36.まだ早かった
「説明くらいしてくれるってことで、いーんだよね?」
ココアとシズクはすでに、この案件を破棄せんとばかり険悪な雰囲気を前面に押し出していた。
唯一清涼剤たるユイも、今にも胸ぐらを掴みかかりそうな二人の剣幕に黙らざるを得なくなっている。
「……本当にゴメンなさい。うちのリーダーが失礼な態度を執りました。けど」
「"けど"も"でも"も不要です。そもそもこの案件はそちらからの申し出。リーダーにやる気が無いなら我々が受ける必要はありませんから。この件は白紙ということでよろしいですね?」
「帰ろ帰ろ。もう萎えた」
「ま、待って違うの!」
「あ、あの……お二人とも、一旦冷静に。アリス様も飛び出してしまいましたし、話くらい……。そうだ、お茶を淹れ直しますね。【ROSELIA】の皆さんもよろしければ」
ユイ本人もこの状況に思うところはある。
しかし、メルティアを槍玉に上げるのは違う気がした。
「ありがとう……。【不思議の国のアリス】とバトルするのを楽しみにしてたのは本当なの。私たちはもちろん、ホロウも。なのに……」
「何故、ホロウさんはあんな態度を? 心当たりは?」
「それは……」
――――――――
「ホロウさん!」
湖畔にかかる橋の上で、アリスはホロウを呼び止めた。
「あの!」
「言いたいことはわかってる。私の態度が問題なのはいつものことだから」
「そ、そうじゃなくて……あの、ガッカリしたって言ってましたよね。それってどういうことですか?」
「言葉のとおりよ。深い意味は無いわ」
「私たち、そんなにつまらなそうに見えましたか?」
ホロウは振り返ると、目の前の小動物のような少女を見て小さく息をついた。
「元々べつに乗り気ではなかったの」
「それは、私たちとのコラボのこと、ですか?」
「ええ。運営が勝手に企画しただけ。いつものことよ。私たちより弱い相手に時間を費やすなんて無駄なことはしたくないって言っているのに。けど、今回だけは少し違った」
「違った?」
「運営から話が上がったのと同じくして、あのレイが私を焚きつけたのよ。あなたと戦ってみろって」
「レイさんが?」
「あなたは随分、レイに気に入られているのね。こんなことを言われたわ」
『ホロウも気に入ると思うよ。もしかしたら負けちゃうかもね』
「レイとはNEO以外でも何度となく対戦したわ。一度だって勝ったことはないけど。……トッププロですら、レイには足元にも及ばない。そんな彼女が、私の強さを知っておきながらも一人のプレイヤーの肩を持った。Project Storm入りを果たしたプロとは、どれだけすごいプレイヤーなのだろうと、柄にもなく胸を高鳴らせたわ。だから落胆したの。会ってみれば覇気の欠片もないただの子どもだったから」
こんなプレイヤーがレイのお気に入りなわけがない。
ホロウは落胆と同時、怒りを覚えたと言った。
「レイさんとは、友だちなんですか?」
「向こうがどう思ってるのかは知らないけれど。あなたのような子どもに目をかけるだなんて、レイの目も曇ったものね。あなたは悪くないわ。勝手に期待した私がいけなかったんだから」
「ホロウさん……」
「運営には私の落ち度して報告するわ。今回のことは忘れて。それじゃ」
再び踵を返したホロウの背中に向かって、アリスは大声をぶつけた。
「じゃあ、期待どおりならいいんですよね!」
「……なにを言ってるの?」
「私たちはまだ新米で、ホロウさんたちのいるところには簡単に追いつけないかもしれない。だけど、私たちが目指してるのは最強です! まだ誰も見たことがない景色を、自分たちの目で見るために頑張ってきました! 実力も経験もまだ中途半端だとしても、私たちの思いは本物です!!」
アリスは目に強い光を宿した。
冷たいホロウの心に差し込むほどの。
「ホロウさん、私たちとバトルしてください! そこで証明します! 私たちが世界の誰より強いこと!」
「……それは、私たちを倒すと、そう言ってるのかしら」
「はい!」
あまりにも実直な物言いに、ホロウは一瞬目を丸くした。
いつ以来だろう。
対戦相手が、自分たちの勝利を信じて疑わない目をしているのは、と。
「本気?」
「はい!!」
「……そう」
その意気込みを咀嚼し、飲み込んだ瞬間。
湖が凍った。
「!」
息は白く、身体が冷気でかじかむ。
しかしその震えは、強大な相手に対峙したときのそれであった。
「なら、私は本気であなたを叩き潰すわ。思い知らせてあげる。プロになるのは、まだ早かった……って」
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