第五話 父の最初の仕事 (三)
三 二つの終わり
大庭は、止まった記録を三件並べた。
その横に、同じ時間帯で止まらなかった記録も出す。
新しい側では、命令を渡したところで《完了》になる。
古い昇降機では、荷物を目的の階へ運び終えてから《完了》になる。
そこまでは、どの記録も同じだった。
「これだけなら、いつも起きていることですね」
「そうですね」
二つの終わり方が違うだけでは、止まる理由にならない。
直人は、停止した直前の行を指した。
《担当記録を更新》
「ここで何をしていますか」
「この設備を管理する活動が切り替わっています。人が交代したのではなく、管理する範囲が変わっただけです」
「動かしているのは同じAIでも、記録の持ち主は変わる」
「はい」
直人は、止まらなかった記録にも同じ行がないか探した。
一件あった。
ただし、そのとき昇降機は階に止まり、次の荷物を待っていた。
「動いている途中に切り替わったものだけ、集められますか」
大庭が条件を入れた。
最後に十二件が残った。
九件は、これまで確認されていた停止だった。残る三件では完全には止まっていないが、一度だけ速度を落としている。
「同じですね」
「似ています。まだ原因とは決まりません」
直人は、二つの記録の間へ指を置いた。
「新しい側は、もう終わったと思っている」
「はい」
「でも、古い機械はまだ荷物を運んでいる。その途中で、誰の記録につなぐかが変わる」
「新しい側から見ると、終わったはずの命令で機械が動き続けている」
「しかも、最初に命令を出した記録とのつながりが切れる」
大庭は画面を見たまま、うなずいた。
「だから、誰の判断で動いているのか、もう一度確かめる?」
直人は、停止する直前の《操作の確認》を指した。
「確認できなければ、安全のために止まる」
「位置や扉の警告が出たのは?」
「止まったあと、機械が状態を順に確かめたからでしょう。原因ではなく、止まった結果を拾っていたのかもしれません」
大庭は分析AIへ、新しい条件を渡した。
《機械の動作中》
《担当記録の更新》
《安全停止》
少しして、結果が出る。
《関連性が高いと判断されます》
それまで並んでいた候補が消え、新しい項目が一番上へ移った。
「どこで分かったんですか」
大庭が聞いた。
「分かったわけではありません。前にも、似たことがあったんです」
「前の活動で?」
「古い機械に、新しい監視をつないだときです。新しい側は、命令を渡せば終わりだと思っていた。でも、機械の側では、そこから動き始める」
「今回と同じですね」
「似ているだけです。試してみないと分かりません」
大庭は試験用の画面を開いた。
実際の設備と同じ仕組みを、小さく再現したものだった。
箱の絵が二階から上へ動き始める。
途中で担当記録を変える。
その直後、箱が止まった。
《操作を確認しています》
《安全停止》
大庭が小さく息を吐いた。
「止まりました」
「もう一度お願いします。次は、箱が止まってから記録を変えてください」
二度目は、目的の階へ着いたあとで担当記録が切り替わった。安全停止は起きなかった。
三度目は、到着する直前に切り替える。箱は一度だけ速度を落としたが、そのまま着いた。
実際に残っていた三種類の記録と同じだった。
「これで原因と考えてよさそうです」
「確認した九件については、これで説明できる。そう残しましょう」
大庭が入力する。
《確認済みの停止九件について、動作中の担当記録更新が原因と判断》
その下に、直人の名前が表示された。
直人は少し目を止めた。
「私の名前で残るんですか」
「森川さんの判断ですから」
「まだ、現地では直していません」
「原因を見つけたところまでが、今の記録です」
直人は画面を見た。
以前なら、結果が確定する前の仮説に自分の名前がつくことは避けたかった。だが大庭は、それを責任の印ではなく、考えた順序の一部として扱っているようだった。
「直し方は、担当を切り替えないようにしますか」
大庭が尋ねた。
「ずっと切り替えないのは困るでしょう」
「では、機械が止まっているときだけ?」
「動作が長い設備では、交代できなくなります」
直人は、上と下の二つの《完了》をもう一度見た。
「新しい側が終わったあとも、古い機械が動き終えるまでは、最初の記録とのつながりだけ残せませんか」
「操作する権限も?」
「権限はいりません。誰の判断で動き始めたのか、それだけ切らなければいい」
大庭は接続の図を開いた。
命令を渡したところで消えていた一本の線を、機械が止まるところまで伸ばす。
「これなら、担当が変わっても、動いている命令の出所は残ります」
「試せますか」
「設定を一つ加えれば」
大庭は直人の名前を見た。
「森川さん、作ってみますか」
直人は手元の権限を確かめた。
現地の設備は変えられない。試験用の設定を作り、確認へ送ることだけができる。
「分かりました」
手帳の《二つの終わり》の下へ、一本の線を引く。
その先に、
《機械が止まるまで、最初の記録を残す》
と書いた。
大庭が設定画面を開く。
似た名前の項目が、縦に並んだ。




