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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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救援印の荷車



 月明かりの下、古い集積場の中央に並ぶ荷車は、どれも静かだった。


 けれど、その静けさは“何も起きていない”時のものじゃない。


 息を潜めて、誰かに見つからないように動いている時の静けさだ。


 ルーク・フレイアスは、石壁の陰からじっと中を覗き込んだ。


 荷車は三台。


 うち一台には、王都冒険者ギルドの救援物資用の章が付いている。


 しかも、その幌の隙間から、白い指先が見えた。


 ただの荷じゃない。


 人だ。


「……見間違いじゃないですよね」


 隣で、レイナが声を押し殺す。


「うん。見えた」


 ルークも、できるだけ小さな声で答えた。


 その直後、後ろからカナンが耳元で囁く。


「なあ、こういう時って、王都のやつらは毎回こんな面倒な現場に当たるのか?」


「そんなわけないでしょ」


 ルークが返すと、カナンは小さく肩をすくめた。


「なら安心した。常にこれなら、観光どころか移住候補から外してた」


「だから観光じゃないって、何回目だよ……」


「そこ、今ちょっと声大きい」


 レイナにすぐ注意され、カナンがぴたりと口を閉じる。


 その反応が妙に素直で、ルークは一瞬だけ笑いそうになった。


 でも、次の瞬間にはもう視線を前へ戻す。


 集積場の奥で、黒い外套を着た男が二人、木箱を荷車へ運んでいた。


 他にもいる。


 見えるだけで六人。

 建物の陰にも、まだ何人かいるかもしれない。


「数、多いですね」


 レイナが呟く。


「うん。正面からは厳しい」


「でも、のんびり見てる時間もないな」


 カナンが言いながら、顎で一番手前の荷車を示した。


 ギルド章付きの荷車だ。


 その荷台の奥、幌の内側で、また指先が動いた。


 今度は偶然じゃない。


 意識がある。

 助けを求めている。


 ルークの胸の奥が、ぎりっと音を立てるみたいに強張った。


 見えてしまった以上、無視はできない。


「……人数、もう少し正確に見たいです」


 レイナが言う。


「あと、誰が指示してるのかも」


「同感」


 ルークは頷いた。


 ここで飛び込んで、一人助けて終わり、ではたぶん駄目だ。


 証拠もいる。

 流れも押さえたい。

 そして、できるならまとめて止めたい。


 でも――


「もし荷車が動いたら、先に人を取る」


 ルークが小さく言うと、カナンもレイナもすぐに頷いた。


「それがいい」


「はい」


◇ ◇ ◇


 三人は壁沿いに姿勢を低くして、少しずつ位置を変えた。


 集積場の西側には崩れた荷置き棚があり、その陰からだと建物の正面がよく見える。


 ルークたちがそこへ移動すると、ちょうど中央の建物の扉が開いた。


 灯りが漏れる。


 中から、二人の男が出てきた。


 一人は黒外套。

 もう一人は、外套の上から簡素な腕章を巻いている。


 その腕章を見た瞬間、ルークは息を止めた。


「……あれ」


「どうした」


「東部詰め所の補助員が着けてた腕章に似てる」


 完全に同じかは、この距離だと断言できない。


 でも、似ている。


 救援側の人間に見せかけて中へ入り込める類のものだ。


「偽物か、流用か」


 カナンが低く言う。


「どっちにしても趣味悪いな」


 腕章の男は、荷車の前で立ち止まり、低い声で言った。


「この便は先に出す。北側の抜け道が使えるのはあと一刻だ」


「倉庫の方は?」


 黒外套の男が聞く。


「火が上がったんだ。今夜はあっちに目が集まる。こっちは薄くなる」


 ルークたちは息を潜める。


 やはり、火事は囮だ。


「王都東門の検分は?」


「救援印付きだ。通る時に一度止められても、手配はしてある」


 その言葉に、レイナの顔色が変わる。


「手配って……」


「中にいるってことだな」


 カナンが吐き捨てるように言った。


 ルークも同じことを思っていた。


 外からの侵入だけじゃない。

 王都側の検分に手を入れている人間がいる。


 それが誰なのか、今はまだ分からない。


 でも、相手は想像以上に深いところまで入り込んでいた。


◇ ◇ ◇


 その時、建物の中から、また別の人影が出てきた。


 今度は二人がかりで何かを運んでいる。


 大きな箱ではない。


 布でくるまれた細長い形。


 その先端から、また白い手が垂れた。


「……もう一人」


 レイナの声が、かすかに震えた。


 荷車の中に一人。

 今運ばれてきたのが一人。


 少なくとも二人はいる。


「今夜の便って、これだけじゃないのか」


 ルークが呟く。


「しかも、まだ建物の中にいるかもしれない」


「助けるなら急がないと」


 レイナがルークを見る。


 もう迷っている顔じゃない。


 決める時の顔だ。


 カナンも短剣を軽く指の中で回した。


「なあ、ルーク」


「うん」


「派手にやるか、静かにやるか」


 ルークは前を見る。


 敵は多い。

 でも、まだ完全には警戒されていない。

 こちらの位置にも気づいていない。


 なら――


「最初は静かに」


 そう答えた瞬間、カナンが口の端を上げた。


「よかった。たまには格好いい潜入をしてみたかったんだ」


「その台詞、今言う?」


「今だからだろ」


「気を抜かないでください」


 レイナの言葉はもっともだった。


 けれど、ほんの少しだけ空気がやわらぐ。


 それがありがたい。


 ルークは素早く状況を整理した。


 手前の荷車に一人。

 これから乗せられる布包みが一人。

 建物の中にも、まだいる可能性が高い。


 まずは、目の前の二人を助ける。

 そのうえで、中を見る。


「レイナさん、合図石、準備できる?」


「できます」


 41話で持たされた簡易の合図用石だ。

 衝撃を与えると淡い光を放ち、短距離なら位置を知らせられる。


「僕が最初の一人を取ったら、すぐ鳴らして。リーナさんたちに位置を知らせる」


「はい」


「カナンは?」


「見張り二人までなら無音でいける」


「……頼む」


「任された」


◇ ◇ ◇


 ルークは、息を整えた。


 ギルド章付きの荷車。

 幌の中の人影。

 それとの距離を測る。


 《無限インベントリ》の感覚を、静かに広げる。


 触れなくても、開ける。


 座標を合わせる。


 幌の布の内側。

 人影だけを、荷や木箱を避けて。


「……いける」


「ルークさん?」


「一人目、取る」


 ルークは両手をわずかに前へ出した。


 目立たないように、足元の影に紛れるように、小さく収納口を開く。


 幌の隙間に光は漏らさない。


 ただ、そこにあるはずの人影へ、静かに道をつなぐ。


「収納」


 次の瞬間、幌の内側にあった白い手が、ふっと消えた。


 荷車のわずかな沈み込みも、戻る。


 成功した。


 誰にも気づかれていない。


 ルークの胸の奥で、どくん、と大きく脈が打つ。


「一人、確保」


 その囁きと同時に、カナンが地を滑るように走った。


 見張りの黒外套が、荷車の横で首を巡らせる。


「……ん?」


 気づくのが、わずかに遅い。


 カナンの手刀が一人目の顎を打ち抜き、そのまま背後へ回って二人目の口を塞ぐ。


 ご、と鈍い音。


 見張り二人の体が、ほとんど声もなく崩れた。


「減点なしだろ、今の」


 小声で言う余裕があるあたり、やっぱりこの男は大したものだ。


 だが、その直後だった。


 建物の中から出てきた腕章の男が、ぴたりと足を止めた。


「……荷が軽いぞ」


 低い声。


 鋭い。


 ルークの心臓が跳ねる。


 まずい。気づかれた。


「レイナさん!」


「はい!」


 合図石が、ぱきん、と小さな音を立てて割れる。


 淡い光が、壁の陰で短く瞬いた。


 同時に、腕章の男が叫ぶ。


「敵だ!」


 張りつめていた夜が、一気に破れた。


◇ ◇ ◇


 黒外套たちが一斉に動く。


 荷車の横。

 建物の入口。

 屋根の影。


 潜んでいた人数が、一気に増えたように見えた。


「静かには無理になったな!」


 カナンが短剣を抜く。


「最初から半分そう思ってた!」


 ルークも駆け出した。


 今運ばれようとしている布包みの方へ。


 それを持っていた二人の男が、焦って荷を投げ出す。


 その瞬間、ルークは《任意座標展開》を開いた。


 布包みの真下に、薄い光の口。


 落ちる前に、人影だけを安全区画へ滑り込ませる。


「二人目、確保!」


「ルーク、左!」


 カナンの声。


 横から棒を持った男が突っ込んでくる。


 ルークは身をひねってかわし、その勢いのまま男の足元へ収納口を展開した。


 片脚が沈む。


 体勢を崩したところを、カナンの投げナイフが肩へ突き刺さった。


「おらっ!」


「派手になってきた!」


「だから言っただろ!」


 その横で、レイナの光が弾ける。


「《ライト》!」


 建物の入口にいた男たちが、光に目を細める。


 その一瞬の隙を、ルークは見逃さない。


 中央の扉へ向かって走り、その取っ手に手をかざした。


「部分収納!」


 鍵ごと、閂が消える。


「開いた!」


「便利すぎる!」


 カナンの叫びを背に、ルークは扉を蹴り開けた。


 中は、思っていたより広い。


 木箱。

 薬箱。

 そして、壁際に並ぶいくつもの大きな荷棚。


 その陰に――人がいた。


 三人。


 縛られ、座らされ、口まで塞がれている。


「……っ!」


 その光景に、ルークは息を呑む。


 思ったより多い。


「中にもいる!」


 叫んだ瞬間、建物の奥から、低い声が返ってきた。


「やはり来たか」


 声の主は、荷棚の陰からゆっくり姿を現した。


 黒い外套ではない。


 もっと動きやすい、暗い革服。


 顔には布。

 けれど、姿勢に覚えがあった。


 細身。

 無駄のない立ち方。

 そして腰の片側にだけ下げた短剣。


 ルークの頭の中で、何かが引っかかる。


 どこかで見た。

 でも、すぐには出てこない。


 男は、こちらを見て少しだけ笑ったようだった。


「ベルクハイムから戻るには、早すぎると思っていた」


 王都の人間だ。


 そう分かる話し方だった。


「お前、誰だ」


 ルークが低く問うと、男は答えず、代わりに荷棚の奥を顎で示した。


 そこには、さらに大きな木箱が一つ置かれている。


 ぎし、と中から音がした。


 内側から叩かれている。


 誰かが、入っている。


 その瞬間、男が腰の袋へ手を伸ばした。


 小瓶だ。


「ルーク!」


 レイナの叫びと同時に、男の手首が弾かれる。


 カナンの投げたナイフだった。


 だが、小瓶は落ちない。


 男は空中で受け直し、今度はためらいなく床へ叩きつけた。


 割れる音。


 広がる、あの苦い匂い。


 そして――荷棚の奥の暗がりで、何か巨大なものが、ゆっくりと起き上がる気配がした。

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