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途中  作者: 古江 門
第一部

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第五話 父の最初の仕事 (五)

五 残っていなかった経験


 昼食の魚は、白い身を蒸したものだった。


 箸を入れると、骨のない身が大きく分かれた。薄い汁がかかり、横には小さな野菜が添えられている。


「魚にしたんですね」


 向かいに座った大庭が言った。


「息子が、今日は魚がいいと言っていたので」


「それで、候補の一番上に出ていたんですね」


「本人は、注文したつもりもないでしょう」


 直人は一口食べた。


 味は薄かったが、悪くなかった。


 帰ったら、魚があったことを航に伝えなければならない。朝、忘れないでと言われている。


「午後は、同じ仕組みを使っている設備でも試します」


 大庭が予定を開いた。


「そのあと、活動記録の外部確認が入ります」


「先ほどの取り違えも見る?」


「記録には入っています」


「外部の人が、私の参加を続けるか判断するんですか」


「参加の継続を一人で決める人はいません。監査の人が見るのは、変更がどういう判断から出たかです。今後の担当範囲は、班と森川さんで確認します」


「記録は参考にする?」


「それはします」


 直人には、やはり評価との違いがよく分からなかった。


 午後の試験では、同じ仕組みを使う搬送扉と排水設備でも、設定が正しく働いた。


 担当の記録が途中で切り替わっても、機械は止まらない。動き終えるまで、最初の判断とのつながりだけが残る。


「これで、現地設備への反映を申請できます」


 壁には、その日行ったことが順番に並んでいた。


 原因を見つけたこと。試験で同じ停止を起こしたこと。直し方を考えたこと。別の設備でも確かめたこと。一つ下の項目を選び、試験へ進む前に止められたこと。


 それぞれに、関わった人の名前がついている。


 直人は、自分の名前を目で追った。


 成果の横に三つ。


 取り違えの横に一つ。


「外部確認の方が来ました」


 入口から声がした。


 細身の男性が部屋へ入ってきた。


 直人より少し若く見える。灰色に近い上着の胸元には、


《活動記録外部監査》


 と表示されていた。


「榊透です。本日の記録を確認します」


 直人と大庭が名乗ると、榊は壁の前に立ち、最初から順に記録を開いていった。


 まとめられた結果だけでなく、直人が途中で見た記録や、原因ではないとして外した候補まで確かめている。


 取り違えの記録まで来ても、表情は変わらなかった。


 最後まで読み終えてから、直人へ尋ねる。


「最初に、まとめる前の記録を見ようと思ったのはなぜですか」


 直人は少し意外に思った。


 聞かれるなら、項目を間違えた理由だと思っていた。


「まとめた記録には、止まったあとの確認ばかり並んでいたからです。どれも原因ではなく、止まったあとに機械が確かめたものかもしれないと思いました」


「それで、新しい管理側と古い設備側を分けて見た」


「そうです」


 榊は、直人が移住時に共有した過去の活動記録を開いた。


 古い設備へ新しい監視機能を加えた経験。停止しかけた工程の復旧。更新後の安全確認。


「以前にも、似た経験があったそうですね」


「同じ仕組みではありません」


「分かっています」


 過去の記録には、変更した内容と結果が残っていた。


 設備が復旧したこと。停止が減ったこと。安全基準を満たしたこと。


「この記録には、森川さんが何を直したかは残っています」


 榊が言った。


「ですが、何を見て、どこを疑ったかは残っていません」


「詳しい経緯は、元の活動先にあると思います」


「組織側にはあります。ただ、森川さんの経験としては接続されていない」


 大庭が画面をのぞいた。


「だから、分析AIも今回の候補に使えなかったんですか」


「結果だけでは、今回と似ているか判断できません」


 榊は今日の記録へ戻った。


「森川さんが使ったのは、以前と同じ直し方ではありません。新しい仕組みと古い仕組みで、終わりの意味が違うことを疑った経験です」


 直人はすぐには答えなかった。


 成果として残ったものではなく、そこへ至る途中を、榊は見ていた。


「今日の記録も、このままでは結果だけが残ります」


「原因を見つけ、直した。それでは足りないんですか」


「次に同じ停止が起きても、同じ設定で直せるとは限りません。ですが、何を見て、何を外し、どこで過去の経験と結びつけたかが残っていれば、別の設備でも使えます」


 直人は、壁に並んだ自分の名前を見た。


「今後の担当を決めるときにも使われるんですよね」


「使われます。ただし、成功した人を上へ置くためではなく、何を次へ渡せるかを知るためです」


 榊は、取り違えの記録を開いた。


《設定内容と変更先の不一致》


《作成者 森川直人》


「これは、私の確認不足です」


「そうですね。選んだ項目は間違っています」


 榊は言葉を濁さなかった。


「ただ、入力した内容は正しかった。確認の仕組みも働いた。同じ取り違えが以前にも起きています」


 三件の記録が並べられる。


「個人の間違いとして残すだけなら、ここで終わります。同じ場所で違う人が間違えているなら、表示にも直せるところがある」


 大庭が作った改善案が開かれた。


《設定項目を用途ごとに分けて表示する》


「森川さんが間違えなかったことにはなりません。ですが、次の人が同じところで止まる可能性は減らせます」


 直人は三人の名前を見た。


 失敗した人の一覧にも見える。


 一つの仕組みを直すために必要だった記録にも見えた。


「あなたの判断は、ほとんど正しかった」


 榊が言った。


「ほとんど、ですか」


「はい。全部ではありません。項目は間違えた。ただ、停止の原因と直し方は正しかった」


 過去の記録と、今日の記録が並べられる。


「今の仕組みが、あなたの過去の経験を十分に受け取れていなかったんです」


 慰められているようには聞こえなかった。


 間違いを消そうとも、成果だけを大きく見せようともしていない。そのうえで、今日役に立ったものが何だったのかを、榊は直人より正確に言葉にしていた。


「考えた順序を、記録へ加えてもいいですか」


「どこまで共有されますか」


「まずは設備接続班です。森川さんが許可すれば、同じ種類の設備を扱う活動にも共有できます」


 直人は少し迷った。


 名前の横に残るものが、成果だけではないことはもう分かっている。


 それでも、自分の考え方が別の設備にも使われるという言葉には、抗いにくいものがあった。


「お願いします」


 榊は、直人が見た順番を一つずつ尋ねた。


 なぜ、まとめられた記録を疑ったのか。


 なぜ時計を確かめたのか。


 どこで過去の経験を思い出したのか。


 直人が答えるたび、短い記録が加わった。


《停止後の警告ではなく、停止前の動作を確認》


《新旧二つの記録を分けて比較》


《完了の意味が異なることに着目》


《過去の接続経験から、途中で切れる記録を疑う》


 榊は最後まで読み、直人へ向けた。


「違うところはありますか」


「ありません」


 直人が許可すると、記録が確定した。


 点のように並んでいた結果の間に、考えた順序が入り、一日の活動が流れとしてつながった。


 榊は班の担当画面を開いた。


「旧式設備と新しい記録系の接続については、今後も森川さんの担当範囲に含める価値があると思います」


「今日の昇降機だけではなく?」


「決めるのは、設備接続班と森川さんです。私は、記録から見た意見を残します」


 大庭もうなずいた。


「班でも、そのつもりです。今日だけで終わらせる経験ではありませんから」


 担当候補として、古い搬送機、温度管理庫、排水設備が並んだ。


 自分が見れば、同じようなずれを見つけられるものがあるかもしれない。


「分かりました」


 直人は言った。


「担当します」


「すべてを今決める必要はありませんよ」


 大庭が言った。


「まずは、役割確認の日までに順番を相談しましょう」


 まだ活動を始めたばかりだった。


 それでも、次に見るものがすでに並んでいることが、直人には心地よかった。


「本日はありがとうございました」


 榊が頭を下げた。


 その言葉を聞いたとき、直人は、朝から入っていた肩の力が少し抜けるのを感じた。

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