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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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25/29

名前をつける日

 翌朝。


 三日月亭の窓から差し込む光は、昨日よりもずっとやわらかく見えた。


 ルーク・フレイアスは、部屋の小机に置いた小さな白い花を見つめていた。


 ユウトにもらった花だ。


 少し歪んでいて、茎も短い。

 けれど、その不揃いな形がかえって愛おしかった。


(助けられた証、みたいだな)


 そう思うと、胸の奥が少しだけあたたかくなる。


 昨夜は昇格祝いの料理を食べて、部屋へ戻ったあともなかなか寝つけなかった。


 疲れているはずなのに、考えることが多すぎたのだ。


 Dランク昇格。


 これからの依頼。


 救い出した子どもたち。


 そして――正式なパーティー登録。


「……名前、か」


 呟いてみても、まだしっくりくる答えは出てこない。


 それでも、昨日までの“いつか考えよう”とは違っていた。


 今日は、ちゃんと決めたいと思っている。


◇ ◇ ◇


 食堂へ降りると、すでにツネが朝食を並べていた。


「おはよう、ルーク坊。今日は顔つきが少し違うね」


「違いますか?」


「うん。悩んでる顔だ」


 言い当てられて、ルークは少しだけ苦笑した。


「そんなに分かりやすいですか」


「分かりやすいよ。あんたは考えごとがあると、ちょっとだけ口数が減る」


 そこへ、メリアが焼きたてのパン籠を抱えて現れる。


「おはようございます!」


「おはよう」


「今日はギルドですか?」


「うん。その前に、少しだけ考えごともあるけど」


「パーティーのことですか?」


 ぴたりと当てられて、ルークは思わず目を瞬かせた。


「……どうして」


「なんとなくですっ」


 メリアはえへへと笑った。


「でも、なんだか楽しそうな悩み方だったので」


 楽しそう。


 そう言われると、たしかにその通りだった。


 悩みではあるけれど、前に進むための悩みだ。

 追放されたあの日のような、足元が崩れるような苦しさではない。


「今日はレイナさんとちゃんと話してくるよ」


「はいっ。いい名前、決まるといいですね!」


 ツネがスープを注ぎながら言う。


「名前ってのは、思ったより大事だよ。人でも宿でもパーティーでもね」


「やっぱりそうですか」


「そりゃそうさ。名前があると、帰る理由になる」


 その言葉に、ルークは小さく息を呑んだ。


 やはり、自分が今考えていることと、ずれていない。


 強そうな名前よりも。

 かっこいい名前よりも。


 帰る理由になるような名前がいい。


◇ ◇ ◇


 ギルドへ着くと、受付にいたリーナがすぐに顔を上げた。


「ルークさん、おはようございます!」


「おはようございます」


「レイナさん、もう来てますよ。保護室の方に」


「分かりました」


 リーナは何か言いたそうにして、それから少しだけにやっとした。


「……今日、決まりそうですか?」


「え?」


「パーティー名です」


 ルークは思わず苦笑する。


「まだ何も言ってないですよね」


「顔で分かります」


 ついさっき、ツネにも似たようなことを言われたばかりだ。


 そんなに分かりやすいのかと少し不安になりながら、ルークは保護室へ向かった。


◇ ◇ ◇


 保護室の空気は、昨日までとまた少し変わっていた。


 怯えと緊張だけだった場所に、ようやく“生活”の気配が戻ってきている。


 窓辺でパンをちぎっている子。

 毛布を畳む子。

 小さな子に水を渡している年上の子。


 その中心に、やはりノアがいた。


 そして、レイナも。


「おはようございます、ルークさん」


「おはよう」


 レイナは、年下の女の子の髪を整えてから立ち上がった。


「みんな、だいぶ落ち着きました。今日は少しだけ声も出るようになってきて」


 その時、ユウトがぱっとルークに気づいて駆けてくる。


「ルーク!」


 昨日は“おにいちゃん”呼びだったのに、今日はもう名前だ。


 それが少しおかしくて、ルークはしゃがみ込んだ。


「おはよう、ユウト」


「おはよう!」


「ちゃんと食べた?」


「たべた! スープも!」


 胸を張るその姿に、レイナがくすっと笑う。


「さっき、おかわりまでしてました」


「それはすごい」


 ユウトは誇らしげにうなずき、それから少しだけ真面目な顔になった。


「ルーク、きょうもくる?」


「うん。来るよ」


「そっか」


 安心したように笑って、また他の子のところへ戻っていく。


 ノアがその背中を見送りながら、ぽつりと言った。


「ちび、もう完全に懐いてる」


「ノアだって、昨日よりだいぶ柔らかいよ」


 ルークがそう言うと、ノアはむっとした顔をした。


「してない」


「してますよ」


 横からレイナがやさしく言う。


「今の顔、昨日よりずっと柔らかかったです」


 ノアは言い返しかけて、結局、諦めたように視線を逸らした。


「……うるさい」


 でも、耳が少しだけ赤い。


 その様子に、ルークもレイナも笑ってしまう。


 空気が、やわらかい。


 こういう時間があるから、頑張ってよかったと思える。


◇ ◇ ◇


 保護室を出たあと、ルークとレイナは中庭にある小さなベンチへ移動した。


 朝の光が石畳に落ちて、風は少しだけ冷たい。


 けれど日向は心地いい。


 しばらく二人とも何も言わずに座っていた。


 こういう沈黙が苦ではなくなったのも、少し前とは違うところだ。


 やがて、レイナが先に口を開く。


「……私、考えてきたんです」


「パーティー名?」


「はい」


 少しだけ恥ずかしそうにしながら、レイナは指先を組んだ。


「でも、うまくまとまってなくて。言葉って難しいですね」


「僕も同じだよ」


 ルークも正直に答える。


「強そうな名前、じゃない方がいいとは思うんだけど」


「はい」


「でも、柔らかすぎても違う気がする」


「分かります」


 二人で同じように悩んでいるのが、少しだけおかしかった。


「ルークさんは、どんな意味を入れたいですか?」


 その問いに、ルークは少し考える。


 そして、ゆっくり言葉を選んだ。


「帰る場所、かな」


「……やっぱり」


 レイナは小さく笑った。


「私も、それを考えてました」


「ほんとに?」


「はい。だって、今までのことって、結局そこに繋がってる気がするんです」


 レイナはまっすぐ前を見たまま続ける。


「ルークさんの《無限インベントリ》も、ただ入れるだけじゃなくて、守る場所みたいになってますし」


「うん」


「救い出した子どもたちも、暗い地下から出て、やっとあたたかい場所に来られた」


「うん」


「それに……私も」


 そこで一度言葉を切る。


「私も、ルークさんと一緒に動いてると、ちゃんと帰れる気がするんです」


 ルークの心臓が、どくんと鳴った。


 何気ない言葉なのに、妙に胸に響く。


「……それ、すごく嬉しい」


 素直にそう返すと、レイナは少しだけ頬を染めた。


 でも、目は逸らさなかった。


「だから、そういう意味のある名前がいいなって」


「そっか」


「はい」


 ルークは空を見上げた。


 三日月亭。

 ユウトの花。

 ノアの強がり。

 セシルの祈り。

 レイナの言葉。


 全部が頭の中でゆっくり繋がっていく。


「……止まり木、ってどうかな」


「止まり木?」


「うん。飛び続けるだけじゃなくて、ちゃんと休める場所」


 レイナはその言葉を口の中で繰り返すように呟いた。


「止まり木……いいですね」


「ほんと?」


「はい。あたたかいです」


 さらに少し考えて、ルークは言った。


「でも、それだけだと少し物足りないかも」


「たしかに……」


 二人でまた考え込む。


 風が、木の葉を揺らした。


 その時、レイナがふっと顔を上げる。


「星灯り、ってどうでしょう」


「星灯り?」


「はい。暗い夜でも、帰る道が分かるものですから」


 その瞬間、するりと何かが収まった。


 強すぎず、弱すぎず。

 派手すぎず、でもちゃんと意味がある。


 ルークはその響きを心の中で繰り返す。


「……《星灯の止まり木》」


 口に出すと、不思議なくらいしっくりきた。


 レイナの目が少しだけ大きくなる。


「それ……いいです」


「うん。僕も、すごくいいと思う」


「星灯りがあって、帰ってこられる止まり木」


「僕たちらしい気がする」


 二人は顔を見合わせた。


 次の瞬間、どちらからともなく笑う。


 やっと決まった。

 ちゃんと、自分たちで決められた。


◇ ◇ ◇


 そのまま二人は受付へ戻った。


 リーナは、二人の顔を見るなり表情を明るくする。


「決まりました?」


 あまりに早く見抜かれて、ルークは苦笑した。


「決まったみたいです」


「やった!」


 リーナは一瞬だけ受付嬢らしからぬ喜び方をしてから、慌てて咳払いした。


「し、失礼しました。では、書類を」


 カウンターの上に登録用紙が広げられる。


 ルークはペンを持ち、レイナを見る。


 レイナも、静かにうなずいた。


 そして、ゆっくりと書き込む。


 パーティー名――


 《星灯の止まり木》


 文字にした瞬間、何かが本当に始まる感じがした。


「……素敵です」


 リーナが書類を覗き込んで、ほうっと息をつく。


「すごく、お二人らしいです」


「ありがとうございます」


「こちらこそです。こういう瞬間に立ち会えるの、受付として嬉しいので」


 レイナが少しだけ笑う。


「リーナさん、ずっと楽しそうですね」


「楽しいです。だって、ルークさんが追放された日に初めてここに来た時から見てますから」


 その言葉に、ルークは少しだけ目を見開いた。


 追放されたあの日。

 たしかに、リーナはそこにいた。


 いちばん最初に、自分を信じてくれた人の一人だ。


「……あの時、リーナさんが依頼を勧めてくれなかったら、今はなかったかもしれない」


 ルークがそう言うと、リーナは一瞬だけきょとんとして、それから頬を染めた。


「そ、そんな……私は受付として、向いてる依頼を案内しただけです!」


「でも、それが嬉しかったんです」


 ルークの言葉は、たぶん自然に出た。


 リーナはうまく返せないようで、少しだけ慌てて書類を整える。


「で、では! 正式に登録処理を進めますね!」


 声が少し上ずっていた。


 それを見て、レイナがこっそりくすっと笑う。


◇ ◇ ◇


 登録処理が終わるまでの少しの間、ルークとレイナは依頼板の前で並んで待っていた。


 まだ急いで新しい依頼を取るつもりはない。


 今日は、名前を付けた日だ。

 それだけで十分な気もしていた。


「……なんだか、実感が出てきました」


 レイナが小さく言う。


「うん。僕も」


「正式に、私たちのパーティーなんですね」


「そうだね」


 ルークは言葉を噛みしめるように頷く。


 《白銀の牙》を追放された時、自分にはもうそういうものは縁がないと思った。


 でも今は、自分で選んで、自分で作る側にいる。


 それが、何より大きかった。


 やがて、リーナが小走りで戻ってきた。


「お待たせしました! 登録完了です!」


 差し出されたのは、新しいギルドカードと、正式登録証。


 そこにははっきりと記されていた。


 パーティー名

 《星灯の止まり木》


 所属メンバー

 ルーク・フレイアス

 レイナ・リーヴェルト


「……本当に、できたんだ」


 ルークが呟くと、リーナはにっこりした。


「はい。おめでとうございます」


 レイナもカードを見つめながら、静かに言った。


「……嬉しいです」


 その横顔は、泣きそうなくらい嬉しそうだった。


 ルークはそんな彼女を見て、胸の奥にじんわりとしたものが広がるのを感じた。


 これで終わりじゃない。


 むしろ、ここからだ。


◇ ◇ ◇


 夕方、ルークは三日月亭へ戻るなり、登録証をツネたちに見せた。


「おや」


 ツネが目を細める。


「決めたのかい」


「はい」


 メリアもダンも、興味津々といった顔で覗き込んでくる。


「《星灯の止まり木》です」


 その名前を聞いた瞬間、食堂に少しだけ静かな間が落ちた。


 そしてツネが、ふっと笑う。


「いい名前じゃないか」


 ダンも短く言う。


「悪くない」


 メリアは嬉しそうに両手を合わせた。


「すごく、すごく素敵です……! なんだか、ちゃんと帰ってこれる感じがします!」


 その感想が、まさに欲しかったものだった。


 ルークは少しだけ照れながらも、登録証を大事にしまう。


 今はまだ、宿暮らしだ。


 拠点もない。

 仲間も二人だけ。


 でも、名前がある。


 帰ってこられる場所を作ると決めた、自分たちの名前が。


 窓の外には、夕方の空に一番星が灯り始めていた。


 《星灯の止まり木》。


 その名前が、今日から物語の中で生き始める。


 ルークは胸の中でそっと繰り返した。


 ――ここから、ちゃんと作っていこう。


 守れるものを増やして。

 仲間を増やして。

 いつか本当に、誰かが安心して帰れる場所になるように。

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