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途中  作者: 古江 門
第一部

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第六話 この国のふつう (二)

二 使うあいだ


「あとから来た人が使えない」


 すぐに答えが返った。


「一人で全部は使わないよ」


「あとで使うかもしれないでしょう?」


 別の子が言った。


「なくなったら困るから、先に持っておくの」


「でも、そのあいだは、ほかの人が困るよ」


 先生は、道具を全部抱えている子どもの絵を表示した。


 その子は畑の隅に座り、道具を一つも使っていない。


 空になった棚の前では、別の子どもたちが待っていた。


「この子は、悪いことをしようとしているのでしょうか」


「違うと思う」


「あとで使いたいだけ」


「なくしたくないんだよ」


「そうかもしれません」


 先生はうなずいた。


「でも、使わないまま全部を持っていたら、次の人は使えません」


 絵の中の子どもが、土を掘る道具を一本だけ持って畑へ向かった。


 残りは棚に戻る。


「今使う物は、持っていってかまいません」


「二本使いたかったら?」


「二本使えます」


「全部使うなら?」


「全部使えます」


 今度は、何人もの子どもが畑を耕している絵が現れた。


 道具は一本も棚に残っていない。


「さっきも今も、棚は空だよ」


 航が言った。


 先生は二つの絵を並べた。


 道具を抱えて座っている子。


 道具を使って畑を耕している子どもたち。


「何が違いますか」


「使ってる」


「畑のために持ってる」


「ほかの人も一緒に使えてる」


 先生はうなずいた。


「必要なあいだ、必要な物を使う。それは止めることではありません」


「使わないのに持ってるのが、だめなの?」


 航が尋ねた。


「みんなで使う物なら、そうです」


 先生は、自分の筆箱を持つ子どもの絵を表示した。


「でも、自分の物は別です」


「鉛筆は返さなくていい?」


「自分の鉛筆なら、使わなくても持っていてかまいません」


「畑の道具と何が違うの?」


「航くんが鉛筆を一本持っていても、ほかの人の鉛筆までなくなるわけではありません」


 先生は、筆箱と道具置き場を並べた。


《自分で使う物》


《みんなで使う物》


「自分で使う物は、自分の物にできます」


 先生は筆箱を指した。


「みんなで使う物は、使うあいだ預かります」


「使い終わったら戻す?」


「はい。次の人が使えるところへ戻します」


 先生が一本の道具へ触れると、その横に短い記録が現れた。


《一組が借りた》


《東側の畑を耕した》


《持ち手が緩んだ》


《道具置き場へ戻した》


「緩んだって書くの?」


「次の人が安全に使えるようにするためです」


 その下へ、新しい記録が加わった。


《持ち手を締め直した》


 次に、別の教室が同じ道具を借りた。


《二組が借りた》


《土を運んだ》


《洗って戻した》


 前の記録は消えず、その下へ続いていく。


「だれかが、緩んでなかったって書き直したら?」


 航が尋ねた。


「一人だけでは書き直せません」


 先生は答えた。


「大切な記録は、使う人のところだけでなく、道具を管理するところにも残っています」


「間違えて書いたら?」


「間違いだったことを、その下へ足します。畑の記録と同じです」


 先生は黒板に、三つの文を加えた。


《使う人が、必要なあいだ預かる》


《使って分かったことを残す》


《使い終わったら、次へ渡す》


「道具なら、棚へ戻せます」


 先生は窓の外の畑を指した。


「では、棚へ戻せない物は、どうやって次へ渡すのでしょう」


「棚へ戻せない物?」


「土地です」


 壁に、学校の畑と、そのまわりの街が大きく表示された。


「土地そのものは動かせません」


 先生は畑を指した。


「ですから、次に使う人へ場所を渡します」


 畑の上に、航たちの教室の印が現れた。


《今の学年が使っている》


「今、ほかの教室の人が来て、勝手に掘り返してもよいでしょうか」


「だめ」


「まだ育ててる途中だよ」


「そうですね。次へ渡す場所でも、今使っている人は守られます」


 畑のまわりに細い線が引かれた。


「このあいだは、何を植えるか、水をどれだけ使うかを、みなさんが決められます」


「みんなの畑なのに?」


 航が尋ねた。


「みんなで使う場所だからこそ、今使う人を決めます。誰でもいつでも入れたら、育てられませんからね」


「いつまでぼくたちが使うの?」


「この学年の活動が終わるまでです」


 壁の表示が、少し先へ進んだ。


 植物は収穫され、畑には土が残っている。


 記録に、新しい一行が加わった。


《今の学年が使用を終えた》


《畑の状態と育て方を、次の学年へ渡した》


 次の学年の子どもたちが畑へ入る。


「同じものを植えなくてもいいの?」


「はい。前の記録を見て、今使う人が決めます」


「ぼくたちが、赤い実を植えてって書いたら?」


「希望としては残せます。でも、次の人をしばることはできません」


「作った人も?」


「作ったことは残ります。けれど、これからの使い方まで決め続けることはできません」


 先生は、最初に畑を作った子どもたちの記録を示した。


 その下には、別の野菜を育てた学年、土を直した学年、航たちの記録が続いている。


「じゃあ、学校の土地は、学校のものじゃないの?」


 航が尋ねた。


「学校は、学ぶ場所として使う役を預かっています」


「校長先生が、畑をなくすって決めたら?」


「校長先生一人では決められません」


 先生は答えた。


「畑を使っている人や、これから使う人のことも確かめます」


「これから使う人は、まだいないよ」


「まだここにはいないので、これまで何に使われてきたかを見ます」


 壁に、畑の記録が短く並んだ。


《毎年、植物の学習に使用》


《複数の学年が利用》


《近くに代わりの畑はない》


「今いる人だけで、次の人が使う道を閉じないようにするのです」


 先生は、街にある一軒の家を大きく表示した。


 中では、家族が暮らしている。


「家も同じです。住んでいるあいだは、その家族の場所として守られます」


「何年でも住める?」


「住み続けるなら、長く暮らせます」


「子どもも?」


「一緒に暮らし続ける人は、その家を使い続けられます」


「じゃあ、家族のものだ」


「暮らしているあいだは、その家族の家です」


 表示の中で、家族が荷物をまとめ、別の街へ移った。


 家具や写真は運び出され、家だけが残った。


「でも、誰も住まなくなったあとまで、ずっと空けておくことはできません」


「思い出の家でも?」


「建物を残したい理由があれば、それも考えます」


 先生は答えた。


「それでも、誰も使わないまま、次の人をずっと入れなくすることはできません」


 家の記録に新しい行が加わった。


《前の家族が使用を終えた》


《建物を点検した》


《次の家族が暮らし始めた》


 前の家族の記録は消えなかった。


 けれど、家の中では、新しい家族が壁の色を選んでいた。


「前の人が、青くしちゃだめって言ったら?」


「今住んでいる人が決めます」


「前の人の家だったのに?」


「前の人が暮らしたことは残っています。でも、今の暮らしは、今住んでいる人のものです」


 航は、畑と家の記録を見比べた。


 どちらにも、前の人の名前や、したことが残っている。


 けれど、使う人は替わっていた。


「お金をたくさん持っていたら、使わない土地も取っておける?」


「自分のお金や、自分で使う物は持てます」


 先生は答えた。


「でも、お金を払って、次の人が使う道までずっと閉じることはできません」


「お金持ちの人も?」


「同じです」


 先生は黒板に二つの文を表示した。


《使っているあいだは、守られる》


《使い終わったら、次に使う人へ渡す》


「土地は棚へ戻せません」


 先生が言った。


「ですから、場所を残し、使う人が替わります」


 先生は、畑の中に一人の子どもを表示した。


 その子は毎日、土や葉の様子を見ていた。


「では、場所ではなく、畑を育てる役はどうでしょう」


 先生が尋ねた。


「上手に育てられる人がいたら、その人がずっと決めてよいのでしょうか」

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