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途中  作者: 古江 門
第一部

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20/21

第五話 父の最初の仕事 (一)

一 仕事へ行く朝


 直人は玄関へ鞄を置いたあと、もう一度、中を開けた。


 端末。紙の手帳。細い筆記具が二本。


 どれも、さっき確かめたときと同じ場所に入っている。


「何かないの?」


 食卓から航が聞いた。


「あるよ」


「じゃあ、なんでまた見てるの?」


 直人は鞄を閉じた。


「確認しただけだ」


 面談や短い確認活動を経て、設備接続班へ参加する最初の朝だった。


 端末には、今日の記録についての注意が出ていた。


《本日の活動記録は、設備反映前に外部確認の対象となります》


 直人は、前の国で仕事へ行くときに着ていた濃い色の上着を選んでいた。鞄も、以前使っていたものだった。角が擦れ、持ち手の裏側だけ色が薄くなっている。


 航はパンをかじりながら、その上着を見た。


「この前もそれ着てた」


「面談の日だろう」


「今日もお話するの?」


「今日は機械を見る」


「大きいやつ?」


「荷物を上と下へ運ぶ機械だ」


「人は?」


「乗らない」


「ハルは?」


「乗らないよ」


 足元で、ハルが直人の鞄を嗅いでいた。鼻を側面へ押しつけ、持ち手のあたりまでたどっていく。


「ハル、それ食べられないよ」


 航が椅子を降り、ハルの隣へしゃがんだ。


「何の匂い?」


 しばらくハルの顔を見たあと、航が言った。


「前のおうちだって」


「航が言っているだけでしょう」


 台所にいた美紀が笑った。


「ハルが言ったよ」


「古い鞄だから、匂いが残っているんだろう」


 直人が持ち上げると、ハルの鼻も一緒についてきた。


「今日の匂いもつく?」


「さあな」


「帰ってきたら聞いてみる」


 美紀が直人の前へカップを置いた。


「まだ時間あるでしょう」


「あと二十分だ」


「二十分もあるね」


「初日から遅れるわけにはいかない」


「車が迎えに来るんだから、早く出ても同じだよ」


 直人は答えず、カップへ手を伸ばした。


 航がパンを飲み込み、尋ねた。


「お昼、何食べるの?」


「向こうで選ぶ」


「カレー?」


「あるか分からない」


「じゃあ魚」


「どうして魚なんだ」


「昨日、お肉だったから」


「昨日の昼は違っただろう」


「夜に食べた」


 航は納得しない顔をした。


「今日は魚がいいよ」


「魚があればな」


「帰ってきたら教えて」


「覚えていたら」


「忘れないでね」


 玄関の表示が、迎えの車の到着まで五分になったことを知らせた。


 直人はカップを置き、立ち上がった。


「もう行くの?」


「玄関で待つ」


「五分も?」


 航もあとをついてくる。


「お父さん、機械直せる?」


「まだ壊れているかも分からない」


「止まるんでしょう?」


「ときどきな」


「じゃあ壊れてるよ」


「止まるから壊れているとは限らないんだ」


 航は首を傾げた。


「じゃあ、なんで止まるの?」


 直人は靴へ足を入れた。


「それを見に行く」


「分かったら直す?」


「たぶんな」


 航は少し考えてから言った。


「分かるといいね」


 直人は靴を履く手を止め、航を見た。


「ああ」


 美紀が玄関まで来て、直人の肩についた糸くずを取った。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


 外へ出ると、迎えの車はまだ来ていなかった。


 直人は門の前に立った。航は玄関の段差へ座り、ハルを隣へ呼んだ。


「やっぱり待ってるだけだよ」


「すぐ来る」


 間もなく、小さな車が角を曲がってきた。


《森川直人さん。都市設備記録棟までお送りします》


 直人が乗り込むと、航が立ち上がった。


「魚、忘れないでね」


「ああ」


 車が動き出す。


 窓の向こうで、航と美紀が手を振っていた。


 直人も手を上げた。


 家が見えなくなると、鞄から端末を取り出した。


《設備接続班 参加初日》


《当面の担当候補 旧式設備と活動記録系の接続確認》


 その下に、今日使える記録と、試験用の権限が並んでいる。


 表示は朝から変わっていなかった。


 直人は一番下まで読み、もう一度、最初へ戻った。

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