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第13話 日曜日の学校



 翌日の日曜日。

 

 昼過ぎに神社を訪れた壮太郎(そうたろう)は、七紫尾(ななしび)(きつね)に約束の焼き鳥を渡した。


『おお! これこれ! まずは、モモタレだ!!』

 七紫尾の狐は焼き鳥に齧り付き、口の周りにタレをベッタリとつけてご満悦な表情を浮かべた。

 焼き鳥を完食して毛繕いをした後、七紫尾の狐は幸せそうに溜め息を吐く。


『ああ、満足だ。これで血も補えた』

「それは良かったよ」


『壮太郎。今日は、あの『(ねずみ)』憑きの子供と一緒に学校に行くんだろう?』

 壮太郎は頷く。

 怪異の事を調べる為、今日は(じょう)と神社で待ち合わせした後に、学校に行く約束をしていた。三十分後には、丈も神社に来るだろう。


 七紫尾の狐は嬉しそうな表情の壮太郎を見て、藤色の目を穏やかに細める。


『お前の事が心配だったが、もう大丈夫そうだな。これで、心置きなく行ける』

「七紫尾の狐?」

 何処か寂しげな声色の七紫尾の狐に、壮太郎は首を傾げる。七紫尾の狐は目を閉じた後、ゆっくりと口を開く。


『急だが、我はこの世界を離れる事になった』

「え?」


『元々、我がこの地を訪れたのは、長年一緒にいる友の体が弱っていて、この近くの妖の診療所で療養させる為だったのだ。昨日の夜に少し回復して帰っても大丈夫だと言われてな。ひとまず、我の世界で療養させようと思う。だから、お前とは暫くお別れだ』


 七紫尾の狐は微笑む。

 急な別れを告げられた事に動揺して、碌な言葉が思い浮かばない。


「また会えるの?」

 壮太郎が震える声で問うと、七紫尾の狐は頷いた。


『ああ。いつかの未来で必ず繋がるだろう。我は妖。お前は結びの一族だろう?』


 壮太郎は頷く。


『我が友に、置き土産をやろう』

 壮太郎の眼前に紫色の光が集まる。

 光が収まると、黄色い透明の石が浮かんでいた。


黄玉(おうぎょく)だ。我の妖力を込めている。呪具にすれば、我が得意とする幻術が使えるだろう。お前が生きたいように生きる為に使ってくれ』


 壮太郎の掌に黄玉が収まる。


『さらばだ。壮太郎。元気でいろよ』

「七紫尾の狐もね」


 七紫尾の狐が背を向け、一瞬で姿を消す。

 現実感がない程に、あっさりとした別れだった。壮太郎は七紫尾の狐が去った場所を見つめ、暫く動けなかった。


「壮太郎君!」

 神社にやって来た丈が、本殿の中にいる壮太郎を見つけて笑顔で手を振る。

 壮太郎は嬉しさで緩みそうになる顔を隠して、下を向く。

 黄玉を大事にポケットにしまった後、壮太郎は前を向き、丈の元へと向かった。



 学校に辿り着き、校門付近の茂みに隠れる。

 丈が加護の『子』を放ち、『子』の目を通して学校内を確認した。


「……知らない男の人が、先生達用の玄関の前に座ってお茶を飲んでる」

 休日に学校の見回りに来た人がいるのだろう。見つからないように忍び込まなければならない。壮太郎は猫のキーホルダーを握りしめる。


(から)獅子(じし)

 姿を現した唐獅子の背中に二人で乗る。


「僕から手を離さないようにね」

 丈が頷く。壮太郎は御守りの呪具を握りしめ、姿を消す術を発動させる。


 唐獅子は助走をつけて校門を飛び越え、そのまま校舎まで走った。 


 昇降口に掛かっていた鍵を、丈が『子』を使って開ける。掃除の合間に外で休憩していた中年男性に気づかれる事なく、壮太郎達は校舎の中に入る。


 靴を履き替え、見つからないように二人で手を繋いだまま廊下を進む。


 校舎の中にいる複数の霊から、目当ての霊を探そうと視線を巡らせる。

 一階にはいないと判断して階段を上がる。

 階段の踊り場から上機嫌な鼻歌が聞こえ、壮太郎は顔を上げた。


(いた!)

 階段の踊り場の窓から外を眺め、鼻歌を歌っている浮遊霊の侑希(ゆうき)がいた。

 壮太郎が肩を叩くと、振り返った侑希が驚いて目を見開く。


『壮太郎君! 良かった! 無事だったんだね!』

「こっちの台詞だよ。君、怪異に追いかけられてたでしょ? 大丈夫だったの?」


『ああ、大丈夫。今までも何回か追いかけられてるから。あいつは自分の事について詳しく知られるのが嫌なのよね。私も生きている人と話すのが久しぶりで嬉しくて、注意が足りてなかった。怖がらせて、ごめんね』


 侑希は申し訳なさそうに眉を下げる。被害は受けていないからと、壮太郎は首を横に振った。


「あれは何だったの?」

『あれは、昨日話した『零番目、始まりの怪異』の姿の一つだよ。これ以上は話せない。話すと誘き寄せてしまう。怪異は生きた人間が大好きなの。気をつけて。見つけてもらえないモノ達が、見える君を引き摺り込もうとするかもしれない』


 侑希が声を潜め、脅すように忠告する。


「お姉さんも壮太郎君を引き摺り込みたいの?」


『それは無い無い。壮太郎君は私の好みじゃないし、年下はちょっと……って』

 自分の姿を真っ直ぐに捉えて話し掛けた丈を見て、侑希は固まった。


『見える人が増えとるがな!!』

 侑希が驚き、太い声で叫ぶ。


「この子は普段は見えないよ。僕が力を使って一時的に見えるようにしているだけだから」


『壮太郎君って、本当に何者なの? まあ、良かった。霊感がある子が増えたら、何か起こりそうで怖いし。私は素敵快適幽霊生活を楽しみたいからさ』


 侑希はホッとした後、首を傾げる。


『でも、壮太郎君達は何で日曜日に学校にいるの? もしかして、幽霊の誰かに夕方から始まる”生首ボーリング大会”に誘われた? あれは生首を取り外せる人しか参加出来ないよ?』


「何それ怖い」

 丈が怯えて後ずさる。壮太郎は妖達に同じような催しに誘われた事があるので、特に何も思わなかった。


「君に会いに来たんだよ」

 壮太郎の言葉に、侑希は手で口を抑える。


『やだ! 私ったら、無垢な一年生のハートを射止めちゃったの!? ごめんね! 私には心に決めた人が』


「違うから」

 勝手に暴走する侑希を壮太郎は冷たく切り捨てる。


 昨日あった出来事や祖父の調べた事について侑希に話す。

 壮太郎と丈の話を聞き終えた侑希は腕を組んで眉を寄せた。


『それで? どうして私に会いに来たの?』

「君はこの学校に長く居るんでしょ? 君なら、七番目の怪異が作られた二十八年前の事も何か知っているんじゃないかと思ってさ」


 祖父が調べた事を唐獅子が話してくれた時、怪異となった少女をいじめていた女子生徒の名前は出て来なかった。祖父なら調べがついている筈だが、何かしらの理由から壮太郎には教えなかったのだろう。

 地道に時間を掛ければ壮太郎にも調べる事は可能だが、怪異を閉じ込めた花の檻が解かれる方が早い。

 

 祖父以外で壮太郎が頼ろうと思った相手は、侑希だった。


 入学式翌日の学校見学の時に見た職員室横の展示スペースに飾られた写真の中に、制服姿で写る生徒達の写真が飾られていた。教師からの説明で、この学校は今は私服だが、三十年前までは制服だったと教えられていた。

 セーラー服を着ている事や見た目の年齢から考えて、侑希は少なくとも三十五年近くこの学校にいる筈。怪異にも詳しい事から、何かしらの情報を持っていると思ったのだ。


(問題は、この子が二十八年前の事を見ていたのか、見ていたとしても覚えているかだよね)


 壮太郎の視線の先で、侑希はニヤリと笑う。

 

『当たり。君が私を頼るのは大正解だよ。私は生まれた時から、救いを求める子供達のヒーローだから』


 上機嫌な侑希は、壮太郎達を一年二組の教室へ連れて行く。

 丈の『子』に鍵を開けてもらい、壮太郎と丈は教室へ入った。

 

 壮太郎と丈を前の席に並んで座らせ、教壇に立った侑希が二人を振り返る。


『まず、君のおじいさんは凄いね。私も怪異の元になった『惨禍(さんか)』は知らなかった。それに、二十八年前の行方不明事件にまで辿り着くなんて』


「当然だよ。僕のじいちゃんは凄いからね」


 祖父は妖や霊達に頼み、短時間で『惨禍』の事や行方不明になった女子生徒の情報を集めたのだ。


『ただ、怪異の世界で生まれた事で別のモノになっているかな。そもそも、七番目の怪異の封印が解けたのは、十五年位前だったの』

 

「え? それじゃあ、もっと前から被害があったの?」

 丈の問いに、侑希は首を横に振る。


『私が見ている中で、この学校のいじめは今まで何回もあった。封印が解けてからも、あの子は眠り続けていた。今月になって目を覚まして動き始めた』


 壮太郎は眉を寄せる。


 二十八年前の出来事なら、復讐相手は卒業している。

 自分をいじめた相手を見つける事が出来ないから、怪異は邪気を目印に探している可能性があった。

 もし怪異が学校内しか探せないなら、的外れな復讐が続けられるだけだ。


『いじめっ子達が被害に遭った日は、いつか分かる?』

 侑希の問いに、丈が頷いて答える。


「四月十一日、十二日、二十ニ日」


 並べられた日付に、壮太郎は目を見開く。


(全部、僕が学校に居た日だ)


 小学校の入学式が四月十日。

 壮太郎がいじめを受け始めたのが四月十一日。次の日の十二日も、昨日の二十ニ日も、どれも壮太郎が学校にいる日に起きている。


『学校内にあった、特定の人の邪気に怪異が反応した。だけど、怪異はその人を四階に引きずり込む事が出来なかった。本校舎の怪異の対象は子供だから。まあ、正しい道順になる『一番目、怪異に繋がる怪異』を通ったのなら、怪異の世界に入れるけど。あれも子供じゃないと見つけられないからね』


 壮太郎はある一つの答えに辿り着く。壮太郎の考えを肯定するように、侑希は教卓を指先で叩いてニコリと笑った。


『二十八年前は子供で今は大人。今も学校にいる人。さて、誰の事だろうね?』



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