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無限インベントリで世界を変える ~収納魔法はチートです~  作者: 華詩手


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17/43

礼拝堂の下

 礼拝堂の広場に、しんとした静けさが落ちていた。


 さっきまでそこにいた異形の唸り声も、爪が石を削る不快な音も、もう聞こえない。


 残っているのは、焼けた魔力の臭いと、レイナの荒い呼吸だけだった。


「……入った、んですよね……?」


 レイナが杖を握ったまま、恐る恐る問いかける。


 ルークは、広場の中央から視線を外さないまま、小さくうなずいた。


「うん。たぶん、完全に収納できた」


 けれど、“たぶん”という言葉とは裏腹に、彼の意識は今、インベントリの内側へ引き込まれていた。


 さっきまでにない感覚。


 触れたものをしまう、といういつもの使用感ではない。


 もっと深く、もっと細かく、取り込んだ対象の内側をなぞるような――そんな奇妙な感覚が、頭の奥に流れ込んでくる。


 次の瞬間、視界の端に淡い文字が浮かんだ。


【異常因子を検出】

【対象:生体/変異個体】

【外部投与型魔力侵食を確認】

【隔離処理を実行しますか?】


「……っ」


 ルークは思わず息を呑んだ。


「ルークさん?」


「だ、大丈夫。ちょっと……スキルが反応してる」


「スキルが?」


 レイナが目を丸くする。


 ルークは短く呼吸を整え、意識の中で“はい”を選んだ。


 すると、インベントリの奥で何かがかちりと噛み合うような感覚が走った。


【隔離処理を開始】

【侵食進行を停止しました】

【スキルレベルアップ】

《無限インベントリ》Lv3

【新機能開放:状態解析】

【新機能開放:隔離保管】


「……レベル、上がった」


「えっ?」


「《無限インベントリ》、Lv3になったみたいだ」


 レイナが驚きに目を見開く。


「そ、そんな……戦闘の最中に、ですか?」


「うん。しかも……」


 ルークは自分の手を見つめた。


 《状態解析》。

 名前だけなら簡単だが、流れ込んできた情報は、それ以上の意味を持っていた。


 収納した対象の状態を、ある程度“読み取れる”。


 そして、危険なものを他の収納物から切り離し、時間停止に近い形で封じ込められる。


(隔離保管……)


(これ、もしかして、かなり危ないものでも安全に持ち帰れるってことか……?)


 そこまで考えて、背筋がひやりとした。


 便利、というより、規格外だ。


 リーナが聞いたらまた頭を抱えるかもしれない。


「……ルークさん?」


 レイナの声で、意識を現実に戻す。


「ごめん。今の異形、ただの暴走じゃなかったみたいだ。スキルが、“外部から侵食された”って反応してる」


「外部から……?」


「たぶん、何かを投与された。薬か、呪術か、それに近いもの」


 レイナの顔色が少しだけ青くなった。


「やっぱり……人為的、なんですね」


「そう思う」


 ルークは礼拝堂の暗がりへ視線を向けた。


 さっきの異形がいた場所。


 その奥からはまだ、濃い魔力の残り香が漂ってくる。


「……中を見よう」


「はい」


 レイナも頷いた。


 怖くないはずがない。


 けれど彼女はもう、最初に会った頃のようにただ怯えるだけではなかった。


 その変化が、ルークには少し嬉しかった。


◇ ◇ ◇


 礼拝堂の中は、想像以上に荒れていた。


 長椅子は薙ぎ倒され、祭壇の布は黒く焦げ、壁面には深い爪痕がいくつも刻まれている。


 半壊した天井から差し込む光が、舞い上がる埃を白く照らしていた。


「……戦った跡、というより」


 ルークが低く言う。


「何かが暴れた跡、ですね……」


 レイナが言葉を継いだ。


 床には黒ずんだ血の跡が点々と続いている。


 それは祭壇の裏手へ、さらに奥へと伸びていた。


 ルークは一歩ずつ進みながら、意識の片隅で《状態解析》を使ってみる。


 すると、視界に薄く情報が重なった。


【床面付着物:血液・高濃度魔力残滓・薬剤反応あり】

【経過時間:半日以内】


(半日以内……)


 つまり、ここは最近まで使われていた。


 偶然残った痕跡なんかじゃない。


「レイナさん、これ……新しい」


「え?」


「昨日や一昨日の跡じゃない。たぶん、つい最近まで誰かがここにいた」


 レイナがぎゅっと杖を握る。


「誰かって……人間、ですか?」


「まだわからない。でも、自然にこうはならない」


 祭壇の裏へ回り込んだ瞬間、ルークは足を止めた。


「……これ」


 祭壇の台座が、わずかにずれていた。


 床石との間に、細い隙間がある。


 しかも、周辺の埃の積もり方が明らかに違う。


 最近、動かされた痕跡だった。


「隠し扉……?」


 レイナが息を呑む。


 ルークは台座の縁に手を添えた。


「収納、限定指定」


 淡い光が祭壇の一部だけを包み込む。


 次の瞬間、重たい石の台座が音もなく消えた。


 そこに現れたのは、地下へ続く狭い石階段だった。


「……ほんとに、あった」


 レイナが呆然と呟く。


 地下からは、冷たい空気が吹き上がってきていた。


 湿っているのに、どこか薬品めいた臭いが混じっている。


「気をつけて。たぶん、ここが本命だ」


「はい」


 ルークを先頭に、二人は地下へ降りていく。


 階段の先にあったのは、小さな地下室だった。


 礼拝堂の地下室、というにはあまりにも異質な空間。


 壁際には鉄製の檻が三つ並び、そのうち二つは内側から無理やりひしゃげている。


 床には鎖、注射具のような細長い器具、割れた薬瓶。


 そして、部屋の中央には、円形の魔法陣が焼き付けられていた。


「……ひどい」


 レイナがかすれた声を漏らす。


 檻の中には、魔物の毛や鱗らしきものがこびりついていた。


 ここが何のための場所だったのか、考えるまでもない。


「……実験、してたんだ」


 ルークの喉から、低い声が落ちた。


 魔物を捕らえて、薬か何かを投与して、観察していた。


 その結果が、森や廃村に転がっていた異常死骸なのだとしたら。


 胸の奥に、鈍い怒りが広がっていく。


 レイナは壁際にしゃがみ込み、慎重に床を見た。


「ルークさん、これ……」


 指差した先には、文字が刻まれていた。


 人間の共通語ではない。


 見慣れない曲線と棘のような線が組み合わさった、異様な文字列。


「読めない……」


「でも、魔族文字に近い気がします」


 レイナが小さく言った。


「教会で昔、禁書の複写を見たことがあって……完全にはわからないですけど、この並び、祈祷文じゃありません。もっと……記録とか、番号に近いかも」


「番号?」


「はい。“個体”とか、“段階”とか、そういう分類に使う文字に似てます」


 ルークは床に目を落とした。


 檻。薬瓶。番号。


 ぞっとするほど、無機質な空間だった。


 命を命として扱っていない。


「……証拠を回収しよう。持てるだけ」


「はい」


 ルークは《無限インベントリ》を開き、薬瓶の破片、注射具、檻の金具片、床に染みた薬液のついた石片を次々に分けて収納していく。


 しかも今は《隔離保管》がある。


 危険物を他と混ぜずに保てる感覚が、はっきりわかった。


「これなら……」


 思わず口をつく。


「どうしました?」


「いや。前より安全に持ち運べそうだと思って」


 レイナは少しだけ安心したように頷いた。


 その時だった。


 地下室の奥。


 ひしゃげた檻の影から、ぬるりと何かが動いた。


「……っ!」


 ルークが即座に短剣を抜く。


 現れたのは、人の頭ほどの大きさの黒い塊だった。


 表面は粘液に覆われ、ところどころに硬質な骨片のようなものが混じっている。


 目も口も曖昧なのに、中央だけが脈打つように赤く光っていた。


「なに、これ……」


 レイナの声が震える。


【対象:低位寄生体】

【状態:異常薬剤残滓を摂食/不安定】


 《状態解析》が反応する。


(寄生体……?)


 次の瞬間、その塊が跳ねた。


「レイナさん、下がって!」


 ルークは床にナイフを滑らせ、寄生体の進路を逸らす。


 ぶつかった石壁がじゅっと音を立てて溶けた。


「酸っ……!」


「《ライトバースト》!」


 レイナの放った光が寄生体を直撃する。


 だが塊は完全には消えない。


 むしろ弾けるように分裂し、二つになった。


「面倒だな……!」


 ルークは即座に判断した。


 短剣で斬るのは悪手だ。


 増える可能性がある。


「収納展開、限定!」


 足元に小さな光円を開く。


 分裂した片方がずぶりと沈んだ。


 もう片方は壁を這って逃げようとする。


「させない!」


 レイナが杖を突き出した。


「《ピュア・レイ》!」


 細い浄化光が一直線に走り、逃げかけた寄生体の中心を貫く。


 赤い核が弾け、塊は灰のように崩れ落ちた。


 静かになった地下室に、二人の呼吸だけが響く。


「……今のも、実験の副産物……?」


「たぶん。薬の残りを食べて変質したのかも」


 ルークは額の汗を拭った。


 嫌な場所だ。


 長居するほど危険が増す。


 しかも――


「ルークさん」


 レイナが階段の方を見る。


「上……音がしませんか?」


 耳を澄ます。


 確かに。


 地上で、石を踏む音がした。


 一つではない。


 複数。


「……囲まれた」


 ルークの声が低くなる。


 礼拝堂の中に、何体か入り込んできたらしい。


 さっきの異形の絶叫を聞きつけたのかもしれない。


「どうしますか……?」


「証拠は確保した。ここで消耗するより、持ち帰る方が大事だ」


 ルークは地下室を見渡した。


 そして、ひしゃげた檻に目を止める。


「少し荒っぽいけど……出口を作る」


「え?」


「この地下室、礼拝堂の真下だけじゃない。たぶん壁の向こう、外周に近い」


 《状態解析》と収納の感覚を重ねる。


 空間の広がりが、ぼんやりとわかる。


 まだ完璧ではない。


 でも、いける。


「収納、壁面指定――一部抜去!」


 地下室の外壁の一角が光に包まれ、次の瞬間、ごっそりと消えた。


 土がむき出しになる。


 向こうには細い空洞。


 昔の排水路か、基礎の隙間か。


「通れます!」


 レイナが声を上げた。


「急ごう」


 二人は荷物を抱え、狭い穴へ滑り込む。


 その直後、礼拝堂の階段上で何かが吠えた。


 ガン、と地下室の扉が揺れる。


 間一髪だった。


 土にまみれながら抜けた先は、礼拝堂の裏手にある茂みの中だった。


 陽はまだ高い。


 だが気分は、夜の底から這い上がってきたように重かった。


「……逃げ切れましたね」


 レイナがへたり込みそうになりながら言う。


「うん。でも、あそこはもう“狩場”じゃない。完全に誰かの拠点だった」


 ルークは礼拝堂の方を振り返った。


 崩れた塔の向こうに、黒い鳥が何羽も舞い上がっている。


 胸騒ぎが、消えない。


(あれは、偶然見つけた場所なんかじゃない)


(もっと早く、誰かが使ってた)


 そして、おそらく――今もどこかで続いている。


◇ ◇ ◇


 王都へ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。


 ギルドへ駆け込むなり、リーナが椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がる。


「ルークさん! レイナさん! 無事ですか!?」


「なんとか」


 ルークは短く答えると、すぐに隔離保管した証拠物の一部を取り出した。


 ガラス片、注射具、文字の刻まれた石片、薬液の染みた土。


 どれも劣化していない。


 リーナの目が大きく見開かれる。


「こ、これ全部……あの状態のまま……?」


「はい。たぶん危険物として分けて保管できてます」


「たぶんじゃないです、すごいです……!」


 半ば叫ぶように言ったあと、リーナははっとして咳払いした。


「し、失礼しました。すぐギルド長に上げます。絶対に今すぐです」


「それと、礼拝堂の地下に隠し部屋がありました」


 ルークが報告を続ける。


「檻と薬瓶、それに記録用みたいな魔族文字。実験施設みたいな場所でした」


 その言葉に、リーナの顔色が変わった。


「……地下、ですか」


「はい。たぶん、廃村が捨てられたあとに使われていたんだと思います」


「わかりました。……これはもう、通常依頼の範囲じゃない」


 彼女は真剣な声で言った。


「ルークさん、レイナさん。今日はもう追加行動は禁止です。休んでください。その代わり――」


 書類棚から一通の封書を取り出し、二人の前に置く。


「明朝。ギルド長ラザン様が、直接お話を伺いたいそうです」


「……僕たちに?」


「はい。正式に」


 ルークは封書を見つめた。


 追放されたあの日には想像もできなかった位置まで、自分は来ている。


 けれど同時に、踏み込んでしまったのは、もう後戻りできない領域なのだとも感じていた。


 レイナが、そっと隣で息を吸う。


「ルークさん」


「うん」


「……私、怖いです。でも」


 彼女は小さく笑った。


「ここまで来たら、知りたいです。何が起きてるのか」


 ルークも、静かに頷く。


「僕も同じだよ」


 窓の外では、夕暮れの鐘が鳴っていた。


 王都はいつも通りの夜を迎えようとしている。


 だがその足元で、確かに何かが動いている。


 そして《無限インベントリ》の内側では、隔離された異形の気配が、まだ微かに脈打っていた。


 まるで――


 次の答えを、まだ隠しているかのように。

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