第八話 通過主義者 (三)
三 三人が決める
水野は、依頼者へ確認してから改めて連絡すると言い、席を立った。
美紀は玄関まで見送り、扉が閉じるのを待ってから居間へ戻った。
食卓の上には、元の時間へ戻った予定が表示されている。参加者の欄には、美紀の名前だけが残っていた。
直人は食卓のそばに、まだ立っていた。
「ごめん」
美紀が言う。
「どうして美紀が謝るの?」
「頼んだ方のことまで、考えてなかったから」
「水野さんの説明を聞いたばかりだったんでしょう」
「でも、勝手に名前を入れられたのは嫌だったのに、その人が困ってるって聞いたら、断れなくなってた」
美紀は椅子へ座った。
広げたままの布を、自分のほうへ少し引き寄せる。
「私が見れば大丈夫だと思ったの」
「美紀なら、最後までやると思うよ」
「だから余計に、引き受けちゃうんだよね」
美紀は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
直人は向かいの椅子へ座った。
「一緒に来てもらうこと自体が悪いとは思ってないよ」
「そうなの?」
「頼んだ方が、ちゃんと分かったうえで選ぶならね」
航が二人の間へ顔を向ける。
「その人が来たら、だめなの?」
「だめとは言ってないよ」
直人が答えた。
「じゃあ、なんで怒ってたの?」
「頼んだ人に聞く前に、決まったみたいになってたから」
「お母さんもいいって言ったよ」
「お母さんが決められるのは、お母さんのことだけなんだ」
航は布を見た。
「これは、お母さんのじゃないから?」
「そう」
美紀が答えた。
航は少し考え、端末の予定を指した。
「じゃあ、この人が来るかは、だれが決めるの?」
「この布を直してほしいと頼んだ人と、その人と、お母さん」
「三人?」
「うん」
「水野さんは?」
「聞いて、予定を作る人かな」
航は表示から消えた名前のあった場所を見た。
「またゼロになったね」
「まだ決まってないだけだよ」
美紀が言った。
「来なかったら、ゼロでしょう?」
「今回はね」
「ずっと来られなかったら?」
美紀はすぐには答えられなかった。
直人も黙っている。
「水野さんが、また探すんじゃないかな」
美紀が言うと、航は少しだけうなずいた。
「水野さん、大変だね」
直人が小さく息を吐いた。
「たぶんね」
その日の夕方、水野から連絡が届いた。
依頼した女性は、共同参加について説明を受けたうえで、美紀が仕上がりを確認するなら構わないと答えていた。
ただ、家へ来る人の簡単な紹介を、前もって見せてほしいとのことだった。
参加を希望していた人からも、返事が届いていた。
《最初は見学と、指示された範囲の補助だけで構いません》
美紀は二つの返事を読み、しばらく画面を見ていた。
「どうするの?」
直人が尋ねる。
「来てもらおうと思う」
「大丈夫?」
美紀はすぐにうなずきかけ、やめた。
「少し気は使うと思う。長くなりそうなら、途中で休むか、続きは別の日にする」
「断ってもいいんだよ」
「うん。でも、今度は自分で決めたから」
美紀は水野へ了承の返事を送った。
美紀と依頼者、参加を希望する人の三人が、それぞれ内容を確認して同意した。
ほどなくして、翌日の予定が更新される。
元の訪問時刻の下に、美紀ともう一人の名前が並んだ。
二人の名前の上には、見落としようのない大きさで表示されている。
《共同参加》
航が画面をのぞいた。
「一緒に行くんだ」
「うん」
「その人、何するの?」
「明日、話して決めるよ」
「まだ分からないの?」
「分からない」
「上手かどうかも?」
「それも分からない」
美紀は、その人の名前へ指を置いた。
表示されたのは、共同参加のために本人が共有した短い紹介だけだった。これまで何へ申し込み、どこで選ばれなかったのかは表示されていない。
美紀は表示を閉じた。
「見ないの?」
航が聞いた。
「明日、本人に聞くことにする」
食卓には、直す布と、二人の名前が表示された予定が並んでいた。
その人が何をできるのか、航にはまだ分からなかった。
美紀にも、まだ分からないようだった。
それでも、翌日の予定には、二人の名前が残っていた。




