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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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23/50

名前のない約束

翌朝。


 ルーク・フレイアスが目を覚ました時、窓の外はすでに明るくなっていた。


「……あ」


 寝過ごした、と思った。


 だが体を起こした瞬間、それ以上に強く感じたのは、全身の重さだった。


 腕も足も、鉛を詰めたみたいにだるい。


 昨夜は王都へ戻ってからの記憶が少し曖昧だ。

 ギルドで報告を終えて、子どもたちの無事を確認して、三日月亭へ戻ったところまでは覚えている。

 そのあと、夕食の途中で意識が遠くなって――たぶん、そのまま寝た。


(それだけ、疲れてたんだな……)


 布団から出て階下へ降りると、食堂ではすでにツネが朝の支度をしていた。


「ああ、起きたかい」


 振り向いたツネは、呆れたように笑う。


「昨夜は椅子に座ったまま船こいでたよ。ダンが抱えて上まで運んだんだ」


「えっ」


 ルークが思わず固まると、厨房の奥からダンが顔も上げずに言った。


「軽かったぞ」


「……すみません」


「謝んな。無事に帰ってきたならそれでいい」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、その声はどこか優しかった。


 その時、ぱたぱたと足音がして、メリアが奥から飛び出してくる。


「ルークさん! おはようございます!」


「おはよう」


「ギルドの人から聞きました! 子どもたち、助けたんですよね!?」


 目をきらきらさせながら詰め寄られて、ルークは少しだけ困ったように笑った。


「うん。みんな無事だったよ」


「よかったぁ……!」


 メリアは胸の前で両手をぎゅっと握った。


「昨日、帰ってきた時に話を聞こうと思ったのに、ルークさん、半分寝てたから……」


「ごめん」


「いえ、いいんですっ。むしろ、ちゃんと休めたならよかったです!」


 そこへ、ツネが焼きたてのパンと卵料理をどんと置く。


「ほら、まず食べな。英雄さんでも腹は減るだろ」


「英雄って……」


「子ども九人助けて帰ってきたんだろ? 十分さ」


 ツネはそう言って、ふっと笑った。


 ルークは返す言葉に困って、ただ小さく頭を下げた。


 英雄なんて言われるようなことをしたつもりはない。


 でも、助けたいと思って走って、間に合った。

 その結果を、こうして誰かが喜んでくれるのは、素直に嬉しかった。


 席につき、温かいスープを口にすると、ようやく体に力が戻ってくる。


「今日はギルドかい?」


「うん。子どもたちの様子も見たいし、昨日の件の続きもあると思うから」


「そうかい」


 ツネは頷き、それから少しだけ真面目な顔になった。


「……ルーク坊」


「はい?」


「助けたあとってのは、案外しんどいもんだよ」


 その声は、いつもの軽さが少し薄かった。


「気ぃ張ってた分、終わってから一気に来る。だから、無理して平気な顔しなくていい」


 ルークはその言葉を、しばらくそのまま受け止めた。


 助けに行く時は、前を見るしかなかった。

 でも終わったあと、心が追いついていない感じは、確かに少しある。


「……ありがとうございます」


「礼はいいよ。帰ってきた時に、ちゃんと飯食って寝る。それで十分」


 ツネがそう言うと、メリアもこくこくと頷いた。


「今日は甘いお菓子も焼きます! 疲れた時は甘いものです!」


 ルークは思わず笑う。


「楽しみにしてる」


◇ ◇ ◇


 朝のギルド本部は、昨日より落ち着いていた。


 もちろん、東部の件で慌ただしい空気は残っている。


 けれど昨日のような切迫感は薄く、少なくとも「最悪は避けられた」のだと感じられる空気があった。


 受付へ行くと、リーナがすぐに顔を上げた。


「ルークさん! おはようございます」


「おはようございます」


「ちゃんと寝られました?」


「たぶん……かなり」


「それならよかったです」


 リーナは笑ってから、少しだけ声を落とした。


「レイナさん、先に来てますよ。子どもたちのいる保護室に」


「そっか」


「それと、ラザン様があとでお話があるそうです。でも先に、そちらへ行って大丈夫です」


 ルークは頷いて、保護室へ向かった。


 扉の前まで来ると、中から子どもたちの声が聞こえる。


 昨日の泣き声とは違う。


 少し安心した、子どもの声だ。


 扉を開けると、広い部屋の中に簡易ベッドが並べられ、そのあちこちで子どもたちが食事をしたり、毛布にくるまって休んだりしていた。


 レイナはその中央で、小さな男の子に水を飲ませている。


「……あ、ルークさん」


 顔を上げた彼女は、昨日よりやわらかい表情をしていた。


「おはよう」


「おはようございます。みんな、だいぶ落ち着いてきました」


 その時、保護室の奥から小さな声が飛んだ。


「あ、おにいちゃんだ」


 昨日ルークが最初に助け出した、あの男の子だ。


 彼は駆け寄ってくると、ルークの服の裾をぎゅっと掴んだ。


「ここ、あんぜん?」


「うん。安全だよ」


「もう、くらいとこいかない?」


「行かない」


 ルークがそう言うと、男の子はようやくほっとしたように息をついた。


 その様子を少し離れた場所で見ていたノアが、毛布を肩にかけたまま近づいてくる。


「……あんた、来ると思った」


「様子を見たくて」


「ふーん」


 ぶっきらぼうだが、昨日より警戒は薄い。


 ノアは年下の子たちの方を見て、小さく顎をしゃくった。


「ちびたちは、だいぶマシ。夜中に泣いた子もいたけど」


「ノアちゃんが、ずっとそばにいてくれたんですよ」


 レイナがやさしく言うと、ノアは少しだけ気まずそうに顔を背けた。


「……別に。私も寝れなかっただけ」


 だが、年下の子たちを見る目は明らかに優しい。


 あの地下でも、きっとこうして支えていたのだろう。


 ルークはノアのそばにしゃがみ込んだ。


「昨日、少ししか聞けなかったんだけど」


「なに」


「中で何があったのか、覚えてる範囲で教えてほしい」


 ノアは少しだけ黙った。


 表情が固くなる。


 だが、逃げなかった。


「……みんな、別々の場所から連れてこられた」


 静かな声だった。


「私、最初は東の市場の近くにいた。夜、帰る途中で目隠しされて、気づいたら馬車の中だった」


 ルークもレイナも黙って聞く。


「地下には最初から子どもが何人かいた。あとから増えた子もいる。怖くて泣く子もいたから……私が、できるだけ静かにしろって言ってた」


「ノアちゃん……」


 レイナの声が少し震える。


 ノアは首を振った。


「たいしたことじゃない。騒ぐと、上から変なのが来るから」


「変なの?」


「人みたいなやつもいたし、そうじゃないやつもいた。あと、笑ってる男」


 ルークの目が細くなる。


「赤っぽい目をしてた?」


「うん。細くて気持ち悪いやつ」


 やはり、ゼオだ。


「でも、私たちの部屋によく来てたのは、その男じゃない」


「じゃあ誰が……?」


 ノアは少し迷うようにしてから、ぽつりと言った。


「シスター」


「……修道服の女の人?」


「うん」


 その答えに、ルークとレイナは顔を見合わせる。


「でも、あの人は悪い方じゃなかった」


 ノアははっきりと言った。


「最初は見張りみたいに来てたけど、途中から私たちに水とかパンを多く回してくれた。小さい子が熱出した時も、こっそり布を持ってきてくれたし」


「……やっぱり」


 レイナが小さく呟く。


 最後まで子どもたちのことを言っていたのは、偶然じゃなかった。


「名前、聞いた?」


 ルークが尋ねると、ノアは頷いた。


「セシル、って呼ばれてた気がする」


 その名前が胸に残る。


 シスター・セシル。


 まだ目を覚ましていない、あの女性の名かもしれない。


「ありがとう、ノア」


 ルークがそう言うと、ノアは少しだけ眉をひそめた。


「なんであんたが礼言うの」


「大事なことを教えてもらったから」


「……変なの」


 そう言いながらも、ノアは少しだけ口元をゆるめた。


 その時、保護室の扉が開いて、リーナが顔を出す。


「ルークさん、レイナさん。ラザン様がお呼びです」


「分かりました」


 立ち上がると、小さな男の子がまた服を掴んだ。


「いなくなる?」


「少しだけ。すぐ戻るよ」


「ほんと?」


「ほんと」


 そう言って頭を撫でると、男の子はしぶしぶ手を離した。


 ルークはその小さな手の感触を、妙に強く覚えた。


◇ ◇ ◇


 呼ばれたのは、昨日と同じ奥の部屋だった。


 中にはラザンとセラ、それにリーナもいる。


 机の上には、修道院から回収された書類や道具が並んでいた。


「座れ」


 ラザンに促され、ルークとレイナは並んで座る。


 ラザンはすぐに本題に入った。


「まず結論から言う。東聖母庇護修道院の件は、まだ終わっていない」


 やはり、と思う。


「だが、昨日の救出で大きく流れは変わった。生存者が出た。証言も取れた。隠されていたことが、はっきり表に出た」


 セラが机の上の紙を一枚押し出した。


「子どもたちの話と、修道院に残っていた名簿の一部を合わせた結果、攫われていた子どもの数は、少なくとも昨日助けた九人だけではないことが分かった」


 レイナが息を呑む。


「まだ、他にも……?」


「可能性は高い」


 セラは落ち着いた声で続ける。


「ただし、今すぐ次の場所が分かったわけではない。焦って動いても空振りになる」


 ラザンが腕を組む。


「だから、まずは王都の中を落ち着かせる。保護した子どもたちの聞き取り。修道院から回収したものの整理。そこから次へ進む」


「……はい」


 ルークは頷いた。


 助け出せたから終わりではない。

 でも、むやみに突っ走る段階でもない。


「それともうひとつ」


 ラザンの視線が、まっすぐ二人へ向く。


「昨日も言ったが、お前たちはもう臨時の組み合わせでは済まない」


 ルークの背筋が少し伸びる。


 隣で、レイナも静かに息を呑んだ。


「二人で動くことが増えるなら、正式に組んでおいた方がいい。連絡も通しやすいし、権限の扱いも整理しやすい」


 リーナが少しだけ明るい声で付け加える。


「つまり、正式なパーティー登録のお話です」


 その言葉が、改めて部屋に落ちる。


 ルークは少しだけ手元を見た。


 嫌ではない。


 むしろ、前向きに考えたい。


 でも、その重みもちゃんと分かる。


 ただ一緒に依頼を受けるだけじゃない。

 互いに背中を預けると決めることだ。


「返事は急がせん」


 ラザンが言う。


「だが、今のうちに考えておけ。名前を付けるというのは、思った以上に意味がある」


 名前。


 パーティー名。


 その響きに、ルークの中で何かが少しだけ形になりかける。


「……分かりました」


 ルークが答えると、レイナも頷いた。


「ちゃんと考えます」


 ラザンはそれで十分だと言うように視線を外した。


「今日は休め。昨日の働きに対する報酬や昇格査定の話は、明日以降に回す」


 リーナが嬉しそうに言う。


「特別報酬、かなり期待していいと思いますよ」


「え?」


「九人救出ですから」


 さらっと言われて、ルークは少しだけ目を丸くした。


 だが今は、お金の話よりも頭に残ることが多すぎた。


◇ ◇ ◇


 部屋を出たあと、ルークとレイナはしばらく黙って歩いた。


 人の少ない回廊まで来たところで、ようやくレイナが口を開く。


「……正式なパーティー、ですか」


「うん」


「不思議ですね」


 レイナは少しだけ笑った。


「最初に一緒に依頼を受けた時は、こんなふうになるなんて思ってませんでした」


「僕も」


 ルークも正直に答える。


 追放されたばかりの頃は、もう誰かと組むこと自体が怖かった。


 でも今は、違う。


 レイナが隣にいるのが自然になっている。


「……レイナさんは、どう思ってる?」


 聞いたあとで、少しだけ早まったかもしれないと思った。


 けれど、レイナは困ったようにしながらも、ちゃんと考えて答えてくれた。


「私は……嬉しいです」


「嬉しい?」


「はい」


 彼女は前を向いたまま続ける。


「ちゃんと必要とされて、一緒にやっていけるかもしれないって思えるのが」


 その言葉は、きっと過去の彼女にとって簡単なものではなかったのだろう。


 追放されたこと。

 弟のために無理をしていたこと。

 そういう全部を越えて、今ここに立っている。


 ルークは、そのことがすごく大事に思えた。


「僕も、嬉しい」


 自然と、そう言えた。


「レイナさんとなら、ちゃんと前に進める気がする」


 言葉にした瞬間、少しだけ照れくさくなる。


 レイナも耳が赤い。


 でも、目はそらさなかった。


「……じゃあ、考えましょうか」


「うん」


「パーティーのこと」


「うん」


 同じ返事が続いて、二人とも少しだけ笑った。


◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 ルークは一度三日月亭へ戻った。


 ツネたちはもう、修道院での救出が成功したことを聞いていたらしく、食堂へ入った瞬間、メリアが拍手しそうな勢いで迎えてくる。


「おかえりなさい! 昨日より顔色いいです!」


「ただいま」


「そりゃそうだろうよ」


 ツネが肩をすくめる。


「守れた時の顔ってのは、守れなかった時と違うもんさ」


 その言葉は、ずしりと胸に残った。


 ツネも、昔いろいろ見てきたのだろう。


「昼、食べるかい?」


「うん。お願いします」


「今日は煮込みだよ」


 ダンが厨房から低い声で言う。


「やった」


 思わず素直に言ってしまい、メリアが嬉しそうに笑った。


 食事が出るまでの間、ルークは昨夜からのことを簡単に話した。


 全部ではない。

 でも、子どもたちが無事だったことや、ノアという少女のこと、修道服の女性が最後まで守ろうとしていたことは伝えた。


 メリアは何度も「よかった……」と繰り返し、ツネは黙って頷き、ダンは一言だけ言った。


「次も助けろ」


「……うん」


 ルークは、しっかり頷いた。


◇ ◇ ◇


 夕方近く、ルークはもう一度ギルドへ戻った。


 ノアたちに、少しだけ顔を見せておきたかったからだ。


 保護室へ行くと、子どもたちは昼よりもさらに落ち着いていた。


 小さい子たちは遊び道具代わりの木片で遊び、年上の子たちは窓際で座って話している。


 ノアはその中で、相変わらず年下の子の面倒を見ていた。


「また来た」


「うん」


「暇なの?」


「そうかも」


 そう返すと、ノアは少しだけ口元を緩めた。


 そして、しばらくしてからぽつりと言う。


「……私、強くなりたい」


 その言葉に、ルークは目を瞬かせた。


「強く?」


「守れるくらいに」


 ノアは年下の子どもたちの方を見る。


「昨日まで、何もできなかったから」


 その横顔は、子どもっぽさと大人びた覚悟が半分ずつ混ざっていた。


 ルークはすぐには答えなかった。


 軽く頷くようなことではないと思ったからだ。


「……すぐじゃなくていいと思う」


 少し考えてから、そう言う。


「まずはちゃんと食べて、寝て、元気になるのが先だよ」


「子ども扱い」


「子どもだから」


「む」


 ノアは明らかに不満そうにしたが、反論はしなかった。


 少し沈黙があってから、彼女は小さく聞いてきた。


「……あんたたち、これからも一緒に動くの?」


「たぶん、そうなると思う」


「ふうん」


 ノアはそれだけ言って、少しだけ考えるように目を伏せた。


 その様子を見て、ルークはなんとなく思う。


 この子とも、きっとまだ何度か話すことになるだろう。

 今すぐではなくても、何かの縁が続いていく気がした。


◇ ◇ ◇


 日が傾き、ルークとレイナはギルドの前で合流した。


 帰り道は、昨日よりずっと静かで、平和だった。


 石畳の上を、二人でゆっくり歩く。


「……ルークさん」


「うん?」


「パーティー名って、すぐ決められるものですかね」


 不意の問いに、ルークは少し考えた。


「どうだろう。勢いで決めるものもあるのかもしれないけど……」


「でも、せっかくなら意味のある名前にしたいです」


「うん。それは僕も思う」


 ただ格好いいだけじゃなくて。

 自分たちらしい名前がほしい。


 追放された時に失ったものではなく、これから自分たちで作るものとして。


「今日はまだ、決めなくていいと思う」


 ルークがそう言うと、レイナはほっとしたように笑った。


「よかったです。実は、今聞かれたら何も思いつかなくて」


「僕も同じ」


 二人は顔を見合わせて、少し笑った。


 答えを急ぐ必要はない。


 でも、考え始めることには意味がある。


「じゃあ……次に会うまでに、少し考えてみますか」


 レイナが言う。


「いいね」


「変な名前だったら笑わないでくださいね」


「レイナさんこそ」


 そう言うと、彼女は小さく吹き出した。


 夕暮れの王都は、やわらかい色に染まっている。


 少し前までは、こんな時間の景色を落ち着いて見られる日が来るなんて思わなかった。


 けれど今は違う。


 守りたいものができて、帰る場所もあって、隣を歩く相手もいる。


 そして、その先には、まだ名前のない未来がある。


 ルークは空を見上げて、静かに思った。


 ――ちゃんと、形にしていこう。


 仲間として。

 パーティーとして。

 いつか、誰かを守る場所そのものとして。


 その一歩目は、もう始まっているのだと。

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