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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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18/43

封じられたままの証拠

 翌朝。


 〈三日月亭〉の食堂には、まだ朝のやわらかな光が差し込んでいた。


 けれど、いつものような穏やかな空気とは少し違う。


 ツネもメリアも、何も言わずにいるわけではないのに、どこか声を潜めている。


 今日のルークが、ただ依頼へ向かうのではないと分かっているからだろう。


「……そんなに緊張した顔しなくても、朝飯は逃げないよ」


 ツネが言って、テーブルに皿を置いた。


 焼きたてのパンと、野菜を細かく刻んだ卵炒め。それに、鶏の骨から出汁を取った濃いめのスープ。


 湯気と一緒に立ちのぼる香りは、昨日と同じように胃を刺激するのに、今日はなぜか喉の方が先に固くなる。


「そう見えますか?」


「見えるねぇ。あんた、考えごとすると眉間にちょっとだけ線が入るから」


「えっ」


 思わず額に手をやると、メリアがくすっと笑った。


「本当ですよ。昨日の夜から、ずっとそんな感じでした」


「……そんなに分かりやすいんだ」


「分かりやすいです。でも、その方が安心します」


 メリアはそう言って、ルークの前に小さな包みを置いた。


「これ、あとで食べてください。甘い焼き菓子。緊張した時って、ちょっと甘いもの入れた方が頭が回るので」


「ありがとう」


 ルークが受け取ると、メリアは少し照れたように目を逸らした。


「ギルド長さん相手でも……ルークさんは、ルークさんでいてくださいね」


 その言葉に、ルークは少しだけ肩の力が抜ける。


「うん。そうする」


 食事を終え、外套を羽織って立ち上がる。


 玄関を出る直前、ツネが背中越しに声を投げた。


「帰ってきたら、ちゃんと話しな。抱え込むのはよくない」


 ルークは振り返り、小さく頭を下げた。


「はい。行ってきます」


◇ ◇ ◇


 冒険者ギルド本部の朝は早い。


 それでも今日のホールは、いつも以上に張り詰めて見えた。


 通常依頼の受付列とは別に、東部方面の報告窓口へ人が集まり、職員たちが絶えず書類を運んでいる。


 “異常個体”という言葉が、あちこちで聞こえた。


 ルークが受付へ向かうと、リーナがすぐに気づいた。


「おはようございます、ルークさん。レイナさんはもう来ています」


 案内された先は、いつもの小会議室ではない。


 ギルド本部の奥。


 重い扉をいくつも抜けた、地下へ続く石階段の先だった。


「……こんな場所、あったんですね」


 ルークが思わず呟くと、リーナは振り返って小さく頷いた。


「機密保管区です。普通の冒険者は、まず入りません」


 その声にも、いつもの軽やかさはない。


 廊下の突き当たりにある黒い扉の前で、リーナは一度深呼吸した。


「ルークさん、レイナさん。中では見たこと、感じたことをそのまま話してください。推測は推測として添えてもらえれば大丈夫です」


「はい」


「わかりました」


 二人が答えると、リーナは扉を叩いた。


「ルーク・フレイアスさん、レイナ・リーヴェルトさんをお連れしました」


「入れ」


 低い声が返る。


 扉の向こうにあったのは、応接室というより、簡素な作戦室だった。


 中央の長机。


 東部一帯の地図。


 壁際の棚には封印箱や記録板が整然と並んでいる。


 そしてその机の奥に、ギルド長ラザンが座っていた。


 巨体。鋭い眼光。大戦鎚を背負わずとも、そこにいるだけで空気が引き締まる。


 その隣には、長い銀灰色の髪を後ろで束ねた女が立っていた。


「情報部長のセラだ。昨日の報告はすでに受けている。座れ」


 ラザンに促され、ルークとレイナは並んで椅子に座る。


 真正面から向けられる視線に、喉が少しだけ乾く。


 だが、逃げたいとは思わなかった。


 ここまで来たのは、自分の足だ。


「まず礼を言う」


 ラザンが口を開いた。


「お前たちが持ち帰った証拠がなければ、あの廃村の異常は“たまたま危険な個体が流れてきた”で片付けられていた可能性が高い」


「……いえ。俺たちは、見つけただけです」


「見つけて、持ち帰った。それができるやつは多くない」


 短く言い切られ、ルークは口を閉じた。


 隣でレイナも、少しだけ背筋を伸ばす。


「報告を聞こう。昨日、礼拝堂の地下で何を見た」


 ラザンの問いに、ルークは順を追って話し始めた。


 広場にあった《岩殻ボア》らしき巨大死骸。


 胸部の破孔。


 散乱していた紫色の薬瓶の破片。


 礼拝堂内部の荒れ方。


 動かされた祭壇の台座。


 地下室に並んだ檻、注射具、魔族文字、そして薬剤反応。


 レイナも補足する。


「魔族文字は、祈祷文ではありませんでした。個体管理や段階識別に近い記号です。少なくとも、行き当たりばったりの犯行ではないと思います」


 セラが机上の記録板に何かを書き込んだ。


「継続的な運用を前提にした実験施設、か」


「さらに、地下で低位寄生体らしきものにも遭遇しました」


 ルークが続ける。


「薬剤残滓を摂食して、不安定な状態でした。酸性の体液を持っていて、光属性への反応が強かったです」


 ラザンの目がわずかに細くなった。


「……寄生体までいたか」


「それと」


 ここで、ルークは一瞬だけ迷った。


 どこまで話すべきか。


 だが隠しても仕方がないと思い直す。


「俺の《無限インベントリ》が、異形ハウンドを収納した時に反応しました」


 室内の空気が少し変わる。


 セラの視線が鋭くなった。


「どんな反応だ」


「“異常因子を検出”“外部投与型魔力侵食を確認”……そういう感覚が、頭に流れ込んできました。あと、“隔離処理”というのも」


 レイナがルークを見る。


 昨日、細かい部分までは聞いていなかったのだろう。


 ラザンは黙ったまま続きを待っていた。


「そのあと、スキルがレベルアップしました。《無限インベントリ》Lv3。新しく“状態解析”と“隔離保管”が使えるようになったみたいです」


「……みたい、か」


「はい。まだ全部は把握しきれてません。でも、危険なものを他と分けて保管できる感覚があります。たぶん、昨日持ち帰った証拠が劣化していないのも、その影響です」


 数秒、沈黙が落ちた。


 やがてセラが低く呟く。


「収納系で、そこまで……」


「普通、ありえん」


 ラザンが断じた。


 けれど、責める響きではなかった。


 事実を切り出す、硬い声だ。


「ルーク。お前、自分のスキルについてどこまで知っている」


「……正直、ほとんど」


 ルークは苦く笑うしかなかった。


「昨日までは、生きた相手の収納と、任意座標展開で驚いてたくらいです。今は、驚くことが増えすぎて、どこから驚けばいいのか分からなくなってます」


 その返答に、セラがわずかに口元を和らげた。


 ラザンも鼻で短く息を吐く。


「だろうな」


 厳しい顔のまま、だがどこか呆れに近いものが混じっている。


「……昨日回収した現物は?」


「隔離してあります。必要なら出せます」


「一部だけだ。部屋全体を巻き込むようなことがあれば困る」


「はい」


 ルークは机の端に空間を開き、隔離指定した小瓶の破片と、異形ハウンドから剥離した黒赤色の組織片を慎重に取り出した。


 ほんの小片だ。


 だが、室内の空気がぴりりと張る。


 組織片は死んでいないかのように、内部で鈍く脈打っていた。


 レイナが息を呑む。


「……まだ、動いてる……?」


「いや」


 セラが身を乗り出し、封呪板越しに観察する。


「正確には、“止まりきっていない”。魔力侵食が進行する直前で、封じ込められている状態だ」


「ありえん」


 今度は、ラザンではなく、部屋の隅で待機していた白衣の男が声を上げた。


 薬師会から呼ばれていた解析官らしい。


「こんな状態で保てるなら、変異の過程を逆算できる……! 通常なら採取した瞬間から崩壊が始まるんだぞ!」


 ルークは少しだけ身を引いた。


 熱のある目で見られるのは、あまり慣れない。


「落ち着け」


 ラザンの一言で、解析官ははっとして一歩下がる。


 セラが組織片から目を離さずに言った。


「ルークのスキルは、単なる保管ではない。状態を制御している。少なくとも、因子の暴走を一時停止できるレベルで」


 その結論は、ルーク自身にとっても重かった。


(状態を、制御……)


 自分のスキルがそこまでのものだとは、まだ実感できない。


 だが昨日の感覚を思い返せば、否定もできなかった。


「ラザン様」


 セラが顔を上げる。


「結論として、東部廃村はただの放棄拠点ではありません。少なくとも中規模の実験施設。さらに、変異個体の経過観察まで行っていた可能性が高い」


「だろうな」


「そして、ルークの《無限インベントリ》は、現時点で唯一、安全に証拠物を保全できる手段です」


 部屋が静まる。


 ラザンはしばらく黙っていたが、やがて指を机に一度だけ打ちつけた。


「決まりだ」


 その一言で、全員の視線が集まる。


「ルーク・フレイアス、レイナ・リーヴェルト。お前たちを本日付で東部異常案件の優先協力者に指定する」


「優先……協力者?」


 ルークが聞き返すと、ラザンは頷いた。


「正式な常設部隊ではない。だが、通常依頼よりも上位の情報に触れる権限を与える。現場確認、痕跡記録、証拠回収。主任務はそこだ」


「戦闘は、必要なら他部隊が受け持つ」


 セラが補足する。


「お前たちは“見つけて持ち帰る”ことに集中しろ。今の時点で、それができる人員は貴重だ」


 ルークは息を呑んだ。


 認められた、という感覚と。


 もう普通の新人冒険者ではいられない、という感覚が同時に押し寄せる。


「……俺たちで、いいんですか」


「良いから呼んだ」


 ラザンは即答した。


「現場に出たこともないやつが机上で騒ぐより、お前たちの目の方が信用できる」


 その言葉に、レイナがそっと拳を握るのが分かった。


 彼女もまた、必要とされたのだ。


「それと、もうひとつ」


 ラザンが引き出しから銀色の小板を二枚取り出した。


 それぞれに簡素な印章が刻まれている。


「臨時通行証だ。東部の封鎖区画、資料保管室、記録庫第二層への立ち入りが可能になる。なくすな」


 リーナが驚いた顔をした。


「第二層までですか……?」


「状況が状況だ。出し惜しみしてる場合じゃない」


 小板を受け取った瞬間、ひんやりとした重みが掌に乗った。


 それは、責任の重さそのものだった。


◇ ◇ ◇


 面談が終わったあと、ルークとレイナは資料室へ通された。


 そこで廃村周辺の古地図や、過去十年分の魔物出現記録を照合することになった。


 机に並ぶ資料を前に、レイナがぽつりと呟く。


「……なんだか、すごい場所まで来ちゃいましたね」


「うん」


 ルークも素直に頷く。


「でも、不思議と逃げたい感じはしない」


「私もです。……怖いのに、見なきゃいけないって思うんです」


 二人で地図を広げる。


 廃村。旧倉庫。礼拝堂。森の異常死骸発見地点。


 ひとつずつ印をつけていくと、ばらばらだった点が、ある方向へ偏っていることが見えてきた。


「……こっちだ」


 ルークが指でなぞる。


「全部、南東に流れてる」


「古い神殿跡の方角……?」


 レイナが記録と見比べ、顔を上げた。


「これ、偶然じゃない。発生地点じゃなくて、“移動先”が揃ってるんです」


 ルークの背筋に、ぞくりと寒気が走る。


 何かが、あちらから流れてきている。


 いや。


 流している、のかもしれない。


 その時、臨時通行証を持った職員が慌ただしく部屋に入ってきた。


「ルークさん、レイナさん! ギルド長からです!」


「え?」


「東部の封鎖線付近で、新たな異常個体が確認されました! しかも今度は、魔物じゃありません!」


 部屋の空気が凍る。


 ルークが立ち上がる。


「……人間、ですか?」


 職員は青ざめた顔で首を振った。


「まだ断定できません。でも、衛兵の証言では――」


 ごくり、と唾を飲み込んでから、絞り出すように言った。


「“修道服を着た何か”が、東の林道を歩いていたそうです」


 レイナの顔色が変わった。


 廃村の礼拝堂。


 地下の実験施設。


 そして、修道服。


 全部が一本の線でつながるような、不気味な感覚。


 ルークは机の上の地図を見つめた。


 南東。


 古い神殿跡。


 その先にあるものは、もう魔物だけでは済まないのかもしれない。


 掌の中の通行証が、やけに冷たく感じられた。

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