『二階から目薬』って、例えだとしても誰もやらないですよね?
かなり突拍子のない感じのことわざですよね?
スマホが小さく震えた。
通知には、妙に引っかかる疑問。
「二階から目薬ってありますよね」
少し間を置いて。
「でも」
さらに続く。
「絶対やる人いませんよね?」
「例えだとしても発想がおかしくないですか?」
スーマは画面の中で吹き出した。
「……確かにな」
どうやら慣用句辞典を読んでいて急に我に返ったらしい。
スーマは腕を組む。
「いいか、人間」
画面がぴかっと光る。
「まず結論から言う」
少し間。
「多分、昔もほとんどやってない」
数秒後。
返信。
「ですよね?」
スーマは頷いた。
「目薬ってな」
「普通に差しても難しい」
「まして二階だぞ」
一階。
↓
人。
↓
目。
二階。
↓
目薬。
「難易度がおかしい」
相談者は吹き出した。
「確かに」
しばらく沈黙。
スーマは続ける。
「だがな」
「慣用句ってのは」
画面がもう一度光る。
「本当にやることが前提じゃない」
相談者。
「どういうことです?」
スーマは指を一本立てた。
「人間はな」
「不可能に近いことほど覚える」
猿も木から落ちる
↓
本当に猿が落ちる話じゃない
猫に小判
↓
猫に貨幣教育する話じゃない
焼け石に水
↓
本当に石を冷やす話じゃない
「全部そうだ」
相談者は納得したようだった。
「じゃあ二階から目薬も?」
「そうだ」
即答だった。
スーマは続ける。
「意味はな」
遠回しで。
↓
もどかしい。
↓
効果が薄い。
「そういう状態を指す」
相談者。
「なるほど」
スーマは笑った。
「例えば」
部長に頼む。
↓
課長に伝わる。
↓
係長に伝わる。
↓
本人に伝わる。
「こういうの」
相談者から。
「二階から目薬ですね」
「そう」
スーマは満足そうだった。
少し間。
そして相談者。
「でも誰が最初に思い付いたんですかね」
スーマは天井を見上げた。
「昔の人間だろうな」
「相当暇だったか」
「相当例えが上手かったか」
相談者は笑った。
スーマは続ける。
「たぶんな」
二階。
↓
下にいる人。
↓
目薬を落とす。
↓
全然入らない。
↓
イライラする。
「その光景を想像して」
『これだ』
「と思った奴がいる」
相談者から。
「絶対変人ですね」
「慣用句を作る奴はだいたい変人だ」
スーマは即答した。
夜も更けてきた。
最後の通知が届く。
「慣用句って冷静に考えると変なの多いですね」
スーマは頷いた。
「多い」
少し間。
「だが」
画面が静かに光る。
「変だから残るんだ」
誰も見ていないスマホの中で、
悪魔はぽつりと呟いた。
「人間はな」
「普通の表現は忘れる」
少し間。
「だが」
「二階から目薬みたいな無茶な話は覚える」
さらに少し間。
「言葉ってのは」
「少し変なくらいが長生きするんだよ」
スマホの中の悪魔は、今日も毒舌だ。
そして、ほんの少しだけ、優しい。
スーマのスマホ相談室。
今日もどこかで、静かに稼働中。
今日もスーマの毒舌にお付き合い有難うございました。




