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第15話 天に結ぶ



 惨禍(さんか)の歌が終わる。

 教室の外の廊下に座って待っていた壮太郎(そうたろう)は、膝の上に乗った唐獅子(からじし)を下ろして立ち上がる。


 教室のドアを開けて中に入り、床に落ちている白紙のノートを拾い上げる。

 壮太郎は黄玉(おうぎょく)に込められた七紫尾(ななしび)(きつね)の力を使って、女性教師に幻覚を見せていた。

 

 黒いノートは怪異とは無縁の学習帳。

 怪異が行われた教室を別の教室に見せ、牡丹の花の結界の中にいた惨禍の存在を視認出来ないようにした。

 女性教師が尻餅をついて倒れている間に、惨禍を閉じ込めていた花の檻を解除した。

 

 壮太郎は顔を上げ、キャビネットの前に佇む女の子の背中を見る。

 

栄子(えいこ)さん」 

 怪異の面影も無い、髪の長い普通の見た目の女の子が振り返る。栄子はぼんやりとした目で壮太郎を見下ろした。


「ここから出よう」

 栄子の目から静かに涙が溢れる。栄子は小さく頷いた。


 壮太郎は栄子と一緒に教室を出る。


 ガリガリガリガリ。

 キャビネットの扉を引っ掻き続ける激しい音が、いつまでも響いていた。


 黒い扉を通り、壮太郎達は現実世界に戻る。

 

「『壮太郎君!』」

 黒い扉の横の柱に隠れて待っていた(じょう)が立ち上がる。浮遊霊の侑希(ゆうき)も一緒にいた。

 丈は壮太郎の後ろにいた栄子を見て、悲しそうに顔を歪める。

 

 栄子の肉体は既にこの世に無い。魂だけの存在になった彼女は浮遊霊のように宙に浮いていた。

 栄子は窓に近づき、外を見る。ぼんやりとしていた栄子の目が徐々に光を取り戻す。


「どうしたの? 何かあった?」

『………空。こんなに青かったんだ』


 栄子の目が細められる。喜びに満ちていた目が悲しみに変わり、栄子は俯いた。


『私はもう死んじゃったんだよね? これから地獄に行くのかな?』

「どうしてそう思うの?」

 壮太郎の問いに、栄子は苦笑する。


『全部覚えているの。頭に血が昇って、酷い事をした。私の意思で呪いの力を使っていたの』


 栄子は涙を滲ませた。


『私、許せなかったの! だって、私は死ぬ必要がなかったのに、勝手に閉じ込められて、幸せを奪われて!! 私だって、いっぱい遊びたかった、勉強したかった! 素敵な大人になりたかった! 幸せになりたかったのに!! それも、もう叶わない!!』


 栄子の言葉に、丈が眉を寄せて悲しそうな表情を浮かべる。壮太郎は静かに栄子の言葉を聞いた。


『せっかく外に出れたけど、私は幸せになれない』

 栄子は胸を押さえるように手を置く。心が痛むのか、声が震えていた。


「君が天国に行くか地獄に行くかは、冥界の王が判断する事だ。君が選べる道があるとしたら、この子のように霊として現世を彷徨うかだね。ただ、君の魂は学校との結びつきが強いから、学校内に留まる事になるけど」


『新しいお友達!? 歓迎するね! 楽しい幽霊生活へようこそ!!』

 

 嬉しそうな侑希とは対照的に、栄子が絶望した表情になる。嫌いな学校に居続けるなど、栄子にとっては地獄だろう。


「僕が君の魂を冥界へ送ってあげる。天国に行って生まれ変われるのか、地獄で裁きを受けるのかは僕にも分からない。だけど、学校にいても地獄なら、僅かな可能性に賭けてみない?」


 壮太郎が差し出した手を、栄子は疑い深い眼差しで睨みつける。明らかに、信用されていなかった。


「大丈夫。壮太郎君を信じて」

 丈の目を見つめた栄子は素直に頷いた。


「え? 何で? 僕が言った時と反応が違くない?」

鬼降魔(きごうま)の子は、坊ちゃんと違って心が清らかですから』

『あ、わかる。壮太郎君って狡賢(ずるがしこ)そうだし。将来詐欺師だわ』

 唐獅子と侑希に酷い評価をされ、壮太郎は眉を寄せた。


「心外だよ。僕ってそんなに信用できない?」

『坊ちゃんの事は好きですけど、結構平気で嘘つきますからね』

 唐獅子が深い溜め息を吐く。壮太郎は目を少し見開く。


「バレてたの? 上手く騙せてると思ってたけど」

『当たり前ですよ。私の事、扱いやすいって思ってるでしょ?』

「うん」

『そこは素直なんですか……。まあ、いいですけど』

 壮太郎と唐獅子のやりとりに、本当に信頼していいのかと栄子はジト目になる。

 誤魔化す為に、壮太郎はニコリと笑った。


「せっかくだから、空に近い場所に行ってみようか」

 

 三階から屋上へ繋がる階段を上る。

 加護の『子』に職員室から取って来てもらった鍵を丈が取り出す。屋上の扉に掛かっていた南京錠と鎖を外し、壮太郎達は屋上へと出た。

 心地よくも力強い風が、髪を揺らす。


「じゃあ、始めようか」

 壮太郎は身に着けていた銀色のネックレスに手を当てる。


「冥界の主よ。我が声に応えたまえ」

 壮太郎が謳うように言葉を紡ぐと、呪具であるネックレスが呼応して光を纏う。


「我は結人間(ゆいひとま)の始祖、結人間(ゆいひとま)(ながれ)の血を継ぐ者。血の盟約の下に、天が生み出した御魂を天に返す許可と力を与えたまえ」


 ネックレスが眩い光を放ちながら首から外れ、三枚の羽のペンダントトップが矢へ、チェーンは弓へと形を変える。


 結人間の始祖が冥界の王の力を借りて生み出した呪具。魂を天へ送る力と魂を破壊する力を持つ『鬼結天(きけつてん)』を壮太郎は掴む。


『綺麗』

 栄子が呟く。壮太郎はニコリと笑った。


「君の魂を送るよ。どうなるかは分からないけど」


『いいよ。学校に居続けたくないから。それに、こんなに綺麗な力で送られるなら』

 栄子は鬼結天の白銀色の光を見つめて微笑む。


 壮太郎は空を見上げ、白銀色の三本の矢を纏めて(つが)える。


(冥界の王よ。出来る事なら、この魂に救済を)


「鬼結天。”天結(てんけつ)”」

 

 壮太郎は三本の矢を放つ。

 白銀色の光を纏った矢が空へと駆ける。風を切り裂く音が遠ざかり、白銀色の光が青い空に弾ける。白銀色の光のカーテンが栄子を包み込んだ。


 栄子の体が、空に吸い寄せられるように上昇する。

 栄子は上を見上げ、目を丸くして驚いた。

 何が見えるのかは、送られた者にしか分からない。しかし、栄子が壮太郎に向き直った時に見せた嬉しそうな笑みが答えなのだろう。

 

『ありがとう』


 感謝の言葉を残し、栄子は空へと消える。

 壮太郎が合掌すると、光のカーテンと鬼結天の弓が白銀色の光を散らしながら消える。壮太郎の首元で、帰還を知らせるように銀色のネックレスが小さく音を立てた。

 

「すごい」

 丈は自分が見たものに感動して呟く。一族の術が誉められた事の誇らしさに、壮太郎は胸を張った。


『魂を送るなんて、結人間君も凄いね』

 侑希が感心したように呟く。


「君も送ってあげようか?」

 ネックレスを握りしめて提案する壮太郎に、侑希は慌てて首を横に振る。


『いやいや!! 私は幽霊生活を楽しんでるから!!』

「そう? 必要になったら言って。練習がて……いや、しっかりと送るから」

『今、”練習がてら”って言おうとしたな? 人を実験に使わないでよね!!』

 侑希が怒るのを無視して、壮太郎は空を見上げる。


 壮太郎はもう一度合掌し、栄子の魂が安らかな場所に辿り着く事を祈る。

 そして、もし叶うのなら……。


「次に巡り来る事あらば、どうか幸せな生を」


 壮太郎の祈りは、風の音と共に空の彼方へ飛んでいった。

 

「帰ろうか」

 壮太郎は笑みを浮かべ、丈に声を掛ける。丈は笑顔で頷いた。



 侑希と別れ、壮太郎と丈は学校を出る。

 

「壮太郎君。この後時間があるなら、一緒に遊ばない?」

「え? 何で?」

 思ってもみない誘いに、壮太郎は戸惑う。丈はニコリと笑った。


「もっと壮太郎君と仲良くなりたいから、一緒に遊びたいなって思って」


 真っ直ぐな丈の言葉に、壮太郎は嬉しさと戸惑いで顔を歪める。悪い事を言ったと思ったのか、丈は眉を下げた。


「ご、ごめん。嫌な思いを」

「ゲーム!」

 壮太郎は声を上げる。


「え?」

「だから、ゲームで遊ぼうって事。僕の家にゲームあるから、来てもいいけど」

 緊張している事を悟られないように、壮太郎はそっぽをむく。


「うん! やった! 一緒に遊ぼう!」

 壮太郎はチラリと丈を見る。丈が心底嬉しそうに笑っていた。


 二人を見守っていた唐獅子が、嬉しそうに壮太郎と丈の周りを駆け回る。


『坊ちゃん! 今日はお赤飯ですね! 坊ちゃんの初めての人間のお友達記念日ですよ!! こうしちゃいられません! 家に戻って皆に報告して、お菓子とジュースを準備しないと! 先に戻りますね!!』


「ちょっと! 大騒ぎにしないでよ!?」

 壮太郎の言葉も聞かず、唐獅子はあっという間に姿を消した。


「……やっぱり、外で遊ぼう」

「壮太郎君。それはダメだと思う」

 家に帰れば、家族や妖達が満面の笑みで出迎えるのだろう。たくさん世話も焼かれるに違いない。項垂れた壮太郎を見て、丈は笑った。


 壮太郎は丈を見つめる。

 丈の手を選んだ事が壮太郎にとって本当にいい選択だったのかは分からない。けれど、今この時は……。

 

「行こう」

 二人は一緒に並んで歩き出した。

 


次話のエピローグで、ひとまず終わりになります。

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