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途中  作者: 古江 門
第一部

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第六話 この国のふつう (三)

三 役も渡す


 壁の中で、一人の子どもが畑を見回していた。


 土に触れ、葉の裏を確かめ、水の量を少し変える。


 しばらくすると、赤い実が大きく育った。


「上手だね」


「この人に、ずっとやってもらえばいいよ」


 子どもたちが言った。


 先生は、その子の胸元に印をつけた。


《畑を育てる役》


「この人は、畑を育てる役を預かっています」


「好きなように決めていいの?」


 航が尋ねた。


「毎日の水の量や、虫をどうするかは決められます」


「来年も?」


「本人が続けたくて、畑を使う人たちも頼みたいなら、続けられます」


「ずっと続けたら、その人の畑になる?」


「なりません」


 先生は答えた。


「畑ではなく、育てる役を長く預かっているのです」


 壁の中へ、別の子どもが二人現れた。


 一人は青い実の種を持っている。


 もう一人は、土を調べる道具を持っていた。


「この二人も、畑を育てたいと言いました」


「三人もいらないよ」


「一番上手な人にすればいい」


「でも、それだと、ほかの二人はいつまでたってもできない」


 声が重なった。


「どうするの?」


 航が尋ねた。


 先生は、畑ですることを三つに分けた。


《土と水を見る》


《植える場所を考える》


《毎日の世話と記録をする》


「まず、一緒にできないか考えます」


「三人で分けるの?」


「はい。活動支援の仕組みにも、分け方を出してもらえます」


 三人の横に、それぞれの記録が現れた。


《赤い実を二年間育てた》


《畑の活動は初めて》


《土と虫の調べ方を知っている》


 少しして、一つの案が表示された。


《経験のある人が、畑全体を見る》


《初めての人が、小さな場所で青い実を育てる》


《土を調べられる人が、畑全体の様子を確かめる》


「上手な人も外れないんだ」


 航が言った。


「難しいところを知っている人には、その力を使ってもらいます」


「初めての人は、小さいところだけ?」


「最初はそうです」


 壁の中で、経験のある子が、初めての子へ土の触り方を見せた。


 二人で同じ土を握り、指の間から落としている。


「教えるのも役なの?」


「この畑では、そうです」


「自分で見つけたやり方なのに?」


「見つけたことは、その人のしたこととして残ります」


 先生は、大きく育った赤い実と、育てた子の名前を表示した。


《水をやる時間を変え、実がよく育った》


「でも、やり方は次の人も使えます」


「次の人のほうが上手になったら?」


「それでよいのです」


 先生が答えた。


 表示が次の年へ進んだ。


 青い実を育てていた子が、今度は広い場所を任されている。


《教わった方法で、青い実を育てた》


《水を少なくしても育つ方法を見つけた》


 前の人の記録は消えず、その下に新しい記録が続いていた。


「活動支援の仕組みが出した案が嫌だったら?」


 前の席の子が尋ねた。


「変えてもらいます」


「AIが決めるんじゃないの?」


「活動支援の仕組みは、できることや希望を見て、案を出します」


 先生は答えた。


「実際にする人たちが話して決めます」


 壁の案に、


《初めてなので、一人では不安》


 という言葉が加わった。


 すると、


《最初の一か月は、経験のある人と一緒に育てる》


 と変わった。


「一人だけに任せるより、少し面倒だね」


 誰かが言った。


「そうですね」


 先生はあっさりとうなずいた。


「でも、一人しかできないままより、次へ渡しやすくなります」


 航は、壁の中の三人を見た。


《畑を育てる役》という印は、一人だけではなく、三人につながっていた。


「役も分けられるんだ」


「分けられるものは、分けられます」


 先生は黒板に二つの文を表示した。


《今できる人の力を使う》


《次にできる人も増やす》


「できることも、一人のところで止めないのです」


 壁には、畑を育ててきた人たちの記録が続いていた。


 育て方を見つけた人。


 教わった人。


 新しい方法を見つけた人。


 誰のしたことも消えていない。


 けれど、今の畑を決める役は、今それをしている人たちのところにあった。


 先生は、畑の表示を小さくした。


「では最後に、自分の物について考えましょう」


 壁に、一人の子どもの部屋が映った。


 机の上には筆箱があり、棚には本と家族の写真が置かれている。


「これも、使い終わったら次へ渡さなければならないでしょうか」


「筆箱は自分のものだよ」


「写真も」


「勝手に持っていったらだめ」


 子どもたちが答えた。


「そうですね。自分の物は、使わなくなっても持っていられます」


「ずっとでも?」


 航が尋ねた。


「はい」


「じゃあ、通過しなくていいの?」


「渡すかどうかを、自分で決められます」


 先生は、棚の本を指した。


「この本をもう読まないとします。どうしますか」


「ほしい人にあげる」


「売る」


「取っておく」


「材料に戻す」


「どれを選んでもかまいません」


 先生は答えた。


「でも、もう読まないなら、渡したほうがいいんでしょう?」


 前の席の子が尋ねた。


「次に読みたい人がいるなら、渡すのもよい使い方です」


 先生は、家族の写真を指した。


「では、この写真も渡したほうがよいでしょうか」


「それはいらないよ」


「その子が持ってたほうがいい」


「物によって、大切さは違います」


 先生は言った。


「自分の物まで、何でも渡す決まりではありません」


「渡したくなったら渡す?」


「はい。大切なら、自分で持っていてもかまいません」


 先生は部屋の表示を閉じた。


 代わりに、街へ水を送る設備が現れた。


 太い管が、いくつもの家へつながっている。


「では、この設備を動かしている人が、自分のものだから誰にも渡さないと言ったら?」


「水が止まる」


「みんなが困る」


「ほかの人が動かせなくなる」


「そうですね」


「自分の物と、どうやって分けるの?」


 航が尋ねた。


 先生は黒板に、一つの問いを表示した。


《それを一人が止めたら、誰が困るか》


「一人が持っていても、ほかの人の道まで閉じない物は、自分で決められます」


 棚の本と写真が表示された。


「一人が止めると、たくさんの人の暮らしや、次に使う人の道まで止まる物は、次へ渡せるようにします」


 学校の畑。


 畑の道具。


 土地。


 畑を育てる役。


 水を送る設備。


 今日見てきたものが、壁に順番に並んだ。


「場所だけではありません。物も、役も、知っていることも、自分のところだけで止めないようにします」


「前の人がしたことは残す」


 航が言った。


「はい」


「でも、今のことは、今使う人が決める」


「はい」


「使い終わったら、次へ渡す」


 先生はうなずいた。


 航は、壁に並んだものを見た。


「持っちゃいけないんじゃなくて、止めちゃいけないんだ」


 先生は、その言葉を黒板へ書いた。


《止めずに、次へ》


「そうです。それを、この国では通過主義といいます」


 その下に、新しい文字が現れた。


《通過主義》


 航も、前の学校で習った言葉だった。


 けれど、黒板に並んだ二つの言葉を見ていると、前より少しだけ分かった気がした。


「全部、このとおりに決まるの?」


 航が尋ねた。


「何を渡すべきか、どこまで自分で持ってよいかは、すぐには決まらないこともあります」


「そのときは?」


「止めたら誰が困るか。今使っている人は困らないか。次に使う人がいるか。それを確かめます」


 先生は、机に伏せてある紙を指した。


「では、最初に置いてあった紙を表にしてください」


 教室に、紙を返す音が広がった。


 航も、自分の紙を表にした。


《将来、誰に何を渡したいですか》


 その下には、書き込むための広い場所があった。

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