表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
途中  作者: 古江 門
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/21

第三話 母の小さな活動 (七)

七 ハルの車


 老人は板の左右へ置いた木材を裏返した。


 一本は端が欠けている。


 板にも、小さなひびがあった。


「ここ、割れてる」


 航が言った。


「ああ」


「これじゃ使えない?」


「どこまで割れてるかによる」


 老人は短い鉛筆を航へ渡した。


「ひびの終わりに印を付けろ」


「切る線?」


「まだ印だ」


 航が線を引くと、途中で曲がった。


「あ」


「止めるな」


「曲がったよ」


「場所がわかればいい」


 航はひびの終わりまで線を引いた。


 老人は線の先を確かめ、残る板の長さを測った。


「これなら使える?」


「見てからだ」


「今見たよ」


「ほかの木を付けたときに、そこへ力がかからんかも見る」


 老人は欠けた木材を板の端へ置き、手で押さえた。


 航も反対側を持つ。


「ここなら、ひびのところに乗らないよ」


「そうだな」


「じゃあ、これでいい?」


「まだ決めん」


「なんで?」


「車輪を付けて、押す木も置いてからだ」


 老人は長い木材を二本、板の後ろへ並べた。


 板の幅より間隔が狭く、航が両手で持てるくらいだった。


「これを持つの?」


「そうなるかもしれん」


「また、かもしれん?」


「作る前から全部決まってると思うな」


 航は長い木材の間へ立ち、両手を伸ばした。


「これなら押せる」


「まだ車輪がない」


「付ければいいよ」


「付ける場所を決めてからだ」


 航は板の下へ金属の棒を置いた。


 老人は何も言わず、その位置を見る。


 航は少し前へずらした。


「ここ?」


「前すぎる」


「じゃあ、こっち?」


「今度は後ろだ」


 老人は板の中央より少し後ろを指した。


「ハルが乗ったとき、重さがどこへ来るか考えろ」


 航はハルを見る。


「ハル、こっち来て」


 ハルは顔を上げたが、板へ近づかなかった。


「乗らないと分かんないよ」


「今日は乗せん」


「じゃあ、どうするの?」


「だいたいで置いて、あとで直す」


 老人は金属の棒を板の下へ合わせた。


「おじいさんも、分かんないの?」


「やってみなきゃ分からんことはある」


 航は棒の位置を見た。


「お母さんと同じだ」


「何が」


「見てから決めるって」


 老人は答えず、車輪を一つ棒へ通した。


 航も反対側を持つ。


 二つの車輪を付けて板の下へ合わせると、今度は板がわずかに傾いた。


「まっすぐじゃないよ」


「棒の位置がずれてる」


 航が板の下をのぞく。


「こっちが前?」


「そっちを少し戻せ」


 航が棒を動かす。


 板の傾きが小さくなった。


「直った」


「まだ置いただけだ」


「でも、さっきよりいいよ」


 老人は車輪を外し、棒を板の横へ置いた。


「じゃあ、木を切ろう」


 航が言った。


 老人は公園の時計を見た。


「帰れ」


「まだできるよ」


「時間だ」


「お母さんに聞く」


「帰って聞け」


 老人は巻き尺をしまった。


 航は板から離れなかった。


「まだ何もできてない」


「幅を測った。車輪も動いた。ひびも見つけた」


 老人は道具を片づける。


「押す木の長さも、だいたい分かった」


「でも、何も付いてないよ」


「今日はそこまでだ」


「明日も来る」


「母親に聞け」


 老人は板と車輪、木材をベンチの後ろへ寄せた。


 上から布を掛け、風で動かないよう、金属の棒を端へ置く。


 航は布の下の板を見ていた。


「明日、切る?」


「来たら考える」


「切るか考えるの?」


「来るかどうかからだ」


「ぼくは来るよ」


「母親に聞け」


 老人が公園の出口を顎で示した。


「帰れ」


 航はしぶしぶ水の容器を鞄へ戻した。


 ハルが身体を振り、首輪が鳴る。


 老人が金具へ目を向けた。


「それも見ろ」


 航はしゃがみ、金具を横から確かめた。


 指で押す。


 開いたあと、元へ戻った。


「だいじょうぶ」


 美紀へ、


《今から帰る》


 と送る。


《分かった。気をつけて帰ってきてね》


 と返ってきた。


「またね」


 航が言った。


 老人はハルの頭を撫でた。


「前を見ろ」


 航はハルと並んで歩き出した。


 公園の出口へ向かう途中で振り返る。


 老人は布から出ていた長い木材を、足で中へ押し込んでいた。


 航とハルが帰ってきたとき、美紀は食卓で布をたたんでいた。


「ただいま」


「おかえり。何かあった?」


「何もなかった」


 航は靴を脱ぎ、ハルの首輪を外した。


「おじいさん、いたよ」


「そう」


「ハルの水もあった」


「公園で何してたの?」


「作ってた」


「何を?」


 航は手を止めた。


「まだわかんない」


「分からないものを作ってたの?」


「車輪と板があった。ハルが乗るやつかもしれない」


 ハルが名前を聞き、食卓の下から顔を出した。


「おじいさんが作るの?」


「いっしょに」


 航は両手を広げた。


「板を測って、線を引いた」


「航が?」


「うん」


「上手に引けた?」


 航は黙った。


「曲がった」


 美紀は笑いそうになり、口元を押さえた。


「笑わないでよ」


「ごめん」


「でも、切る線じゃないからいいんだって」


「何の線だったの?」


「どこまで割れてるか見る線」


 航は食卓の端に、指で曲がった線を描いた。


「場所がわかればいいって」


 親指の横には、鉛筆の黒い跡が残っていた。


「もうちょっとやりたかったのに、帰れって言われた」


「まだ明るかった?」


「うん」


「でも、遅れずに帰ってきたでしょう」


 航は鞄から水の容器を出した。


「おじいさんと同じこと言ってる」


「そう?」


「明日も行く」


「明日も一人で?」


「ハルといっしょだよ」


 航は当然のように答えた。


「今日行けたから、明日もだいじょうぶ」


「毎回同じとは限らないでしょう」


 美紀は予定を開いた。


 明日の午後にも、一人来ることになっている。


「学校から帰ってきてから決めよう」


「準備はしていい?」


「準備だけならね。勝手に出ないでよ」


「わかってる」


 航は水の容器を、自分の鞄の横へ置いた。


「何かできたら、お母さんにも見せる」


「何を作ってるか分かったらね」


「まだ何もできてないけど」


「線は引いたんでしょう」


 航は考えた。


「でも、線だけだよ」


「線から始まるものもあるんじゃない?」


 航は手を洗いに行った。


 ハルがそのあとをついていく。


 美紀は食卓へ戻った。


 端末には、新しい質問が届いていた。


《古いカーテンを、小さな日よけに作り替えることはできますか》


 薄い黄色の布の写真が添えられている。


 端は色あせていたが、大きく破れてはいない。画面では厚さも手触りも分からなかった。


 美紀は返事を書いた。


《日よけにしたい場所と、布を一緒に見せてもらえますか。使えるかどうかも含めて考えてみます》


 送信しようとしたとき、航が戻ってきた。


「水、明日まで鞄の横に置いておくね」


「中は明日入れ替えてね」


「わかってる」


 航はハルの背中を撫でた。


「明日、板を切るかな」


「おじいさんは、見てから決めるって言ったんでしょう」


「うん」


 美紀は、画面に書いた返事へ目を戻した。


《使えるかどうかも含めて考えてみます》


 そのまま送信した。


 別の通知が一つ増えたが、美紀は画面を開かなかった。


 端末を伏せる。


 玄関には、明日のための水の容器が置かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ