表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
途中  作者: 古江 門
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/25

第一話 新しい街 (四)

四 今日からの家


 直人が呼び止めるより先に、門の脇へ家族の名前が表示された。


《入居者を確認しました》


 門が開く。


「もう、ぼくの家?」


 航が女性を振り返った。


「今日からは」


 航はハルと一緒に庭へ入った。


 ハルは植え込みの周りを一周し、門へ戻り、また同じところを嗅ぎ始めた。


 美紀は庭の端に立つ細い木を見た。


「何か植えられそう」


「家の管理AIに聞けば、植えられるものを教えてくれますよ」


「花でも?」


「もちろんです」


 女性は門の内側で立ち止まった。


「中の案内は、家のAIが引き継ぎます。私の連絡先も登録されていますので、分からないことがあれば呼んでください」


 美紀が頭を下げた。


「今日は、ありがとうございました」


「体調が変わったときは、遠慮せず医療へつないでください」


「はい」


 航が門まで戻ってきた。


「もう帰るの?」


「ええ。ここからは、皆さんの家ですから」


 女性は航へ手を上げた。


 航も手を振り返す。


 女性が道を曲がるまで、家族は門の前から見送った。


 門が閉じると、庭が急に静かになった。


 航は玄関へ駆けていった。


「開いたよ」


 扉の向こうには、木と、わずかな清掃剤の匂いがした。


 居間には、移住前に選んだ卓と椅子が置かれている。壁際には、ハルが寝られる大きさの敷物もあった。


 航は靴を脱ぐと、そのまま奥へ走った。


「二階、見てくる」


「走るな」


 返事の代わりに、階段を上る足音がした。少し遅れて、ハルの爪が床を叩く音が続く。


 美紀は玄関に立ったまま、居間を見回した。


「思っていたより明るい」


 庭に面した窓から、先ほどの大きな木の枝先が少しだけ見えていた。


 直人は天井と壁へ視線を動かした。


「設備の仕様を見たい」


《居間の壁面から、保守記録と手動停止の方法を確認できます》


 壁の一角に、空調、電力、給水、防火、通信の項目が開いた。


 一つ目を選びかけたところで、美紀が寝室の前から呼んだ。


「ちょっと来て」


 表示を閉じる。


 一階の寝室には、二人分の寝台が並んでいた。壁際には、美紀が使っていた医療器具の箱が、閉じたまま置かれている。


《医療用品の設置場所を指定してください》


「まだ開けていないんですね」


《ご本人の許可が必要なため、封を維持しています》


 美紀は二つの寝台を見比べた。


 窓に近い側には小さな棚があり、反対側は廊下へ出る扉に近い。


「私はこっちで寝る」


 美紀は扉側を指した。


「窓側のほうが明るいんじゃないか」


「夜に起きたとき、扉に近いほうが楽だから」


「そうか」


 美紀は医療器具の箱の前へ移った。


「棚をこっちへ動かしたい」


《棚を移動しますか》


「お願いします」


 棚が床を滑り、美紀の示した壁際で止まった。


 箱の封が外れる。


 直人が中の器具へ手を伸ばした。


「これはどこに置く?」


「上。予備は下にして」


 美紀の示した順に、器具を一つずつ棚へ置いていく。


「これは?」


「寝台から届くところ」


 棚の端へ置き、位置を確かめた。


「近すぎないか?」


「寝たままでも届くほうがいいの」


 美紀は寝台へ腰を下ろした。


 一度横になり、起き上がってから、枕の位置を少し直す。


「これで大丈夫」


 そのとき、二階から航の声がした。


「お父さん、部屋が二つある!」


 直人が階段の下まで行く。


「小さいほうが航の部屋だ」


「大きいほうは?」


「まだ決めてない」


「じゃあ、ハルの部屋?」


 ハルが階段の上から顔を出した。


「犬だけで一部屋は使わない」


「でも、誰にも貸さないんでしょ」


「だからといって、ハルの部屋にする必要はない」


「誰も使ってないよ」


 後ろから来た美紀が笑った。


「そのうち、お父さんが使うんじゃない?」


「俺が?」


「家に入ってすぐ、設備を開いてたでしょう」


 直人は、閉じたままの設備表示へ目を向けた。


 航は納得したような、していないような顔で、ハルと一緒に二階へ戻った。


 しばらく、誰も話さなかった。


 二階から下りてきたハルが居間を一周し、用意されていた敷物へ身体を落とした。航はその横へ座り、犬の背中を撫でた。


 美紀は居間の椅子へ腰を下ろした。


「静かね」


 直人は閉じていた設備表示を開いた。


「外の音が入らないようになってる」


「そういう意味じゃなくて」


 美紀を見る。


 笑っていた。


「誰もいなくなったから」


「ああ」


 表示を閉じる。


 航が二階から持ってきた薄い端末を床へ置いた。


「これ、ぼくの部屋にあった」


 学校からの案内だった。


 建物の写真と、見学できる時間、学習内容が並んでいる。


 航は項目を指で送っていった。


「前の学校と同じのもある。言葉と、計算と、自然と……」


 途中で指が止まった。


「通過主義の基礎」


「これ、前の学校でもやったよ」


「何を習った?」


「昔、工場とか土地を持ってた人が、ずっと決めてたから変えたって」


「だいぶ短くなってるな」


「でも、そういうことでしょ?」


 直人は項目の説明を開いた。


 制度の成り立ち。生活基盤の使い方。活動への参加と退出。決定に異議を出す方法。


 書かれている言葉は、移住前に読んだものと変わらなかった。


 航が「退出」の文字を指した。


「やめ方も勉強するの?」


「始め方だけ知っていても、困るんだろう」


「何をやめるの?」


「活動とか、役割とかじゃないか」


 航はしばらく文字を見つめていた。


「こっちでも勉強するの?」


「ここでは、実際に使うからだろう」


 航は玄関のほうを見た。


「もう使ってる?」


「たぶんな」


 航は納得したのか分からない顔で、次の項目へ指を動かした。


 直人は「退出」の項目を閉じなかった。


「学校、明日から行くの?」


「見に行ってから決めるみたい」


 美紀が答える。


「お母さんも来る?」


「明日の体調を見てからね」


「お父さんは?」


 直人は家に届いていた面談の案内を開いた。


 三件とも、翌日以降の候補が残っている。


「午前なら、一緒に見に行けそうだ」


 航は学校と面談の案内を交互に見た。


「お父さん、もう忙しいね」


「まだ何も始めてない」


「でも、もう三つ来てる」


 面談案内を閉じた。


 美紀が立ち上がり、台所をのぞく。


 数日分の食材と、調理できる料理の一覧が表示された。


 美紀は料理の一覧を見たあと、調理台へ手を置いた。


「何か作る?」


 美紀は少し考えた。


「今日は、任せようかな」


「そのほうがいい」


 航が台所へ顔を出す。


「何でもいいよ。お腹すいた」


 美紀は温かいスープとパンを選んだ。


《三人分を用意します》


「ハルのは?」


《犬用の食事も準備されています》


 航がハルを振り返った。


「四人分じゃないの?」


 美紀が笑った。


 直人も、少し遅れて笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ