37.非日常と日常の狭間で
「というわけで、【ROSELIA】とは予定通りバトルをすることになりました」
アリスは項垂れながらそう報告した。
「なんでそんな落ち込んでんの?」
「なんか、喧嘩腰になっちゃったから……」
「先に不遜な態度を執ったのは向こうですし、アリスさんが気にすることではありません。元々決まっていたこと、変わらずバトルに向けて対策を講じるだけです」
「そうですね。勝つことだけに集中しましょう」
そんで、とココア。
「具体的な対策どーする? 態度がムカつくのはともかく、ガチで強いのはたしかだし」
「小細工を弄して勝てる相手ではありません。特にリーダーのホロウさんは」
「そんなにですか……?」
空中にウインドウを開き、動画配信サイトで公開されている【ROSELIA】の戦闘風景を映し出す。
皆がそれぞれ方向性の違う強さを見せている中、ホロウだけは別格であった。
「あの感じでSTRとINTにステ振りした超攻撃特化。元々キックボクシングか何かやってたっぽくて、身体の使い方が抜群に上手いし。そんで大剣の物理でぶん殴る方もパないけど、ガチでエグいのは魔法」
「NEOは、魔法に進化を設けています。通常魔法、上位魔法、最上位魔法……魔法の練度や使用者の特性など、様々な条件により魔法は多岐に渡って進化しますが、その頂点とされる区分が古代魔法。NEOに於いて、ホロウさんは現状唯一、確認出来ている古代魔法の使い手。【零時魔法】……氷属性の古代魔法です」
画面に映されたホロウは、たった一人で数十人のプレイヤーを倒していた。
それもたった一撃で。
「超広域超高火力の殲滅型。爆撃機が人の形してるみたいなもんてコート。てかただのマップ兵器。狭いフィールドなら一瞬でゲームオーバー的な?」
「今の広範囲技は仲間も凍らせるので、使う場面は限られますが」
「凍結の耐性スキルは必須ということですね……」
自分なりに対策を講じたユイだったが、それはシズクによってバッサリと切り捨てられてしまう。
「必要ありません。無意味です。耐性スキルくらいで対策出来る相手なら、他の誰かが土を付けていますから」
「な、なるほど……」
「バトルは二週間後。それまでに今よりパワーアップしなきゃいけないんだね」
「私の方で何か有益な情報がないか探ってみます」
「私たちも頑張んないと。ね、ココアちゃん」
「んぁ? なんで名指しされたの?」
「え、だってもうすぐうちの学校テストでしょ?」
「…………」
「まさか……勉強してない、なんてこと……」
「……ふぅ。今から学校にグレネード投げにいこーぜ」
「学力にステータス振ったらどうですか?」
ココア、ゲームとオシャレに特化した、花も恥じらう女子高生である。
――――――――
prrr……prrr……
「もしもし」
『おつかれ真幌』
「黎果、何の用?」
『用が無くちゃ連絡しちゃいけない? アリスはどうだった?』
「……べつに。これといって印象は無いわ」
『どうせ真幌のことだから、戦うまでもないとか言って嫌な態度執ったんでしょ』
「…………」
『図星? アハハ、やっぱり』
「約束は覚えているでしょうね」
『アリスに勝ったらバトルしてあげるって? わかってるわかってる。ちゃんと約束は守るよ。勝ったら、ね』
『あの子に私が負けると思っているの?』
「さあ、どうかな。負けるかもしれないし、負けないかもしれない。勝負はわかんないよ。やってみなくちゃ」
『わかりきってる。あの子と私じゃあ』
『けど、真幌も私に勝ったことはないでしょ?』
電話口でホロウこと空木真幌は押し黙った。
『楽しんだ方がいいよ。アリスは他のプレイヤーとはちょっと違うから。じゃ、用はそれだけ。またコラボしよーね。あと今度ご飯――――――――』
黎果の言葉を遮り通話を終える。
「わかったわ。あの子の首を持って、またあなたに挑む。勝つのは私よ」
――――――――
九星ノ宮女学院、プライベートトレーニングルーム。
学年一位の成績を修める生徒が使用を許された特別施設。
「ふぅ……っ!」
唯華が見守る中、雫はとんでもない速さで光が点滅した箇所を叩いた。
スープリュームビジョン……視覚トレーニングと身体の協調動作を鍛えるトレーニング機器である。
「おお……」
「ふうっ……こんなものですね」
「さすがですね。満点のスコアなんて」
「子どもの頃からやってましたから。慣れですよ。コツがあるだけです」
汗だくになった身体を拭い、栄養補給にプロテインを摂取する。
「ぷは……。唯華さんの方はどうですか?」
「少しは身体が動くようになったのでは、と。さすがにアリス様程とはいきませんが」
「前にも言いましたが、アリスさんを参考にすると身体がいくつあっても足りませんよ。そもそも身体つきが違うんですから。同じ事をしようとしても無駄です」
「あれだけ身軽に動けたら楽しそうですよね」
「子どもの頃にマンションの屋上からベランダ伝いに飛び降りたら警察沙汰になったらしいですよ」
「奔放なアリス様……なんて可愛らしい……」
「まったく。この後マッサージの予約を入れていますが、唯華さんも一緒にどうですか?」
「はい、お供させてください。そういえば、今日でしたよねアリス様と心愛さんの学校のテスト。どうなったのでしょう?」
決まっています、と雫は肩を落とした。
「どうせ赤点で補修ですよ」
――――――――
尚、どうせ赤点で補修が決定した少女こと綾戸心愛に、担任の尾道麻紀三十歳は頭を悩ませた。
「綾戸さん、あのね」
「補修とか大丈夫だって麻紀ちゃんせんせー」
「大丈夫とかじゃなくて、このままだと本格的に留年が視野に入ってるっていうか」
「いざとなったら中退するから大丈夫。ウチもうプロだし」
ドヤって親指を立てる心愛に、苦笑いするしかない。
尚、担任である彼女はアリスと心愛の事情を把握している。
話を聞かされたときは驚いたもの、活動には寛容で積極的な応援の姿勢を見せている彼女だが、担任として成績の低下には目を瞑れないというのが現状だ。
「今はそうかもしれないけど、万が一離職するなんてことになった場合に……ね? 昔とは就職環境が変わったといっても、高校中退で世間の目が白いのは変わらないというか……。ほら、今中退しちゃうと修学旅行にも行けなくなっちゃうし、文化祭とか体育祭とか、三年間楽しかったねーって卒業旅行にも行けなくなっちゃうよ?」
「えーそれ無理すぎるよぉ。麻紀ちゃんせんせー何とかしてー」
「何とかしてあげたいのは心の底からそうなんだけど……」
と、机の上のテスト用紙に目を落とす。
「五教科で二百五十点……平均は取れてるのに、ね」
国語……百点。
英語……百点。
社会……三十二点。
理科……十五点。
数学……三点。
「ガチめに文系で草。てか百点取ってんのすごくない?」
「すごい。本当にすごい。国語と英語は学年トップなの先生本当に誇らしい。でも、でも!」
赤点三つ。
揺るぎない事実である。
「とりあえず、補修は絶対で。これサボっちゃうと本当に内申に響くからね」
「はーい……」
「二人の事情は他の先生方の何人かも知ってるし、ある程度のことは赦されるとしても、次のテストでこんなことになったら」
「おけ。わかった。じゃあ帰るね」
「あ、綾戸さん?! まだ話は終わってないよ?!」
「今からアリスとクレープ食べ行くの。麻紀ちゃんせんせーも来る?」
「え、いいなぁ行こうかな……じゃなくて、綾戸さん!」
「バイバイ、また明日〜」
制止をきかず、心愛はびゅーんと駆けていった。
「おっ待ったせ〜」
「もうお話終わったの? 大丈夫だった?」
「ヨユーに決まってるって。ウチってやるときはやる女だから」
「なら、いい……のかな?」
「よきよき♡ さ、クレープ行こ〜♡」
と、心愛はアリスの腕に抱きついた。
アリスを独り占め出来るのは、同じ学校に通う心愛の特権だ。
「そういえば、土地の購入申請通ったっぽいよ。雫から連絡来てた」
「ほんと? ウラちゃんに連絡しなきゃね。どんな家が出来るかな。楽しみだね」
「ウチとアリスの愛の巣的なね」
「もう、みんなのギルドホームでしょ」
駅前のキッチンカーで、お揃いのクレープ――――山盛りバナナチョコレート――――を注文するのもまた。
「いっただっきまーす。ん〜うっまぁ。勉強頑張ったから糖分捗る〜」
「おいしいね」
「ニシシ、アリスほっぺにクリームついてる」
「ほんと?」
「取ったげる。んぁー……」
ペロッ
「はい取れた」
「ありがとう」
アリス、普段から強めのスキンシップを受けているためクリームを舐め取るくらいのことでは動じない女。
(次から顔中舐め回してやろうかな)
と、心愛が邪なことを考えていると、隣のベンチに座る女子高生二人の会話が聞こえてきた。
「何見てんの?」
「ホロウ様のゲーム動画」
「あーVTuberの? あたしほとんど知らないんだよね。おもろいの?」
「最高だよ。ホロウ様ビジュ良すぎだし、めっちゃ強いし」
「でもホロウって何か愛想悪くない?」
「そこがいいんじゃん。NEOで一回でもいいから会ってみたいなぁ」
「どんだけプレイヤーいると思ってんの? てかそんなリアコなわけ?」
「めっちゃリアコ。ホロウ様になら首絞められてもいい」
「こわ」
どうやらNEOプレイヤーらしい。
身バレ防止のため、二人は自然と口数を減らした。
「そういうあんただってアリスのリアコじゃん」
「ぶふっ?!」
そんな声が聞こえて、アリスは盛大に咽てしまった。
「だってアリスちゃん超可愛いじゃん。あんな見た目で鬼強いのギャップエグくて死ぬ。てか見てこれ。好きすぎてイラスト描いたわ」
「鉛筆書き上手くて笑う。てか何このネコ耳。妄想ヤバいでしょ」
「癖なんだからいいだろ」
アリスはこっそり、スマホでそのイラストとやらを検索した。
今までチェックしたことはなかったが、それなりの数のイラストがSNSに投稿されている。
鉛筆書きのネコ耳イラストと聞いて、これだと確信。
直接伝えられない代わりに、SNSで感謝を述べた。
すると、
「ぎゃあああ!!」
事件性のある悲鳴が上がった。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!! アリスちゃんからコメント来た!! 『可愛い!絵描くの上手ですね!応援ありがとうございます!これからも頑張ります!』だって!! きゃああああ!!」
「えーよかったじゃん」
隣でニヤニヤするアリスの肩を、心愛は意地悪に肘でつついた。
「ニヤけすぎ」
「だってぇ」
アリスは嬉しそうにスマホの画面に目をやった。
さすがに挙動不審かと、心愛はアリスの腕を引いてその場を去ることを決めた。
「百万回スクショした。もう一生推す。好きすぎるアリスちゃん。帰ったらまた描こ。次はシズクちゃんとツーショとか」
それを聞いた心愛はすかさずコメントを投下。
「いやあああ!! なんで?! ココアちゃんからもコメント来た!! 『アリスはウチの嫁』?! ヤバすぎる嘘でしょほんとヤバいぃ!! どうなってるのこれぇ?!!」
心愛は狂喜乱舞する少女を背に、べーっと舌を出した。
その夜、事情を聞いた雫がさらにコメント。
それを期に少女、神絵愛梨、ペンネームIRISは注目を浴びフォロワーが一万人を突破。
後に【不思議の国のアリス】筆頭絵師として名と腕を上げていくことになるのだが、それはまた別のお話である。




