02.よくある厄介な依頼(2)
はいはい、と久墨がやはり上機嫌で手を叩いた。途端、ざわついていた会議室が静まり返る。
「みんなもう、久しぶりに同じ仕事だからってはしゃぎすぎだよね! いやー、私も参加したかったのに、残念。たまには参戦したいんだけどなあ」
――久墨さん、まさかの待機!? 久墨さんが出る程ではないけれど、上司2人は出ないといけない依頼? まだ油断できないけれど、ちょっと希望が見えて来た。
真白は心中でガッツポーズした。
「とまあ、真白が本当に嬉しそうなのが気掛かりだけど、ぶっちゃけ衣雪も情報説明の為にここにいるだけだから――実際に参加するのは直影だけだよ。残念だったね、真白」
「ええ! やった、大したことなさそう!」
「うーん、正直!」
なんだ、と肩の力を抜く。直影がいるのも気には掛かるが、まだ許容範囲内だ。真白、アルブス、グレンだけのメンバーだと経験が圧倒的に足りない。そこにベテランである直影を突っ込む編成は悪く言えばよくあるからだ。
「うっかりで全てが失敗するかもしれない依頼だから、本当に気を付けてよ? 今回の依頼は――護衛依頼!」
よくある厄介なお仕事――護衛。
護衛をお願いする人間というのは、須らく危険に晒されている状態という事になる。故にトラブルは避けられないし、真白の記憶だけでも護衛で何からも襲撃されなかった経験はまずない。
言葉の響きだけ聞けば穏便に済みそうな気がしなくもないが、実際にはダイレクトに荒事の依頼なのである。
案の定、酷く面倒くさそうな表情を隠しもせずアルブスが続きを促した。
「護衛? 私には向かないだろうが、まあいい。それで? 場所はどこだ。今日は浮かれ過ぎだろう、さっさと説明せよ」
「大量の前金を貰っているからね。うーん、やはり金。金さえあれば私をやる気にさせられるからね。
場所はパールシティ。みんな、1回くらいは行った事があるかな。大きな港町だよ」
「ふむ。トロップフェンの本拠点もあるな」
直影の補足説明にグレンがぐったりと溜息を吐いて頭を振る。
「やはりパールシティってキナ臭い町だったのですね」
「そうだぞ。ただし――同業者とはいえ、トロップフェンは我々小さな何でも屋とは比べ物にならない規模の宗教教団。町に入っても何ら咎められはしないだろう。入っただけならば」
トロップフェン教団。
海の意を持つ神格存在、メーアを信仰する正規教団だ。この場合の正規とは、スケープゴートのように神格存在から認識され、存在を許された上で加護だか祝福だかを授けられた団体を指す。
スケープゴートが身代わり生成機能を持つように、トロップフェンも何らかの権能を持つ超常組織という訳だ。
スケープゴートはそういった活動をしない為、ピンとこないかもしれないが大抵の神格存在を信仰する教団は最終目標が神格存在の顕現になる。
神格存在研究者によると、どの神格存在であれ顕現した瞬間世界が終わるらしいので、教団などシンプルに犯罪者集団である。ただ、今はこの教団やら調停機構やらの組織関係は無関係なので割愛する。
アルブスが顔をしかめた。
「パールシティへ赴き、護衛対象を町の外へ連れ出す――大方そういう依頼か? トロップフェンのお膝元でやるべきではない依頼だ」
「もしかして、トロップフェンとやり合う事になります?」
それは由々しき事態だと、真白は顔を青ざめさせる。
子供が竹やりを持ってライオンに突っ込むような暴挙だからだ。が、不参加の久墨はあっけらかんと問いに頷いた。
「そうなんだよね。いやそもそも、トロップフェンから逃げ出す依頼人を町の外まで護衛する依頼だし」
「終わった……せめて安らかに逝けますように……」
「真白、今月はあんまり死なないでね? 先月も経理のおばさまから人員配置を考えろって具体的なお叱りを受けたばかりだからさあ」
「ご尤もでは? 経理さんもっと言って!!」
「あと、トロップフェンは太客でもあるから。あんまり滅茶苦茶したりしないように。金払い良いんだよねー。碌な依頼持ってこないけど」
こういう仕事をしていると昨日の敵が今日の客になるのはザラだ。
皮肉な事にスケープゴート従業員の替えはいくらでもきくが、ゾンビ戦法で本当に何でも仕事を受ける何でも屋の身代わりはいないのである。そうなってくると、他の何でも屋が受けない禄でもない依頼を昨日の敵が持ってくる事になるのだ。
大規模団体・トロップフェンと敵対が確定したという事態に、流石のグレンとアルブスも顔色を悪くしている。というか、そういう依頼ならむしろ上司が直影のみなのが不思議だ。捨て依頼だろうか。前金は貰っているそうだし。
「じゃあ、衣雪。収集した情報の説明をよろしく」
「やっと私の出番か。この後の仕事が押してるから、巻きで」
「勝手に巻くじゃん……」
衣雪がどこからともなく女性の写った写真を取り出し、机に並べた。
茶色の長髪に穏やかそうな面立ちの女性だ。
「彼女が依頼人のリーグレット。護衛対象だ。トロップフェン教団に所属する富豪の娘で、教団内でもそれなりの地位を持っている。世襲だけどね。表向きにはシーウォータグループのシーウォータ生命で勤務。平日はグループ所持のビル内でお仕事中ってね」
シーウォータグループとは、トロップフェン教団上層部が幹部として君臨するグループであり、生命保険だの不動産だの、一通り抑えている巨大なグループでもある。
トロップフェンを知らずとも、シーウォータグループを知っている者は多くいるだろう。
続いて、スクリーンに町の地図を映し出した衣雪が一点を指さす。
「リーグレットは現在、監視が付いている。日常から懸け離れた行動を取ればすぐに声を掛けられるだろう。お前達は依頼人をビルまで迎えに行かないといけない。場所はこの辺」
「パールシティのど真ん中ではないか……」
アルブスがやはりうんざりしたように呟いた。
町中を相当車で走らなければならないと確定したからだ。しかも緩く監視されているようなので、逃げ出したと分かればすぐにでも追っ手を差し向けられるだろう。というか――
「ええ? この人、何をしたら教団から監視されるような事になるんですか?」
「なかなか鋭いな、真白。お前も成長したんだな……。トロップフェン教団も当然、カルト教団だからな。彼女は今期の生贄らしい。あんまりこの辺は詳しく教えてくれなかったし、調べても出て来ない。真っ黒だな」
「ああ、生贄になりたくないから逃げだしたいって事ですか。もっとこう、カルト教団って生贄に選ばれたら大喜びするものかと思っていました」
「辺鄙な村の小さな教団と一緒にするな。これだけ人間がいれば、自分が生贄になるのはゴメンとかいうヤツ、大喜びで生贄になるヤツ、色々だ。が、生き残らなければ上層で美味い汁も吸えないからな。本質は自分以外を生贄に捧げたい奴等ばかりだろうさ。捧げられるより、捧げた方が功績がでかいからね」




