エピローグ これから始まる日々
火曜日の朝。
身支度を済ませて居間で朝食を食べた後、壮太郎は立ち上がる。
「壮太郎! 今日は朝から学校に連れて行くからね!」
壮太郎に続いて立ち上がった姉が、銀色の縄の呪具を手にして宣言する。
昨日は壮太郎が家のお役目をしていて強制的に学校に連行出来なかったので、今日は余計に張り切っているのだろう。
「姉さん。呪具はいらないよ。僕は自分で学校に行くから」
「へ?」
『坊ちゃん。ランドセル持って来ましたよ』
「ありがとう。唐獅子」
唐獅子からランドセルを受け取って背負う壮太郎を見て、ポカンとしていた姉は眉を寄せる。
「……壮。何を企んでいるの?」
「急に疑ってきたね。姉さん」
「あんたが素直なのは気味が悪いのよ。企んでいないのなら、何処かに頭でもぶつけた?」
疑いの眼差しを向ける姉に、壮太郎は首を横に振った。
「違うよ。僕ね、やっと分かったんだ」
「何が?」
姉は訝しげに首を傾げた。壮太郎は皮肉げに目を細める。
「周りに期待するのは無駄だって事」
壮太郎は周囲の人間が自分を受け入れてくれる事を期待していた。
自分が考えていたモノと周囲のモノが違っていたら、「ほら、やっぱり」と心の中で呟くのを何度も繰り返した。自分自身を『人として上手く生きられない者』にして、周囲の人達を『くだらない人間達』に仕立て上げた。
違うモノを認めない周囲を否定しながら、壮太郎自身も自分の考えとは違う現実や他人の感情を否定し続けていたのだ。
(間違い探しをして否定してばっかりじゃ、僕はいつまでも僕を生きられない)
壮太郎は自分の掌を見つめる。
人の道、妖の道。どちらがいい選択なのかは分からない。
選んだ道が違うと感じたら選び直せばいい。生きている間なら、何度だって自分の生き方を選ぶ事が出来るのだから。
(でも、今は……)
「僕は自分が選んで掴んだモノを信じてみるよ」
壮太郎は丈の手を掴んだ右手を握りしめ、穏やかな笑みを浮かべる。
自分が選んだ道を胸を張って誇れるように生きる。
一人だけでは怖くても丈が側にいてくれるのなら、何処までも進んでいけそうな気がした。
「ねえ、姉さん。”人と一緒に生きられるように学校で学びなさい”って言ってたのは、”人の中で上手く立ち回れるようになれ”って意味なんでしょう?」
姉は最初から『皆と仲良くしろ』とは言っていなかった。姉は否定も肯定もせず、壮太郎をじっと見つめる。
「僕の事を嫌う奴らなんかの為に、僕は絶対に自分を被害者にしない。大切なモノを守る為に、敵意を向けてくる奴らを捩じ伏せる術を学校で学んでみるよ」
(手始めに今までのお礼を込めて、あの三人組に何かしてやろうかな。二度と僕に口出し出来ないようにしてやろう)
ニヤリと笑う壮太郎を見て、姉は苦笑混じりの溜め息を吐く。
「本当は、いかに自分に都合よく周りの人間を操れるかを学校で身につけさせようと思ったんだけど、それでもいいわ。壮太郎が自分の望むように生きられるなら」
姉と壮太郎は悪い笑みを浮かべる。悪巧みをする顔がそっくりな姉弟を見つめ、唐獅子は遠い目をした。
「壮太郎。お友達が迎えに来てくれたよ」
祖父が居間に顔を出す。壮太郎は廊下に飛び出した。
「『いってらっしゃい』」
「行ってきます」
祖父と唐獅子に見送られ、壮太郎は玄関から外に出る。
ランドセルを背負った丈が待っていた。
「おはよう。壮太郎君」
「おはよう。丈君」
丈と一緒に始まるこれからの日々に、壮太郎はワクワクとしながら学校までの道を歩いた。
***
『何故、七番目の怪異の封印が解けたのか? それはね、怪異を作り出した三人の内の一人が十五年前に死んだからだよ。それで、封印に綻びが出来たの』
遠くに感じる青い空と薄暗い無人の教室。
窓の前に立ち、外の景色を見ていた侑希は振り返って答える。
『どうして幸せになる筈なのに死んだのか? そんなの簡単だよ。生きている事が必ずしも”幸せ”だとは限らない。死ぬ事を幸せだと感じる人もいる。十五年前に死んだ人は、”今の幸せの中で死にたい!”という願いが叶って死んじゃったみたい』
侑希はクスクスと笑う。
『封印が解けた事で自分の不幸を押し付けられず、残った二人は今までみたいに思い通りの人生じゃなくなった。一人は精神を患って、八年前に自分から死んじゃったみたいだし。唯一生き残っていた人は怪異になった』
侑希は教室の隅に置かれたキャビネットへ視線を向ける。
グチャ、ビチャッ。
肉を潰されて混ぜ合わされるような音がキャビネットから聞こえる。新しい七番目の怪異が作られている最中なのだ。
『出シ……、ソト……』
しわがれた声が呪詛のように響く。外を求める声と、呪いに体を侵食される音が響く教室。侑希はキャビネットに近づき、扉へそっと指を滑らせる。
『ごめんね。私は子供達のヒーローだから、大人を助ける事はしないの。あなたが外に出られる事は、永遠に無い』
侑希は目を細めて嘲笑う。
『いじめる人達って、どうして自分が酷い目に遭う事を考えないのかな? 想像してみたらいいのに。いじめた相手が死に物狂いで抵抗してきたら? 追い詰められた末に狂気を剥き出しにして襲い掛かってきたら? 自分の事が大切なら、いじめなんて怖くて出来ないと思うけどね』
キャビネットから骨が砕かれるような音が響き、怪異が絶叫する。
泣く声が聞こえたが、興味が無かったので無視をした。
窓辺に向かった侑希は、再び窓の外へ視線を向ける。
校庭を見下ろすと、正門から子供達がぞろぞろと登校して来ている。
多くの子供達の中に、壮太郎と丈の姿があった。ぎこちなさはまだあるが、近い未来、きっと二人は互いを信用し合う良き親友になるだろう。そんな予感がした。
侑希は窓から離れて、後ろにいたモノに勢いよく抱きつく。
『楽しみだなあ。これからどうなっちゃうのかな? 他の怪異も、あの二人と遊びたがっている。死んじゃったら、私達の仲間に入れてあげようね』
『ア゛アアア』
侑希を受け止めた黒い塊が呻く。
異形のモノに包まれ、侑希は幸せそうに笑った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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この物語は、長期連載作品『呪いの一族と一般人』に登場する壮太郎と丈の過去編として書かせて頂きました。
拙い所も多いと思いますが、楽しんで頂けたのなら幸いです。




