第11話 結人間一族の役目
繋いでいるのは、人と人の手。
壮太郎が掴んだ手を丈が力強く握り返す。
『やれやれ。我が友はお騒がせ者だな』
七紫尾の狐が溜め息を吐き、血が出ている前足を舐める。血は綺麗に拭われ、傷も見えなくなった。
「ごめん。七紫尾の狐」
自分から頼んでおきながら断るという身勝手な行動に、壮太郎は罰が歩くて項垂れる。
『全くだ。我がふられたみたいではないか。何だこれは? 新手の遊びか? タチが悪い。ああ、血を流してしまったから、補う必要があるな。焼き鳥を十本は食べねば、倒れるかもしれん』
チラチラと視線を送りながら言う七紫尾の狐に、壮太郎は苦笑した。
「わかった。明日買って持ってくるから」
七紫尾の狐の耳と尾がピンと立つ。目がキラキラと輝き出した。
『モモと砂ずりは必ず頼むぞ!! 手羽先もあると嬉しい!!』
涎を垂らす七紫尾の狐を見て、丈はポカンとする。
「壮太郎君。この子も霊獣なの?」
「七紫尾の狐は妖だよ」
「また別のモノなの? 本当に、色んなモノがいるんだね」
人外が見える術を施した折り鶴を丈がポケットから取り出した。
「壮太郎君のおかげで、見た事のないモノをたくさん見る事が出来た。凄いよね。見えないだけで、世界には色んなモノがいるんだね」
「怖くないの?」
壮太郎の問いに、丈は苦笑する。
「怪異は結構怖かった………。でも、とても悲しそうに見えた」
怪異の事を思い、丈の顔が歪む。
「今、唐獅子が僕のじいちゃんに怪異の事を伝えに行っている。きっと、じいちゃんが何とかしてくれるよ」
「壮太郎君のおじいちゃんが?」
丈が首を傾げる。壮太郎は頷いた。
「僕のじいちゃんは、そこらの術者とは違う。とっても偉大な人だよ。君も名前を聞いた事があると思う」
祖父の名前を言おうとした時、ポケットの中の猫のキーホルダーが光を放ち、壮太郎達の前に唐獅子が姿を現した。
『あ、あれ? 何故神社に??』
学校か通学路の途中にいると思った壮太郎が神社にいる事に、唐獅子は驚いた声を上げる。
本殿の床に溢れた七紫尾の狐の血を見て、唐獅子はサッと顔色を変えた。
『坊ちゃん、まさか……』
壮太郎は首を横に振った。
壮太郎が妖の血を飲んでいないと分かると、唐獅子はホッと息を吐く。
「じいちゃんに怪異の事を伝えてくれた? じいちゃんは、何か言ってた?」
『私の記憶を主人に見せた所、この呪いは『惨禍』と呼ばれるモノだと』
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昔。ある海村で食糧難や伝染病等の災いが相次いで起こり、多数の死者が出た。
村人達は、流れ者の呪術師に『惨禍』の呪いを教わる。
惨禍は、儀式に参加した者達に起こる筈だった不幸を全て生贄に背負わせ、生贄が手に入れる筈だった幸運を儀式に参加した者達に分配する呪い。
洞窟の穴に閉じ込められた生贄は『惨禍』と呼ばれ、多くの災いを受け止める依代となった。
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気分が悪くなる話に、壮太郎と丈は眉を寄せる。
「でも、何で学校に呪いがあったの?」
丈が戸惑う。壮太郎は溜め息を吐いた。
「『惨禍』の呪法が載ったノート。『零番目、始まりの怪異』の黒いノートを学校で手に入れた誰かがやったからだろうね。……でも、人がいなくなったら騒ぎになっている筈なのに、僕の姉さんや両親もそんな話をしていなかったな。もしかして、結構前の出来事なのかな?」
唐獅子は頷く。
『ええ。主人が調べた所、坊ちゃんの通っている小学校で行方不明になっている生徒が、二十八年前に一人いました。ただ、行方不明になった子供は、下校中に誘拐されたようです。同じ小学校に通う女子生徒数人から、行方不明になった子供が成人男性に連れて行かれるのを見たという証言があった。後日、学校から離れた雑木林で行方不明の子供の靴が見つかったようです』
「下校中に行方不明? じゃあ、違うんじゃないの?」
壮太郎が眉を寄せる。唐獅子は黙ったまま壮太郎を見つめる。長い事一緒にいるせいで、唐獅子が何を言いたいのか分かった。
(その女子生徒達の証言が嘘だったら? 誘拐を演出する為に、誰かが靴を雑木林に捨てのだとしたら?)
「でも、二十八年前の呪いが、何故今になって解けたんだろう?」
丈が呟く。確かに、何故今のタイミングなのか。
『恐らく、封印の儀を行わなかった事が原因だと主人が言っていました。惨禍の呪いは、生贄に一気に不幸を押し付けるのではなく、徐々に押し付けるもの。年月が経つ毎に力を増していく。紙に書いた生贄の名前が浮き上がって来た時に合わせて、封印の儀式をやらなければならないと』
「……その封印の儀式を今からやって、元の状態に戻す事は出来る?」
『一度外に出てしまったのなら、元に戻す事は出来ないそうです。新しい生贄を用意し、その人間に全てを押し付ける為、新しく惨禍の儀式をする事になると』
「そんな!」
丈が悲痛な声を上げる。壮太郎は眉を寄せた。
「唐獅子。じいちゃんは、どうするって言ってた?」
『……それなんですが、坊ちゃん。実は、主人から伝言を預かっておりまして』
歯切れが悪く口ごもる唐獅子に、壮太郎は首を傾げる。
「何? 言いなよ」
唐獅子は溜め息を吐き、壮太郎を見上げて口を開く。
『”壮。お前がやってみるかい?”、と』
「え?」
壮太郎は目を見開く。唐獅子は苦い顔で言葉を続けた。
『主人は、坊ちゃんなら解決出来ると言っていました。勿論、これは坊ちゃんの自由です。受けない場合は、主人が対応するから問題ないと。ただ、受ける意思があるのなら、これを渡すようにと預かっています』
唐獅子は右前足で床を二回踏む。
壮太郎の目の前に赤い牡丹の蕾が現れる。牡丹がゆっくりと花開き、銀色の輝きが目に飛び込んできた。
「これは!」
牡丹の花の中に、銀色のネックレスが現れる。
銀細工の三枚の羽のペンダントトップとチェーン。
他の人から見たら只のネックレスだが、壮太郎にとっては、ずっと憧れていた物だった。
結人間の始祖が冥界の王の力を借りて生み出した呪具、『鬼結天』。
魂を天へ送る力と魂を破壊する力を持つ、結人間家特有の呪具だ。
物心ついた頃から欲しいと思っていたが、七歳になるまで呪具はお預けにされていた。
今年の正月に呪具の扱い方を本家で教わっていたが、十二月生まれの壮太郎が呪具を手に入れるには、まだ時間が掛かる。
(使ってみたい! この機会を逃したら、十二月まで待たないといけなくなるかもしれない)
長く憧れていた欲しい物を前に、壮太郎の好奇心がブワリと湧き上がる。
「でも、いいの?」
早めに呪具を与える事で祖父が怒られないかと、壮太郎は心配する。
『七歳というのは、ある程度の目安なので問題ないと。ただ、この呪具が特殊なのはご存知ですよね?』
壮太郎は頷く。
この呪具は、ただの好奇心で扱ってはいけない。
鬼結天を使うには、力を使う責任と覚悟が必要だ。
呪具を通して冥界の王に認められなければ、結人間家としての力を消失する恐れがあった。
壮太郎は深呼吸をする。覚悟を決めて、呪具を見つめた。
「やり方について、じいちゃんは何か言ってた?」
『全て任せると』
壮太郎はニヤリと笑い、ネックレスを掴む。
「結びの一族としての初めてのお役目。しっかりと果たしてみせるよ」




