第八話 通過主義者 (一)
一 変更された予定
数日後の午後、美紀は食卓に布を広げていた。
ほつれた端の裏へ当てる布を重ね、送られてきた写真と見比べる。色は少し違うが、裏側へ回せば目立たない。依頼した女性にも、前もって写真で確認してもらっていた。
明日の午後、家を訪ねて仕上げる予定だった。
美紀が糸を選んでいると、端末が短く鳴った。
《活動予定が変更されました》
表示を開く。
訪問の時刻が、一時間遅くなっていた。
その下には、美紀のほかに、もう一人の名前が加わっている。
美紀は見覚えのない名前を押した。
活動の記録は、ほとんどなかった。
変更理由には、短く書かれていた。
《参加機会の調整》
美紀はしばらく表示を見ていた。
自分が誰かに手伝いを頼んだわけではない。依頼した女性からも、予定を変えたいという連絡は来ていなかった。
向かいで宿題をしていた航が顔を上げる。
「どうしたの?」
「明日の予定が変わったみたい」
「行かないの?」
「行くよ。でも、知らない人も一緒に行くことになってる」
航は美紀の端末をのぞいた。
「この人?」
「うん」
「お母さんの友だち?」
「会ったことはないと思う」
「じゃあ、どうして一緒に行くの?」
「それを今から聞くところ」
美紀は依頼した女性へ確認を送った。
すぐに返事が届く。
《私も、今見ました。森川さんにお願いしたつもりなのですが》
続けて、もう一通届いた。
《もう一人の方にも、お願いしないといけないのでしょうか》
美紀は返事を入力しかけ、手を止めた。
自分にも分からないことを、分かったようには答えられない。
予定の変更元を開くと、記録・参加支援室の名前が表示された。担当者は水野遼となっている。
美紀が問い合わせを送る前に、水野から連絡が入った。
《予定の変更について、ご説明したいことがあります》
美紀は通話を選んだ。
画面に水野の顔が映る。
「急な変更になってしまい、すみません」
「私だけでなく、依頼した方の予定まで変わっているんですが」
「はい。先に変更を入れたのは、こちらの手違いです。本来は、確認してから反映するべきでした」
水野は言い訳をせず、頭を下げた。
「もう一人の方が参加することになったのは、どうしてですか?」
「まだ確定ではありません。森川さんと依頼者の方が同意されるなら、という提案です」
「でも、予定にはもう名前が入っています」
「仮の参加者として入れました。表示の仕方がよくありませんでした」
美紀は画面の予定をもう一度見た。
《仮》という文字は、名前の下に小さくついていた。見落としてもおかしくない大きさだった。
「その方は、布の補修ができるんですか?」
水野は少し間を置いた。
「経験は、ほとんどありません」
「それなら、どうしてこの活動に?」
「経験がないからです」
美紀は答えなかった。
航が鉛筆を置き、通話の画面を見ている。
水野は続けた。
「文章だけでは、余計に分かりにくくなると思います。少し伺ってもいいでしょうか」
「今からですか?」
「近くにいます。ご都合が悪ければ、別の時間にします」
美紀は食卓の布を見た。
材料の準備は、ほとんど終わっている。明日の訪問まで、ほかに急ぐ作業はなかった。
「今で大丈夫です」
「ありがとうございます。十五分ほどで伺います」
通話が閉じた。
航は予定に加わった名前を見た。
「できない人が来るの?」
「できないかどうかは、まだ分からないよ」
「でも、やったことないんでしょう?」
美紀は糸の箱を閉じた。
「やったことがないのと、できないのは、同じじゃないからね」
「じゃあ、できるの?」
「それも、まだ分からない」
航は少し考えたあと、宿題へ目を戻した。
美紀は広げていた布を畳まず、そのまま食卓の端へ寄せた。
十五分より少し早く、玄関から到着を知らせる音がした。
《水野遼さんが訪問しました》
美紀が立ち上がる。
航も鉛筆を置いた。
玄関の向こうで、水野が待っていた。




