表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
途中  作者: 古江 門
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/37

第七話 老人の家 (二)

二 義一の家


《榊義一さんの住居へ向かいます》


 車が静かに動き出した。


 航は窓から遠ざかる公園を見た。


 老人の名前を知ったのも、老人の家へ行くのも、これが初めてだった。


 移動車は、公園からほど近い住宅地へ入った。


 森川家の周りより、少し古い家が多い。壁や屋根は一軒ずつ違い、庭に木を残している家もあった。


 やがて車は、低い灰色の家の前で止まった。


 玄関の横には小さな作業場があり、そのさらに奥に、大きな扉のついた車庫が見えた。


「ここがおじいさんの家?」


「そうだ」


 義一が車を降りる。


 足取りはゆっくりだったが、今度はふらつかなかった。美紀は手を出さず、すぐ横を歩いた。


《榊義一さん、お帰りなさい》


 玄関の表示が明るくなる。


《健康確認を継続します。休息場所を準備しました》


「余計なことをするな」


 義一が言う。


 扉が開くと、木と金属の混じった匂いがした。


 玄関には柄の長い箒と、小さなちり取りが掛けられている。その下には自動清掃機も収まっていたが、表面に薄く埃が積もっていた。


「掃除する機械、あるよ」


 航が言う。


「あるな」


「使わないの?」


「使うときもある」


 義一は靴を脱ぎ、家の奥へ進んだ。


 美紀は玄関で足を止める。


「中まで入っても大丈夫ですか?」


 義一は、搬送台の上の手押し車を見た。


「荷物を置くまでだ」


 航はハルの足を拭き、美紀と一緒に中へ入った。


 居間の隣には台所があり、その奥に自動調理機の表示が見えた。


 居間の壁には、色の薄くなった写真が何枚か掛けられている。


 そのうちの一枚には、若い男女と、小さな男の子が写っていた。三人は、航には見慣れない形の車を背にして立っている。


 航が近づこうとすると、義一が横の扉を開けた。


「手押し車はこっちだ」


 作業場には、机と棚が壁に沿って並んでいた。


 工具、木の板、金属の棒、小さな留め具。使いかけの物も、長く動かしていないように見える物もある。


 公園へ持ち出していた工具は、そのほんの一部だった。


「これ、全部おじいさんの?」


「勝手に増えた物もある」


「物が勝手に増えるの?」


「必要になって置けば増える」


 搬送台が手押し車を作業場へ運び込む。


 義一は壁際を指した。


「そこへ置け」


《安全な作業間隔を確保します》


 手押し車は、義一が指した場所より少し手前で止まった。


 義一は何か言いかけたが、やめた。


「今日は直さないの?」


 航が尋ねる。


「直さない」


「見るだけ?」


「見たら触りたくなる」


 義一は作業場の椅子へ座った。


 家のAIがすぐに知らせる。


《居間での休息を推奨します》


「ここにも椅子はある」


《室温が高くなっています》


 航は額に手を当てた。


「ぼくも暑い」


 ハルも口を開け、舌を出している。


 義一はハルを見ると、立ち上がった。


「居間へ戻るぞ」


 作業場を出る途中、航は廊下の窓から、奥の車庫の中が見えることに気づいた。


 大きな扉の一部が透けていて、中に灰色の車が見える。


 いつも乗る移動車より低く、前の部分が長い。丸いハンドルの脇には、行き先を示す表示もついていた。


「自分でも運転できる車?」


「そうだ」


 航は窓へ近づいた。


「車に任せることもできるんでしょう?」


「できる」


「じゃあ、どうして自分で運転するの?」


 義一は窓の向こうを見た。


「着くことだけが目的なら、任せればいい」


「ほかに何があるの?」


「道の具合が手に伝わる。風に押されたら戻す」


 航は、窓の向こうのハンドルを見た。


「楽しい?」


「運転しているあいだはな」


「ぼくも乗れる?」


「隣ならな」


「今度?」


 義一は答えず、居間へ向かって歩き始めた。


 航はもう一度、窓の向こうの車を振り返った。


 丸いハンドルは、まっすぐ前を向いている。


 航には、いつもの移動車より、どこか遠くへ行けそうに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ