第五話 父の最初の仕事 (二)
二 途中で止まる箱
都市設備記録棟の入口には、受付台がなかった。
直人が中へ入ると、壁に名前が表示された。
《森川直人さん》
《設備確認室へお進みください》
矢印の先に、若い男性が立っていた。
「森川さんですね」
「はい」
「大庭です。同じ設備接続班で活動しています。今日は、こちらの設備から見ていただくことになっています」
大庭の胸元には、役職ではなく、
《設備接続班》
とだけ表示されていた。
「私の担当は、この設備からですか」
「今日はこちらです。役割確認までは、古い設備と新しい記録系の接続を中心に、一緒に見る予定です」
「そのあとは?」
「必要な範囲を、また相談します」
「分かりました」
直人はうなずいた。
一日だけの仕事ではない。けれど、自分の席がどこまで続き、どこから変わるのかは、まだつかみにくかった。
大庭は廊下の奥へ直人を案内した。
壁の一部がガラスになっている。
その向こうで、大きな箱が上下へ動いていた。
箱が下へ着くと扉が開き、小さな搬送台が容器を置いて出てくる。扉が閉まり、箱が上へ動き始めた。
「荷物だけを運ぶ昇降機です」
「どこで止まるんですか」
「決まっていません。二階と四階のあいだが多いですが、地下で止まったこともあります」
「止まったあとは?」
「安全確認が入り、問題がなければ自動で動き出します。長くても三分ほどです」
箱は四階で止まり、扉を開いた。
今の動きに、おかしなところはなかった。
「荷物が傷んだことは?」
「ありません」
「人が閉じ込められることもない」
「人は乗らないので」
「それでも調べている」
大庭は少し笑った。
「原因が分からないまま止まるのは、気持ちがよくないので」
直人は昇降機を見上げた。
「毎回、同じ警告が出るんですか」
「それが違います」
大庭が手元の表示を開いた。
位置の確認。扉の確認。操作する権限の確認。
「場所がずれたと出たこともあれば、扉が閉まっていないと出たこともあります。でも、実際にはずれていませんでした。扉も閉まっていました」
「部品は調べたんですか」
「位置を測る部分は交換しました。そのあとにも止まりました」
「通信は?」
「遅れた記録はありますが、止まらなかった日にも同じくらい遅れています」
原因の候補には、どれも《可能性あり》とついていた。
「分析AIも絞りきれていません」
直人は候補を一通り見た。
「止まったときの記録を見せてください」
「どの記録ですか」
「まずは一回分。荷物を入れる前から、また動き出すまでです」
二人は設備確認室へ移った。
大庭が壁へ記録を映す。
荷物が入る。行き先が決まる。昇降機が動く。途中で安全確認が入り、停止する。問題なしと判断され、再び動く。
一つの流れとして簡潔にまとめられていた。
直人は鞄から紙の手帳を出した。
「紙を使うんですね」
「どこを戻って見たか分かるので」
直人はしばらく記録を追った。
「これは、誰がまとめたものですか」
「記録AIです。違う仕組みから来た情報を、時刻順に並べています」
「まとめる前のものはありますか」
「ありますけど、内容は同じです」
「見せてください」
表示が切り替わる。
今度は、二つの記録が上下に並んだ。
上は、新しく加えられた管理側の記録。
下は、昇降機がもともと持っていた記録だった。
直人は最初から順に目を動かした。
一分ほどして、尋ねる。
「この二つは、同じ時計ですか」
「合わせてあります」
「確かですか」
大庭が確認画面を開いた。
「はい。ずれはほとんどありません」
「では、時計のせいではない」
直人は手帳に短く書き、それから二つの記録を見直した。
新しい記録には、
《命令を受け付けました》
《権限を確認しました》
《処理を完了しました》
と続いている。
その下で、古い昇降機はまだ上へ動いていた。
直人の手が止まった。
「ここを広げてください」
「どこですか」
「上で終わっているところです」
大庭が表示を拡大した。
上の記録には、確かに《完了》と出ている。
下の記録では、そのあとも箱が上がり、目的の階へ向かっていた。
「この上のほうは、何が終わったという意味ですか」
「命令を昇降機へ渡したところまでです」
「では、下は?」
「荷物を運び終えるまでです」
大庭は答えてから、表示を見直した。
直人は二つの《完了》を指した。
「同じ言葉ですが、終わっているものが違いますね」
大庭の表情が変わった。
「ほかの停止も、同じように並べられますか」
「できます」
「止まらなかったときの分もお願いします」
大庭はすぐに記録を呼び出し始めた。
直人は紙の上に、
《二つの終わり》
と書いた。




