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途中  作者: 古江 門
第一部

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19/21

第四話 やめる人 (三)

三 残ったもの


 部屋を出ると、水野は一度も振り返らなかった。


 支援室へ戻るまで、二人はほとんど話さなかった。


 佐伯の端末には、離脱確認が途中であることを示す印が残っていた。


 支援室へ戻ると、佐伯は迷わず美紀への連絡画面を開いた。


《活動終了時の状況について――》


 そこまで入力して、手を止めた。


「確認したほうがいいですよね」


 水野は椅子へ座らず、机の横に立っていた。


「何を?」


「本当に、あれで終わってよかったのか」


「森川さんに残っている作業があるか、ということ?」


「それもありますけど」


 佐伯は美紀の記録を開いた。


《本人から終了の申し出があり、了承した》


「道具は返されていた。材料は彼女の物。引き継ぐ作業もない。終了を了承したことも、ここに残っている」


 水野は記録を読んだ。


「でも、森川さんは時間を空けていたはずです」


「それを聞きたいの?」


「このままだと、何もなかったみたいじゃないですか」


 佐伯は、入力しかけた文章へ目を戻した。


「森川さんがどう感じたかを聞いて、それを彼女の記録に書く?」


 水野はすぐには答えなかった。


「それは違うと思います。でも」


 指先で椅子の背を一度押した。


「森川さんが使った時間は、どこにも出ませんよね」


「活動した時間は、森川さんの記録に残っているわ」


「残念だったかどうかは?」


 佐伯は空白の連絡欄を見た。


「それを聞いても、彼女の記録には書けないわね」


「では、聞かないんですか」


「聞いたあとに、どう扱うか決められないなら、聞かない」


 佐伯は入力した文を消し、連絡画面を閉じた。


 水野は椅子を引いたが、まだ座らなかった。


「僕も、彼女なら続くと思っていました」


「ええ」


「最初の記録に、布の傷みをよく見ていたと書かれていたんです。やっぱり合っていたと思いました」


 閉じた画面の端を、指先でなぞる。


「長く続けば、次に同じような相談が来たとき、彼女に頼めると思っていました」


 佐伯は活動履歴を開いた。


 植物の植え替え。


 古い音声記録。


 配送機の点検。


 器の補修。


 日よけ作り。


 一つの関心が形を変えて続いているようにも見える。


 だからこそ、水野は美紀を紹介した。


「紹介したことまで、間違いだったとは思わない」


 佐伯が言った。


 水野が顔を上げる。


「彼女も、紹介してもらえてよかったと言っていたでしょう」


「でも、続かなかった」


「続かなければ、紹介した意味がなかったことになる?」


 水野は答えなかった。


 しばらくして椅子へ座り、背にもたれた。


「僕が、納得できていないだけかもしれません」


 佐伯は否定しなかった。


「森川さんへの確認は送らない」


「いいんですか」


「今ある記録で、離脱の条件は確認できている。聞いたあとに扱えないことまで、確かめる必要はないわ」


 佐伯は美紀への連絡画面を閉じた。


 佐伯は女性の申請を開いた。


 補助分類には、


《継続可能な活動を探索中》


 と表示されている。


 画面の端には、その分類と過去の履歴から選ばれた優先案内候補が五件並んでいた。


 植物の手入れ。


 古い機器の記録。


 生活用品の補修。


 小型機械の点検。


 地域資料の整理。


 佐伯が補助分類の削除を選ぶと、注意が表示された。


《関連する活動の優先案内が減少します》


「分類は外します」


 隣に立った水野が画面を見た。


「彼女が知らない活動は、届きにくくなりますね」


「ええ」


 佐伯は変更先の候補も確認した。


《短期間の参加を希望》


 それでは、最初から短く終えるつもりで活動へ参加する人になってしまう。


 佐伯は候補を閉じた。


「違うと言われた分類を、案内のために残すことはできないわ」


 解除理由へ、


《本人の申請により解除》


 と入力し、確定する。


《継続可能な活動を探索中》の文字が消えた。


 画面の端に並んでいた活動候補も消え、


《優先案内候補なし》


 と表示された。


 残ったのは、終了日が記された六件の活動だった。


「終わったものだけになりましたね」


 水野が言った。


 佐伯は最初の記録を開いた。


《植物苗の植え替え》


 詳細欄には、枯れた植物の原因を知るために参加したことが残っている。


 記録を閉じる。


 一覧には、


《二日間・終了》


 とだけ表示された。


 次の《古い音声記録の整理》も、一覧では、


《六日間・終了》


 に戻った。


「探していないことと、関心がないことは違うわね」


「それを残す分類はないんですか」


 佐伯は候補一覧をもう一度開いた。


 先ほどと同じ言葉が並んでいた。


「今はないわ」


 候補を閉じる。


 空白になった補助分類の下に、六件の終了記録が並んでいた。


 佐伯は今回の日よけ作りを開いた。


 状態は、


《未完了》


 となっている。


 最初に《未完了のまま終了》を選び、補足欄へ入力した。


《本人の都合により、予定された作業を途中で終了》


 最後まで書いてから、読み返す。


 佐伯は文章をすべて消した。


 美紀の記録を開く。


《本人から終了の申し出があり、了承した》


「未完了ではないんですか」


 水野が尋ねた。


「日よけ全体は、完成していないわ」


「では、未完了で合っているのでは?」


「でも、森川さんに残している作業はない。返していない物もない」


 佐伯は、美紀と女性の双方が、一緒に行った範囲を共同の活動として残すことに同意している記録を確かめた。


 佐伯は状態を《完了》へ変更した。


 補足欄へ改めて入力する。


《本人から終了の申し出。活動担当者了承。設置済み部分を実施範囲とする》


「ここまでを、二人で行った活動として完了にする」


 水野は文章を読んだ。


「完了でいいんでしょうか」


「正しい言葉かは分からない。でも、未完了と残せば、彼女にまだ果たすべき作業があるように見える。それは違うと思う」


 佐伯は記録を確定した。


 補助分類は空白になり、日よけ作りには《完了》の文字が付いた。


 どちらも、女性の申請に沿った処理だった。


 佐伯は画面を閉じかけ、指を止めた。


 女性の一般案内を受け取る設定は、有効のまま残っていた。


 そのとき、一般の活動案内が更新された。


 新しく届いた一覧の中に、


《旧式時計の分解見学》


 という項目があった。


 使われなくなった時計を開き、歯車やばねの動きを見る、一日だけの活動だった。


 修理はしない。


 再組立ても、継続参加も求められない。


 水野が案内を開いた。


「これ、彼女は気にするかもしれません」


 佐伯も内容を読んだ。


 女性の優先案内候補からは外れている。


「送りましょう」


 水野が佐伯を見る。


「個別にですか」


「ええ。送信先に彼女を加えて」


 水野は女性の記録番号を入力した。


 案内の仕組みが、自動で推薦理由を作成する。


《過去の点検活動および音声記録整理への参加から、機械構造への継続的な関心が推定されます》


「《継続的な》は消して」


 水野がその部分を削除する。


《過去の点検活動および音声記録整理への参加から、機械構造への関心が推定されます》


 定型の案内文には、


《これまでの経験を生かし、次の活動へつなげてみませんか》


 と書かれていた。


「そこも消しましょう」


 水野が一文を削除した。


 残ったのは、日時と場所、当日に時計を開いて内部を見ることだけだった。


 最後に、


《一日のみの参加が可能です》


 と付け加える。


「これなら?」


「ええ」


 水野は送信を選んだ。


 追加の通知は設定しなかった。


 返事を求める期限も付けなかった。


 送信済みの案内の隣には、まだ、


《優先案内候補なし》


 と表示されている。


 水野は二つの画面を見比べた。


「これ、僕が開かなければ」


 そこで言葉を止めた。


「今日は届いたわ」


 水野はうなずかなかった。


 送信済みの案内を閉じようとして、指を止める。


「時計を一つ開いただけで終わったら、僕はまた残念に思うかもしれません」


「それは止められないわね」


 佐伯は送信済みの文面を見た。


「でも、続けることまでは求めなかった」


 水野は画面を閉じた。


 支援室には、端末を操作する小さな音だけが戻った。


 夕方、佐伯がその日の処理を確認していると、送信した案内の横に小さな印がついた。


 女性が案内を開いたことを示す印だった。


 参加欄は、空白のままだった。

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