第二話 公園の老人 (一)
一 学校の帰り
玄関まで送ってきた先生が、航に手を振った。
「じゃあ、また来週ね」
「うん」
航は返事をしてから、美紀を見上げた。
「来週から?」
「そうみたい」
「明日じゃないの?」
「航が使う席や端末を用意したりするんだって」
航は少し残念そうに校舎を振り返った。
窓の向こうを、何人かの子どもが通っていく。こちらに気づいた一人が足を止めたが、後ろから来た子に呼ばれ、すぐに見えなくなった。
「さっきの子、同じところ?」
「同じ教室かもしれないね」
「名前、聞けばよかった」
「来週聞けるよ」
学校の前には、直人を迎える車が止まっていた。
直人は端末の時刻を確かめ、車と美紀を交互に見た。
「そろそろ行くよ」
「うん」
「二人は?」
「公園を通って帰る」
直人の視線が、美紀の顔へ戻った。
「歩くの?」
「少し休みながら」
「疲れたら呼んで」
「分かってる」
車から短い音がした。
直人は扉へ向かいかけ、航を振り返った。
「ハルに引っ張られるなよ」
「ハルに言って」
航が答えると、直人は足元のハルを見た。
「お母さんを急がせるなよ」
ハルは聞いているのかいないのか、車のタイヤへ鼻を近づけていた。
「聞いてないよ」
「航も同じだろ」
「ぼくは聞いてた」
美紀が直人の背中を軽く押した。
「遅れるよ」
「ああ」
直人は車へ乗った。
「夕方には帰る」
「いってらっしゃい」
扉が閉じ、車がゆっくり動き出した。
航は手を振った。
直人も窓越しに手を上げる。
車が角を曲がると、航はリードを持ち直した。
「お父さん、何しに行ったの?」
「前に話していた人と会うの」
「お仕事の人?」
「そう」
「今日から?」
「今日は話すだけ」
航は直人が乗っていった車のほうを見た。
「話すだけなのに、あの服なの?」
美紀は少し笑った。
「お父さんは、あのほうが落ち着くんじゃないかな」
「暑そうだった」
「帰ったら聞いてみようか」
「ぼくは着ない」
「まだ着なくていいよ」
ハルが先へ歩き出した。
航も引かれるように進む。
学校の周りには、低い住宅と細い木が並んでいた。初めて通る道が気になるのか、ハルは何歩か進むたびに立ち止まり、地面や植え込みへ鼻を近づけた。
「ハル、遅い」
航が言う。
少し前まで自分が引っ張られていたことは、もう忘れているらしい。
美紀は二人の後ろを歩いた。
学校にいたあいだは感じなかったが、外へ出ると足が少し重かった。昨日よりはましだった。帰る道も、休める場所も分かっている。
腕の端末には、歩く速さを落とすよう小さな表示が出ていた。
美紀が表示を閉じると、航が振り返った。
「お母さん、遅いよ」
「ハルを待ってたの」
「ハル、もう歩いてるよ」
「じゃあ、お母さんが遅いのかな」
航は美紀のところまで戻ってきた。
「疲れた?」
「ちょっとだけ」
「公園、まだ?」
美紀が端末を見る。
「この先みたい」
「じゃあ、そこで休もう」
「ハルも?」
「ハルは休まないかもね」
航がハルを見る。
「休む?」
ハルは植え込みから顔を上げ、そのまま先へ進んだ。
「休まないって」
「航が聞いても分からないでしょう」
「分かるよ」
「なんて言ったの?」
「早く行こうって」
「それは航が言いたいことじゃない?」
「ハルも言ってる」
道の先に、公園の入口が見えた。
広い芝生の周りを木が囲み、奥にはいくつかベンチが置かれている。遊具の近くでは、数人の子どもが遊んでいた。
公園へ入ると、ハルの足が速くなった。
「待って、ハル」
航も早足になる。
「航」
美紀に呼ばれ、航は立ち止まった。
「走ってないよ」
「今、走ってた」
「ハルが引いたの」
航はリードを短く持った。
美紀は木陰にあるベンチを探した。
少し奥に、並んで置かれた二つのベンチがある。
一つには老人が座っていた。
灰色の上着を着て、足元に古びた布の鞄を置いている。手には何も持たず、芝生の向こうを見ていた。
隣のベンチは空いていた。
「あそこにしよう」
美紀が言った。
航がうなずき、ハルを連れてそちらへ向かう。




