第三話 母の小さな活動 (四)
四 残すこと、公開すること
予定どおり、支援室の女性が訪ねてきた。
女性は食卓に残った布と糸へ目を向けた。
「何かしていたんですか」
「近所の子が、鞄を直しに来ていたんです」
「美紀さんが直したんですか?」
「いいえ。本人が直しました」
美紀は、赤い袋を預かったところから、姉が自分で鞄を直したところまでを簡単に話した。
女性はうなずいた。
「活動として残しておきますか」
「これをですか」
「今日したことを、そのまま記録できます」
女性は端末を開き、美紀の前へ置いた。
画面には、
《何をしましたか》
と表示されていた。
「何と書けばいいんでしょう」
「最初から、縫い方を決めていたんですか」
「いいえ。傷み方を見てからです」
「本人にも考えてもらった」
「はい」
女性は画面へ二行入力した。
《布製品の補修》
《状態を見て、使い続ける方法を一緒に考える》
美紀は並んだ文字を見た。
「大きなことに見えますね」
「今日したこととは違いますか」
美紀は二行目を読み返した。
赤い袋を抱えて帰った妹と、自分で縫った場所を何度も見ていた姉を思い出す。
「一緒に考えた、というのは合っていると思います」
画面には、森川美紀の名前と活動内容が並んだ。
美紀は登録へ触れた。
短い音が鳴る。
続けて、別の画面が開いた。
《この活動を公開しますか》
下には、
《公開しない》
《近隣に公開》
《通過圏内に公開》
と並んでいた。
美紀の指が止まった。
「記録するだけでもいいんですか」
「もちろんです。公開しなければ、美紀さんと家族だけが見られます」
「公開すると?」
「同じことをしてみたい人が、記録を読めます」
美紀は《近隣に公開》へ触れた。
次の画面には、
《質問を受け付けますか》
と表示された。
「質問というのは?」
「方法を聞かれたり、自分のものにも使えるか相談されたりします。答えたくないものには、答えなくて構いません」
美紀は入力欄を見たままになった。
赤い袋の母親が、また聞いてもよいかと尋ねたことを思い出す。
「質問なら、受けてみます」
《受け付ける》を選ぶ。
さらに、
《対面での相談を受け付けますか》
と表示された。
美紀は首を横に振った。
「家へ来てもらうのは、まだ」
「では、受け付けないにしておきましょう」
画面には、
《公開範囲 近隣》
《質問受付 受け付ける》
《対面相談 受け付けない》
と並んだ。
「全部、あとから変えられます」
女性が言った。
「質問が増えたら、受付を止めてもいいんですか」
「いつでも止められます。公開だけ続けることもできます」
美紀は表示を確認し、決定へ触れた。
航が横からのぞき込む。
「もう終わり?」
「終わりみたい」
「何したの?」
「お母さんが今日したことを残して、近くの人にも見えるようにしたの」
「ぼくは?」
「航は直してないでしょう」
「糸を選んだよ」
「途中でハルと遊んでたでしょう」
「その前は見てた」
女性が航へ尋ねた。
「航君も残したいですか」
航は考えた。
「いらない」
「どうして?」
美紀が聞く。
「ぼくは覚えてるから」
そう言って、航はハルのところへ戻った。
女性が帰ったあとも、美紀は端末を食卓の上へ置いたままにしていた。
夕方、直人が帰ってきた。
航が玄関へ走る。
「お父さん、お母さんも登録したよ」
「何を?」
「袋を直すの」
直人は靴を脱ぎながら、美紀を見た。
「登録したのか?」
「今日したことを残しただけ。近所には公開することにした」
直人は美紀の隣へ座り、画面を読んだ。
「いいじゃないか」
「驚かないの?」
「驚いてるよ。でも、前から航の袋や、俺の服も直してただろ」
「家のものだから」
「人のものでも直せたんだろ」
「今日はね」
「それに、その子は自分で直したんだろ」
「少し手伝っただけ」
直人は画面の言葉を指した。
「『一緒に考える』って、そのままだな」
美紀は画面へ目を戻した。
航が二人の間からのぞく。
「お父さんも登録してるの?」
「してるよ」
「いくつ?」
「二つ」
直人は引っ越して一週間もしないうちに、設備の更新について相談したことと、保全手順を確認したことを登録していた。
「じゃあ、お母さんは一つ」
「数えるものじゃない」
直人が言う。
「でも、お母さんの名前も出たよ」
航は画面を指した。
直人もそこを見る。
「そうだな」
美紀は自分の名前を、もう一度見た。




