表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/43

夜へ向かう足跡



 ベルクハイム支部の小部屋に、重たい沈黙が落ちた。


 南の第二集落。


 家畜小屋が壊され、見張りが一人戻っていない。


 しかも、森犬より大きい足跡。


 東部で見た異変を思い出させるには、十分すぎる話だった。


「準備は最短でどれくらい必要?」


 ナディアがこちらを見るより早く、ルークが聞いた。


 レイナも、もう杖を握り直している。


 ナディアは少しだけ目を細め、それから即答した。


「物資は最低限でいい。戦闘と救護を優先するなら、五分で出せるわ」


「なら十分です」


 ルークが答えると、横でカナンが肩をすくめた。


「おいおい、本当に行くのか。王都から来た初日の客人にしては働きすぎじゃないか?」


「止めるの?」


 レイナが静かに聞く。


 カナンは一瞬だけ言葉に詰まり、それから軽く笑った。


「止めるわけないだろ。そういう顔してるやつらに言っても無駄だ」


「じゃあ一緒に来て」


 ルークが言うと、カナンは眉を上げた。


「ずいぶん素直に頼るな」


「案内役がいると助かるから」


「……そういう真っ直ぐなの、たまにずるいよな」


 ぼやきながらも、口元は少しだけ笑っていた。


 その空気を切るように、ナディアが手を打つ。


「よし。ミハイルは村への連絡役、カナンは先導。ルークとレイナは現地判断で動いて。私は支部に残って、追加の動きがあればすぐ回す」


「ナディアさんは来ないんですか?」


 レイナが聞くと、ナディアは苦笑した。


「行きたいのは山々だけど、支部を空けると街の中が回らないの。受付って、こういう時は地味に大事なのよ」


「たしかに」


 ルークが素直に頷くと、ナディアは一瞬だけきょとんとして、それから小さく笑った。


「……王都の受付嬢と気が合いそうね、あなた」


 リーナのことだろう。


 なんとなく分かる気がして、ルークも少しだけ口元をゆるめた。


◇ ◇ ◇


 出発の準備は、本当に五分とかからなかった。


 ルークは予備の水、包帯、灯り、携帯食を《無限インベントリ》へ収める。


 レイナは追加の回復薬と薬草束を腰の袋に入れた。


 カナンは短剣の刃を布で拭きながら、いかにも慣れた手つきで装備を整えている。


 その横で、ミハイルが地図を広げた。


「第二集落までは、街道をそのまま南へ。途中から森沿いの脇道に入ります。急げば一時間ちょっと」


「夜道としては?」


 ルークが尋ねる。


「正直、気持ちのいい道じゃない」


 答えたのはカナンだった。


「昼でも人通りが少ない。今夜みたいな話が出たあとなら、なおさらな」


 そう言いながらも、彼の顔には怯えはない。


 むしろ少しだけ、獲物を見つけた斥候みたいな目をしていた。


「でもまあ」


 カナンは短剣をしまいながら続ける。


「こういう時のために、俺みたいなのがいる」


「頼りにしてる」


 ルークが即答すると、カナンは変な顔をした。


「……あんた、ほんと変だな」


「またそれ?」


「普通、もう少し格好つけたりするだろ」


「してる余裕ないし」


 その返しに、レイナがくすっと笑う。


 張りつめていた空気が、ほんの少しだけやわらいだ。


◇ ◇ ◇


 ベルクハイムの南門を出た頃には、空はすっかり夕闇に沈み始めていた。


 西の端に残った赤みも、もう薄い。


 街道の先は黒く、森の輪郭だけがぼんやり見える。


 先頭はカナン。


 その後ろにルーク、レイナ、ミハイルの順で進む。


 足音は最小限。


 話し声も自然と小さくなる。


 風が吹くたび、木の葉が擦れ合って、耳障りな音を立てた。


「こういう時、王都の外だって実感しますね……」


 レイナがぽつりと言う。


「どうして?」


「王都の近くって、夜でもどこか人の気配がありますから」


「ああ」


 ルークは少しだけ頷いた。


 たしかに王都近郊は、どこかで灯りが見える。

 門もあるし、巡回もいる。


 でも今は違う。


 この暗さは、本当に“外”の暗さだ。


「怖い?」


 ルークが小さく聞くと、レイナは少しだけ考えてから正直に答えた。


「怖いです。でも、前よりは」


「前よりは?」


「隣に誰がいるか分かってるので」


 その言葉に、ルークの胸が少しだけ熱くなる。


 けれど何か返す前に、前を歩いていたカナンが振り返りもせず言った。


「おーい、いい雰囲気出すのは後にしてくれ。そろそろ脇道だ」


 レイナの肩がびくっと跳ねる。


「ち、違います!」


「何が?」


「……何でもありません」


 ルークは少しだけ笑いそうになるのを堪えた。


 こういうところで、カナンは空気を軽くするのがうまい。


 ありがたいのか、ありがたくないのか、少しだけ分からなかったけれど。


◇ ◇ ◇


 街道から外れ、細い獣道のような脇道へ入ると、空気が変わった。


 湿っている。


 それに、嫌な匂いが混じっていた。


 獣の臭いだけじゃない。

 血と、壊れた木の匂いだ。


「近いな」


 カナンが足を止める。


 前方、木々の隙間にぼんやりと灯りが見えた。


 第二集落だ。


 だが、様子がおかしい。


 灯りの数が少なすぎる。


 人の声も、家畜の鳴き声も聞こえない。


「……静かすぎる」


 ミハイルの声が低くなる。


「ルークさん」


「うん」


 レイナも、もう杖を構えていた。


 集落の入口に近づくと、最初に見えたのは倒れた柵だった。


 折れている。


 しかも、外から押し壊したというより、内側も外側もぐちゃぐちゃに引き裂かれている感じだった。


 その先にある家畜小屋は、片側の壁が崩れていた。


 扉も、蝶番ごと吹き飛んでいる。


「……これは森犬じゃない」


 カナンがしゃがみ込む。


 地面には泥が深く抉れ、大きな足跡が残っていた。


 四つ足の跡。

 でも、昨夜の森犬より明らかに大きい。


 熊に近い。


 いや、もっと長い爪痕がある。


「見張りはどこだ」


 ミハイルが顔を上げる。


 その答えはすぐに来なかった。


 だが、代わりに小さな物音がした。


 家畜小屋の影だ。


「誰かいる!」


 ルークが声をかけると、そこから若い男が転がるように出てきた。


 顔色は真っ青で、服は泥だらけ。


「た、助け……!」


 見張りだ。


 戻っていないと聞いていた男が、まだ生きていた。


 レイナがすぐに駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「う、腕……」


 左腕が不自然に腫れている。

 噛まれたのではなく、強く打ちつけたような腫れ方だ。


 レイナはその場で膝をつき、手をかざした。


「《ヒール》」


 淡い光が男の腕を包む。


 男は痛みに顔を歪めながらも、必死に言葉を繋いだ。


「でかいのが……二頭……いや、三頭……! 森から出てきて……家畜を……」


「今はどこへ行った?」


 カナンが低く聞く。


「わ、分からねえ……! でも、一頭は……一頭は、引きずってった……」


「何を」


 ルークが聞くと、男の目が恐怖に見開かれる。


「人を……」


 空気が、凍った。


「誰がいないの?」


 レイナの声も少し震えていた。


「子どもだ……! 小屋の近くにいた……村長の孫が……!」


◇ ◇ ◇


 一瞬だけ、全員が言葉を失った。


 次に動いたのは、ルークだった。


「足跡を追う」


「だな」


 カナンも即答する。


「ミハイル、村の中を確認して生き残りを集めろ! 怪我人が他にいたらすぐ連れてこい!」


「分かった!」


「レイナさん」


 ルークが振り向く。


「行けます。私は大丈夫です」


 返事は早かった。


 その目に迷いはない。


「なら一緒に来て」


「はい」


 カナンがすぐに地面へ視線を落とした。


 大きな足跡は、家畜小屋の裏から森へ続いている。

 途中、何かを引きずった跡もはっきり残っていた。


「急げば追いつけるかもしれない」


「急ごう」


 ルークが言う。


 今度は、ためらう理由がなかった。


 助けを待っているのが、はっきりしている。


 なら、行くしかない。


◇ ◇ ◇


 森へ入ると、月明かりも木々に遮られて、一気に暗くなった。


 カナンが先導し、足跡を追う。


 ルークは片手を前へ出し、いつでも《収納展開》できるように備えた。


 レイナは少し後ろで、呼吸を整えながらついてくる。


 地面には、泥と血の跡が混じっている。


 小さい。


 けれど確かに、人のものだ。


「まだ新しい」


 カナンが囁く。


「そんなに離れてない」


 だがその直後、前方の茂みの奥から、低く濁った唸り声が響いた。


 ごるるる……。


 喉の奥で煮えたぎるみたいな、嫌な音だ。


 ルークたちは一斉に足を止める。


 次の瞬間。


 木々の向こうで、赤い目が三つ、闇の中に浮かんだ。


 ひとつじゃない。


 ふたつでもない。


 三つだ。


 そしてそのさらに奥、細い木の幹に、何か小さな影が縛りつけられているのが見えた。


 子どもだ。


「……見つけた」


 ルークが低く言う。


 喉が、熱くなる。


 間に合ったのかもしれない。


 だが、その前に立ちはだかる三つの赤い目は、昨夜の森犬なんて比べ物にならない圧を放っていた。


 低い唸り声が、また森に響く。


 その中の一頭が、ゆっくりと前へ出た。


 月明かりが、異様に盛り上がった肩と、赤黒く膨れた首筋を照らす。


 普通の魔物ではない。


 それは見ただけで分かった。


 そして、その個体の後ろ足のそばに――砕けた小瓶の破片が転がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ