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途中  作者: 古江 門
第一部

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14/21

第三話 母の小さな活動 (五)

五 質問なら


 その日の夜、美紀の活動記録へ最初の質問が届いた。


《自分でも同じように直してみたいのですが、当て布の大きさはどう決めましたか》


 美紀は活動記録を開いた。


 何を見て、何を選んだのかまでは書かれていない。


 画面の下に、


《方法を補足する》


 という表示があった。


 美紀は裁縫箱を食卓へ持ってきた。


《使ったもの》


《手順》


《気をつけること》


 三つの空欄が並んでいる。


《針、糸、布》


 そこまで入力して、手が止まった。


 針にも太さがある。糸も何でもよいわけではない。布も、薄すぎれば支えにならず、厚すぎれば縫いにくい。


 入力した文字を消す。


《補修する布に合った針と糸》


 と書いた。


「合ったって、どうやって分かるの」


 一人でつぶやく。


 家の端末が反応した。


《布の種類を確認しますか》


「今はいい」


 赤い袋を直したとき、布の名前を調べたわけではなかった。触って、透かして、重ねて決めた。


 美紀は薄い布と厚い布を並べ、写真を撮った。


《傷んだところより、広い布を当てます》


 広いとは、どれくらいだろう。


 姉が最初に選んだ小さな布を思い出す。


 美紀は、傷んだ場所に見立てた布へ、小さな当て布を重ねた写真を撮った。次に、傷んだ部分全体を覆う布を重ねる。


《傷んだ部分が、当て布から出ていないか確かめます》


 手順の欄には、


《破れている場所だけでなく、その周りも触ります。傷んでいない側と比べると、薄くなった場所が分かりやすいです》


 と書いた。


 語尾を変え、戻し、写真も一枚に減らす。


 全部を書こうとすれば、いつまでも終わらない。


 美紀は短い説明を残し、公開へ触れた。


 しばらくして、質問した人から反応が届いた。


《写真で分かりました。家にある袋で試してみます》


 美紀はその文章を二度読んだ。


 翌日の午後、別の質問が届いた。


《子どもの服の袖を直してみたいのですが、写真だけでは針をどこから入れるのか分かりません》


 美紀は、命令するように見えない言葉を探し、何度か書き直した。


《袋とは布も形も違うので、実物を見てからでもよければ、一緒に考えます》


 送信すると、画面に確認が出た。


《現在、対面での相談は受け付けていません》


《この相談のみ受けますか》


 美紀の指が止まる。


 質問へ答えることと、家へ人を招くことは違う。


 それでも、袖は実物を見なければ分からない。


 美紀は《今回のみ受ける》を選んだ。


 返事はすぐに届いた。


《ありがとうございます。では、私が子どもと伺います》


 約束した日の午後、若い父親と男の子がやってきた。


 父親は畳んだ上着を腕へ掛けている。


 男の子は父親の後ろから、玄関にいるハルを見ていた。


「犬は苦手?」


 航が聞いた。


 男の子は首を横に振る。


「好きだけど、急に来るのはこわい」


「においをかいだら、たぶん向こう行くよ」


 ハルは男の子の靴の匂いをかいだあと、食卓のほうへ戻っていった。


「ほんとだ」


「ね」


 航は得意そうに言った。


 父親は食卓へ上着を広げた。


 薄い青色で、袖口の布そのものが細長く裂けている。


「遊具へ引っかけたみたいです」


 父親が言った。


 男の子は腕を引かれる動きをした。


「ここが、ぎゅってなった」


 美紀は袖口を光へかざした。


 袋のように布を当てれば穴は塞げる。ただ、袖口は何度も曲がる。厚くなれば、動かしにくくなるかもしれない。


「袋とは違いますか」


 父親が尋ねた。


「違いますね。まだ、どうするかは分かりません」


 美紀は袖を裏返した。


 裂け目の周囲も薄くなっていた。


「布を入れるの?」


 航が聞く。


「たぶん。でも、袋と同じにすると硬くなるかもしれない」


 男の子も腕を曲げてみる。


 父親が上着の記録を開いた。


 家の補修案内では、薄い補修材を貼る方法が提案されていた。


「それでも直せると思います」


 美紀が言った。


「ただ、本人が光るのは嫌だと言ったので」


「ぴかぴかになるの嫌」


 男の子は袖を押さえた。


 美紀は薄い布を何枚か出した。


 男の子は、上着とは色の違う青を選んだ。


「青だからいい」


 航もうなずく。


「青ならいいよね」


「二人とも、青の範囲が広いな」


 父親が笑った。


 美紀は選んだ布を袖の内側へ置き、袖口を曲げた。


 最初の置き方では、布の端が浮いた。


 向きを変え、角を丸く整える。


 今度は曲げても引っかからなかった。


「最初から分かっていたんじゃないんですね」


 父親が言った。


「今、置いてみて分かりました」


 男の子も袖をのぞく。


「失敗したの?」


「縫う前に変えられたから、大丈夫」


 美紀は裂け目の端を寄せすぎないように縫った。


 男の子と航は、しばらく見ていたが、やがてハルのそばへ移った。


 最後の糸を結んだときには、予定より時間が過ぎていた。


 裂け目は完全には消えていない。近くで見れば、細い線と色の違う布が見える。


 男の子は上着を着て、腕を曲げた。


「硬くない?」


「平気」


「当たらない?」


「だいじょうぶ」


 男の子は袖へ触れた。


「青になった」


「それでいい?」


「うん」


 父親は袖の写真を撮り、美紀の活動記録を見た。


「最初は、お願いしていいのか迷いました。袋のことしか載っていなかったので」


「私も、服は違うと思いました」


「でも、分からないところから一緒に見る活動だと書いてあったので」


 父親は男の子の袖へ目を向けた。


「本当に、そのとおりでした」


「今日のことも残すんですか」


「まだ考えていません」


「途中で布の置き方を変えたことも残るなら、私はそのほうが頼みやすいです」


「そういうものですか」


「分からないところから、一緒に見てもらえると分かるので」


 父親は男の子を呼び、帰る支度を始めた。


「無理に残してほしいということではありません。今日はありがとうございました」

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