第六話 この国のふつう (一)
一 畑は誰のものか
航が教室へ入ると、机の上に一枚の紙が置かれていた。
文字が見えないように、裏返してある。
隣の席の子が、紙の端を持ち上げようとした。
「まだ見ちゃだめだよ」
前の席の子が言った。
「最後に使うんだって」
隣の子は紙を戻した。
航も触らずに、椅子へ座った。
始業の音が鳴る。
先生が教室の前に立つと、窓の色が少し濃くなった。
校舎の横にある畑が、はっきりと見える。
細長い区画がいくつか並び、その一つに、航たちが植えた苗が並んでいた。
「今日は、この国で、物や場所をどう使うかを考えます」
先生は窓の外を指した。
「最初に質問です。あの畑は、誰のものですか」
何人かの手が上がった。
「学校のもの」
「この教室のもの」
「みんなのもの」
答えが続いた。
「作った人のものじゃないの?」
航が言った。
教室の子どもたちが航を見る。
「作った人って、誰?」
隣の子が尋ねた。
先生が壁へ触れると、古い映像が現れた。
土を運ぶ子ども。
石を拾う子ども。
木の板を並べる子ども。
どの子も、今の教室にはいなかった。
「六年前に、この学校へ通っていた人たちです」
「もう卒業してるよ」
「じゃあ、今は使わない」
「でも、作ったのはその人たちでしょう?」
航が尋ねた。
「そうです」
先生は映像の横に、畑の記録を表示した。
《畑を作った》
《水がたまりやすかった》
《水の通り道を作り直した》
《次の学年へ渡した》
上から下へ、順番に並んでいる。
一番上の記録には、畑を作った子どもたちの名前も残っていた。
「作ったことも、困ったことも、直したことも記録されています」
「じゃあ、やっぱりその人たちの畑だ」
前の席の子が言った。
先生は、記録の最後を指した。
《次の学年へ渡した》
「作った人たちは、卒業するとき、次の人が使えるようにしました」
「渡したら、作った人のものじゃなくなるの?」
「作ったことは、その人たちのしたこととして残ります」
先生は最初の記録を指した。
「でも、今使うのは、受け取った人たちです」
その下へ、新しい記録が加わった。
《次の学年が、葉の野菜を育てた》
《虫が増えたため、植える間を広げた》
《次の学年へ渡した》
古い記録は消えなかった。
さらにその下へ、別の学年の記録が続いていく。
一番下に、航たちの教室が現れた。
《今の学年が使っている》
「ずっとつながってる」
航が言った。
「はい」
「前の人が書いたことは、消さないの?」
「間違いが分かったときも、消さずに、分かったことをその下へ足します」
先生は、途中の記録を示した。
《この場所は日当たりがよい》
その下に、あとから加えられた記録があった。
《夏は日が当たりすぎることが分かった》
《日よけをつけた》
「前の記録を消したら、どうして日よけをつけたのか分からなくなるからです」
壁には、六年前から今までの記録が、一本の道のように続いていた。
「では、今、何を植えるかを決めるのは誰ですか」
先生が尋ねた。
「ぼくたち」
「今使っている人」
「最初に作った人は?」
「もう決めない」
「お願いならできるよ」
子どもたちが答えた。
先生はうなずいた。
黒板に三つの文が現れた。
《前の人がしたことは残す》
《今使う人が、今のことを決める》
《使い終わったら、次へ渡す》
航は、三つの文を順に読んだ。
「それで、畑は誰のものなの?」
先生は窓の外を見た。
「前の人が作り、今の人が使い、次の人へ渡っていく場所です」
「学校のものじゃないの?」
「学校は、畑を守り、使えるようにする役を預かっています」
畑の記録へ、もう一つの文が加わった。
《学校が、学ぶ場所として管理している》
航は、長く続く記録を見た。
畑を作った人。
使った人。
失敗した人。
直した人。
守っている人。
そして、次へ渡した人。
誰が何をしたかは残っている。
けれど、どこにも、
《この先ずっと、この人だけのもの》
とは書かれていなかった。
先生は、畑の横にある道具置き場を大きく表示した。
土を掘る道具。
水を運ぶ容器。
種の入った箱。
「では、最初に来た人が、ここにある物を全部持っていったら、どうなるでしょう」




