるの、怖いんだけど」


 言いながらも、カナンは大人しく治療を受けていた。


 こういうところは案外素直だ。


 ナディアがそれを見て、ふっと息を吐く。


「……よかったわ。動けるわね」


「誰に言ってる?」


「もちろん、あなたにもよ」


「受付嬢にまでそう言われるのか、俺」


「日頃の行いじゃない?」


 ナディアの即答に、ルークはつい吹き出しかけた。


 張りつめた空気の中で、こういうやり取りがあると少しだけ呼吸が戻る。


 でも、戻りすぎてはいけない。


 今夜は、まだ終わっていない。


◇ ◇ ◇


 ベルクハイム支部へ戻ると、支部の中はまだ明るかった。


 夜更けだというのに、いや、夜更けだからこそ灯りが消えていない。


 北の旧船着き場での収穫は、すぐに小部屋へ持ち込まれた。


 メモ。

 水運組合の金属札。

 そして、救い出した若い女。


 女は診療台に寝かされ、ハロルドが脈と呼吸を見ている。


「命に別状はない」


 老人はいつも通りぶっきらぼうに言った。


「薬で眠らされていたのと、疲労だ。じきに起きる」


 それを聞いて、ルークは少しだけ肩の力を抜いた。


 助け出したのに、そのあとで手遅れになるのは嫌だった。


「金属札はどう?」


 ナディアが机の端に置かれたそれを指差す。


 ミハイルが確認したあと、渋い顔で頷いた。


「ベルクハイム水運組合の補助荷役証です。正規のものに間違いない」


「偽造ではない?」


「少なくとも、表面の刻印は本物です」


 部屋の空気がまた少し重くなる。


 街の外から紛れ込んだだけじゃない。


 街の中に、確実に手が入っている。


「……面倒ね」


 ナディアが低く言った。


「外の敵なら切り分けやすい。でも中にいるとなると、一気に話がややこしくなる」


「それでも、分かっただけマシです」


 ルークが言うと、ナディアは少しだけ目を上げた。


「そう?」


「正体が見えないまま殴られるより、どこかに繋がってるって分かる方が、まだ追える」


 それは本心だった。


 東部の時もそうだった。


 何かがおかしい、としか分からない時が一番怖い。


 けれど今は、少しずつ線が見えてきている。


 ベルクハイム。

 ラウネス。

 そして王都。


◇ ◇ ◇


 しばらくして、診療台の女が小さく息を漏らした。


 レイナがすぐに身を乗り出す。


「気がつきましたか?」


 女はゆっくりと目を開けた。


 少しだけ焦点が揺れたあと、見知らぬ天井を見上げて、びくっと肩を震わせる。


「ここは……」


「ベルクハイム支部です」


 レイナがやわらかく答える。


「もう大丈夫です。あなたを運んでいた小舟は止めました」


 その言葉に、女の目が大きく見開かれた。


「止めた……?」


「はい」


 ルークも一歩近づく。


「名前、聞いてもいい?」


 女は唇を少しだけ湿らせてから、かすれた声で答えた。


「……リゼ」


 年は二十歳前後だろうか。


 痩せてはいるが、服の質は悪くない。


 ただの浮浪者や行き倒れではない感じがする。


「リゼさん、何があったんですか?」


 ナディアが真っ直ぐに尋ねる。


 リゼは一瞬だけ目を閉じた。


 記憶を整理しているのだろう。


 やがて、細い声で言う。


「ラウネスから……逃げてきました」


 部屋の空気がぴたりと止まった。


「ラウネスから?」


 ルークが聞き返すと、リゼはゆっくり頷く。


「私は、ラウネスの荷役帳場で帳面付けをしてました。……水路の荷を記録する仕事です」


 その説明だけで、みんなの顔色が変わる。


 それはつまり、運ばれていたものを見られる立場にいたということだ。


「最初は、おかしいと思っただけでした」


 リゼは震える手を握りしめる。


「届くはずのない荷が届く。帳面に載らない箱がある。……それだけなら、見なかったことにもできた」


「でも、できなかった」


 レイナが静かに言う。


 リゼは、小さく頷いた。


「箱の中に、人が入ってたんです」


 ルークの背中に冷たいものが走る。


「生きてる人も、死んでる人もいました。……それで、怖くなって、帳面を一部だけ写して逃げました」


「その写しが、あのメモ?」


 ナディアが机の上の紙を見やる。


「はい。行き先と、受け渡しの印だけでも持っていけば、どこかで止められるかもしれないって……」


 リゼの目に、涙が滲んだ。


「でも、見つかって……ベルクハイムまで来たところで捕まって……」


 そこから先は、水車小屋と小舟の流れに繋がるのだろう。


 カナンが腕を組んだまま、珍しく真面目な声で聞く。


「で、その帳面の写しに“王都”があったのか」


「ありました」


 リゼは、はっきり言った。


「最初はラウネスだけだと思ってた。でも違った。……王都に流す便もあるんです」


 ルークは、思わず拳を握った。


 やっぱりだ。


 王都は無関係じゃない。

 最初から線の中にいた。


◇ ◇ ◇


「どこへ流すの?」


 ナディアが問う。


 リゼは少しだけ迷って、それから答えた。


「毎回違います。でも……今度の便は、王都東側の外れに入るはずです」


 東側。


 ルークとレイナの顔色が同時に変わる。


 王都東部。

 修道院。

 異常個体。


 無関係で済ませられる場所じゃない。


「細かい場所は?」


 ルークの声が、少しだけ低くなった。


 リゼは首を横に振る。


「そこまでは……。ただ、“東の古い集積場”って書いてありました」


 集積場。


 物資を集めて仕分ける場所。


 ルークの《無限インベントリ》とは真逆の、物を溜めて流す場所だ。


「……嫌な言い方ね」


 ナディアが吐き捨てる。


「人も薬も、全部荷物扱いってことじゃない」


 部屋の空気がまた冷えた。


 でも、やるべきことははっきりした。


「三日後を待つ必要はないですね」


 レイナが言う。


「相手はもう動いてる。しかも王都に向けて」


「うん」


 ルークも頷く。


「このままベルクハイムだけ見てても遅れるかもしれない」


 その時、カナンがふいに口を開いた。


「なあ」


「うん?」


「それ、王都まで行くんだよな」


「……たぶん」


「じゃあ、俺も行く」


 あまりにも自然な言い方だったので、ルークは一瞬意味を取り損ねた。


「え?」


「いや、だから。王都まで」


「そんな簡単に言う?」


 ルークが思わず返すと、カナンは肩をすくめた。


「簡単じゃない。でも、ここまで見ちまったしな。ベルクハイムの水路使ってる連中なら、こっちの人間が一人いた方がいいだろ」


「それは……」


 正論だった。


 しかも、カナンは道と水路に強い。

 今までの動き方を見ても、旅の相性はかなりいい。


 レイナが、少しだけ嬉しそうな顔で言う。


「私は、すごく助かります」


「お、回復役に好かれた」


「そういう言い方をすると少し減点です」


「減点制なの?」


 その返しに、ルークもナディアも少しだけ笑ってしまった。


 重い話の中で、そのやり取りは妙に救いになった。


 たぶん、こういう感じなのだ。


 旅の途中で仲間になる人というのは。


 最初から大げさな誓いを立てるんじゃなくて、気づいたら同じ方向を向いている。


◇ ◇ ◇


 ナディアはその様子を見て、ふっと息を吐いた。


「……いいわ。カナン、あなたは《星灯の止まり木》の補助同行扱いで動いて。正式な手続きはあとで」


「お、話が早い」


「ただし」


 ナディアの目が細くなる。


「勝手に死にかけたら減点どころじゃ済まないわよ」


「そっちも減点制なのか……」


 カナンがぼやく。


 レイナが思わず吹き出し、ルークも肩の力が抜けた。


 だが、その直後。


 小部屋の扉がまた勢いよく開いた。


「ナディアさん!」


 飛び込んできた若い職員は、顔色を変えていた。


「今度は何?」


「王都からの早馬です!」


「王都から?」


 職員は息を切らせたまま、封の切られた書簡を差し出す。


「中央本部経由で届きました! 東部で、また異常個体が出たそうです! しかも――」


 職員の喉が、ごくりと鳴った。


「修道院跡の近くで、今度は“荷車ごと人が消えた”って……!」


 その一言で、部屋の空気が完全に変わった。


 ベルクハイムから王都へ戻る流れ。

 王都東側の外れ。

 異常個体。

 消えた人。


 線が、もう偶然では言い逃れできないほどに重なった。


 ルークは、机の上のメモと王都からの書簡を見比べる。


 次に向かう先は、もう迷う余地がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ