第三話 母の小さな活動 (五)
五 質問なら
その日の夜、美紀の活動記録へ最初の質問が届いた。
《自分でも同じように直してみたいのですが、当て布の大きさはどう決めましたか》
美紀は活動記録を開いた。
何を見て、何を選んだのかまでは書かれていない。
画面の下に、
《方法を補足する》
という表示があった。
美紀は裁縫箱を食卓へ持ってきた。
《使ったもの》
《手順》
《気をつけること》
三つの空欄が並んでいる。
《針、糸、布》
そこまで入力して、手が止まった。
針にも太さがある。糸も何でもよいわけではない。布も、薄すぎれば支えにならず、厚すぎれば縫いにくい。
入力した文字を消す。
《補修する布に合った針と糸》
と書いた。
「合ったって、どうやって分かるの」
一人でつぶやく。
家の端末が反応した。
《布の種類を確認しますか》
「今はいい」
赤い袋を直したとき、布の名前を調べたわけではなかった。触って、透かして、重ねて決めた。
美紀は薄い布と厚い布を並べ、写真を撮った。
《傷んだところより、広い布を当てます》
広いとは、どれくらいだろう。
姉が最初に選んだ小さな布を思い出す。
美紀は、傷んだ場所に見立てた布へ、小さな当て布を重ねた写真を撮った。次に、傷んだ部分全体を覆う布を重ねる。
《傷んだ部分が、当て布から出ていないか確かめます》
手順の欄には、
《破れている場所だけでなく、その周りも触ります。傷んでいない側と比べると、薄くなった場所が分かりやすいです》
と書いた。
語尾を変え、戻し、写真も一枚に減らす。
全部を書こうとすれば、いつまでも終わらない。
美紀は短い説明を残し、公開へ触れた。
しばらくして、質問した人から反応が届いた。
《写真で分かりました。家にある袋で試してみます》
美紀はその文章を二度読んだ。
翌日の午後、別の質問が届いた。
《子どもの服の袖を直してみたいのですが、写真だけでは針をどこから入れるのか分かりません》
美紀は、命令するように見えない言葉を探し、何度か書き直した。
《袋とは布も形も違うので、実物を見てからでもよければ、一緒に考えます》
送信すると、画面に確認が出た。
《現在、対面での相談は受け付けていません》
《この相談のみ受けますか》
美紀の指が止まる。
質問へ答えることと、家へ人を招くことは違う。
それでも、袖は実物を見なければ分からない。
美紀は《今回のみ受ける》を選んだ。
返事はすぐに届いた。
《ありがとうございます。では、私が子どもと伺います》
約束した日の午後、若い父親と男の子がやってきた。
父親は畳んだ上着を腕へ掛けている。
男の子は父親の後ろから、玄関にいるハルを見ていた。
「犬は苦手?」
航が聞いた。
男の子は首を横に振る。
「好きだけど、急に来るのはこわい」
「においをかいだら、たぶん向こう行くよ」
ハルは男の子の靴の匂いをかいだあと、食卓のほうへ戻っていった。
「ほんとだ」
「ね」
航は得意そうに言った。
父親は食卓へ上着を広げた。
薄い青色で、袖口の布そのものが細長く裂けている。
「遊具へ引っかけたみたいです」
父親が言った。
男の子は腕を引かれる動きをした。
「ここが、ぎゅってなった」
美紀は袖口を光へかざした。
袋のように布を当てれば穴は塞げる。ただ、袖口は何度も曲がる。厚くなれば、動かしにくくなるかもしれない。
「袋とは違いますか」
父親が尋ねた。
「違いますね。まだ、どうするかは分かりません」
美紀は袖を裏返した。
裂け目の周囲も薄くなっていた。
「布を入れるの?」
航が聞く。
「たぶん。でも、袋と同じにすると硬くなるかもしれない」
男の子も腕を曲げてみる。
父親が上着の記録を開いた。
家の補修案内では、薄い補修材を貼る方法が提案されていた。
「それでも直せると思います」
美紀が言った。
「ただ、本人が光るのは嫌だと言ったので」
「ぴかぴかになるの嫌」
男の子は袖を押さえた。
美紀は薄い布を何枚か出した。
男の子は、上着とは色の違う青を選んだ。
「青だからいい」
航もうなずく。
「青ならいいよね」
「二人とも、青の範囲が広いな」
父親が笑った。
美紀は選んだ布を袖の内側へ置き、袖口を曲げた。
最初の置き方では、布の端が浮いた。
向きを変え、角を丸く整える。
今度は曲げても引っかからなかった。
「最初から分かっていたんじゃないんですね」
父親が言った。
「今、置いてみて分かりました」
男の子も袖をのぞく。
「失敗したの?」
「縫う前に変えられたから、大丈夫」
美紀は裂け目の端を寄せすぎないように縫った。
男の子と航は、しばらく見ていたが、やがてハルのそばへ移った。
最後の糸を結んだときには、予定より時間が過ぎていた。
裂け目は完全には消えていない。近くで見れば、細い線と色の違う布が見える。
男の子は上着を着て、腕を曲げた。
「硬くない?」
「平気」
「当たらない?」
「だいじょうぶ」
男の子は袖へ触れた。
「青になった」
「それでいい?」
「うん」
父親は袖の写真を撮り、美紀の活動記録を見た。
「最初は、お願いしていいのか迷いました。袋のことしか載っていなかったので」
「私も、服は違うと思いました」
「でも、分からないところから一緒に見る活動だと書いてあったので」
父親は男の子の袖へ目を向けた。
「本当に、そのとおりでした」
「今日のことも残すんですか」
「まだ考えていません」
「途中で布の置き方を変えたことも残るなら、私はそのほうが頼みやすいです」
「そういうものですか」
「分からないところから、一緒に見てもらえると分かるので」
父親は男の子を呼び、帰る支度を始めた。
「無理に残してほしいということではありません。今日はありがとうございました」




