31.本気で
【天蓋樫】はNEOにおいても珍しいワンフロアギミックである。
罠のある迷路のような階層が複数あるわけではなく、開けた空間に一本の巨木が生えるだけの草原のフィールドに、ウッドゴーレムやアイアンウルフなどのモンスターが無限に湧き続ける仕様。
その最大の特徴は、ボスモンスターを討伐せずとも任意でダンジョンから出る事ができるという点だ。
「おい今おれがとどめを刺そうとしただろ!」
「モタモタしてるのが悪いんだよ!」
またこの特殊な仕様により、通常モンスターの討伐は遭遇した者にあるという権利が成立せず、完全な早いもの勝ちというプレイヤー間のルールが暗黙の内に成立している。
スポーンするモンスターのレベルは完全ランダムであり、強いモンスターほど良質な素材をドロップする。
その強さにも振り幅があるため、多少の金額がかかっても熟練の戦闘職に依頼するのが普通であり、【大地の語り部】も例外無く提携するギルドに素材採取を要請していた。
「そォの調子ですよォ〜。ガ〜ンガン素材を集めてくださいねェ〜。フフフ、これぞ資金力。どこもかしこも地道にご苦労さまですゥ。あ、さて〜瓦礫の城のお嬢様はァ、どォこでせっせとゴミを拾っているのや〜らァ」
護衛に囲まれながら、ん〜っ……とやらしい顔で辺りを見渡していると、ふと目の前のマホガニーベアーが素材に変わった。
「ん?」
だけでなく、フィールドに湧くモンスターが次々と姿を消していく。
他のプレイヤーを置き去りにするような黒い風が一陣。
ようやくその姿を目視出来たのは、一際巨大なウォールナットザウルスが地響きを立てて横たわったときだ。
「んん……?!」
剣を払う様に、その場の誰もが息を呑んだ。
「よっし! また素材ゲット!」
「いいぞーアリス。きゃわだよー」
「ココアちゃんよそ見してるとやられちゃうよ?」
「モンスターにやられるザコじゃありませーん」
ガブッ
軽トラックほどある鋼の狼がココアの腕を噛み千切った。
「ココアちゃん?!」
「触手」
噛み千切られた腕から伸びる数本の触手が絡みつき狼を絞め殺す。
「じゃれんな」
素材を落として狼が消える。
触手は不気味にうねると収縮しまた元の腕へと戻った。
「やっぱり便利だねそのスキル」
「んー。結構いい感じ」
モンスターを倒しながら雑談に興じる二人に、ウラは口を大きく開けて沈黙した。
「どうしたの、ウラちゃん?」
「あ、あんたたち、何者? 何その強さ……」
「通りすがりの美少女的、なっ」
呆けるウラの背後に立つゴーレムをココアが一閃。
鎌を担いでウラに向き直る。
「ぼーっとしてんなよ」
「わ、わかってるわよ! フンッ!」
ハンマーでもう一体のゴーレムに攻撃。
大振りだが動きがのろいゴーレムには容易に命中した。
が、その瞬間爆発したように身体が弾け飛び、ドロップした素材ごと爆散した。
「何やってんだ粉々じゃねーか!」
「しょ、しょうがないでしょ! こういうときだってあるわよ!」
装備同様アイテムにもレアリティがあるが、それはドロップ率だけでなく、素材としての有効さ、状態を表すものでもある。
またモンスターの素材においては、倒し方次第で素材の質が変わる。
モンスターにもよるが、ただ力任せに倒すだけではいいアイテムはドロップしないのがNEOの難しいところだ。
「強いのと力任せは別の話なんだよ」
「うっ……」
その様子にドルフはやきもきした。
「ななな、なァんだあの貧乏人共は! とんでもなく強いじゃないか! 【緑の家】にあんな連中がいるなんて聞いていないぞォ! おおお前らァ! こっちは高い金を払ってるんだァ! 負けずにモンスターを狩れェ!」
「くそっ、勝手なこと言いやがって! 出来るもんならとっくにやってんだよ!」
「速いし、それに巧ますぎる! どんなモンスターでもクリティカル100パーってなんだよ!」
「いや、待て……あいつらって、たしか」
そんな喧騒は他所に、地面の中に身を潜ませていた鉄のモグラの身体に剣を滑らせるアリス。
「ふぅ、これで五十体は倒したかな。この調子でどんどん飼っていくぞ」
フンスと気合いを入れた直後、プレイヤーたちを地響きが襲った。
大地が割れ、フィールドの中央に生える巨木が隆起する。
巨木はめきめきと音を立てながら、やがて巨大なドラゴンへと姿を変えた。
天蓋樹竜コウヨウ。
一定時間内にモンスターを一定数撃破することで現れるダンジョンのレイドボスであり、レベル50オーバーの二つ名モンスターである。
「こ、このダンジョンでボスゥ?! こここ、こんなこと今まで無かったぞ! チャ、チャンスだ! モンスターは倒した者勝ち! いけェお前たちィ! 根こそぎ素材を奪ってやれェ! ……へ?」
プレイヤーたちは躍起になって巨大なドラゴンへと駆けていく。
が、そのどれもが爪の一裂きに、新緑のブレスに、翼のはためきと共に射出される丸太の槍に散った。
「お、おォい! くっくそっ! 誰か! 他に誰かいないのかァ!」
戦々恐々とした様に半狂乱気味のドルフを尻目に、ココアが飄々と隣とアリスに問う。
「さーてどうする? あたしら二人ならやれんことはないけど、その代わりにウラをぼっちにさせちゃう」
「ココアちゃんがおんぶするとか」
「やだよめんどい」
「じゃあお姫様抱っこ」
「悪いなあたしの抱っこはアリス専用なんだ」
コウヨウはズシンと重く歩を進めるだけでプレイヤーたちを怯ませるが、二人はそよ風でも浴びるかのように涼しげな表情。
「っ、撤退するわよあんたたち!」
ウラが意を決した風に判断を下すが、アリスとココアはキョトンとした。
「なんで?」
「なんでって、あんなのに勝てるわけないじゃない! 素材は充分集まったし、ここでやられたら全部水の泡になるのよ!」
「やられたらだろ。なんで負ける気でいんの。意味わからん」
「ウラちゃんウラちゃんっ。あのモンスター、きっといい素材をドロップするよ。そしたらウラちゃん、私たちのギルドホームを作ってよ」
「べつに……あんたたちくらい強いなら、どこでだって家の一つや二つ買えるでしょ! なんで、なんでそこまでしてくれるのよ!」
「ウラちゃんの作った家があったかかったから。それだけじゃダメ?」
皆誰しもゲームに対するモチベーションがある。
強さを競いたい、実力を磨きたいと様々だが、その根幹にあるのは楽しいという絶対感情だ。
だからこそウラは周囲からバカにされようと生産職を辞めなかったし、一人でも諦めずに一流の建築士を目指した。
アリスが感じたのは腕よりもその気概。
「本気には本気がいい。私たちに相応しい家は、ウラちゃんに作ってほしい」
あまりに真っ直ぐな物言いにウラは言葉に詰まった。
真っ直ぐだからこその熱い思い。
「なろうよ世界一」
混じり気の無い純粋さが彼女の強さなのだと人知れず悟った。
幼い頃からもの作りが好きだった。
クラフトゲームにハマってからはそればかりで、フルダイブでの建築は一層彼女の創作意欲を掻き立てた。
【緑の家】を作り、仲間と日々創作の何たるかについて語り合う日々。
だが、
「お前とやってると息が詰まるんだよ」
方向性の違いとは俗な言い方だ。
その熱量は他者に伝播せず、一人また一人とウラから離れていき、やがて一人での活動を余儀なくされた。
一人では素材採取も満足に出来ないからと、一人で戦う手段を模索したが、如何せん戦闘には不向き。
安直にSTRを上げたが逆効果。
そんな彼女を周囲は笑い続けた。
他とは違うスタイルであるために爪弾きにされた。
けれど、その少女はウラの本気をそれ以上の本気で受け止めた。
「なろうよ世界一」
止まっていた時間が動き出したかのように。
「……わよ」
ウラは叫んだ。
「なるわよ! 言われなくたって!」
熱い気持ちに揺れ動かされ涙が溜まる。
「ニシシ、いいじゃん」
ココアが歯を見せて笑った後、ひとしきり暴れたコウヨウはアリスたちにターゲットを向けた。
背中から幹を伸ばし槌の形状へと成長させ押し潰そうとする。
アリスとココアが構えた瞬間、後方から三度銃声が鳴り響き槌を押し返した。
「こんなところで何を油を売っているんですか」
「シズクちゃん! ユイちゃん!」
「なんでここに?」
「こっちのセリフですが」
「会って早々ケンカなんて……。よく状況が掴めていませんが、あのモンスターを倒そうとしているということでよろしいですか?」
「そーゆーこと。さーてと、あっちぃのもらっちゃったし。こっからは本気でいくぜ」
「シズクちゃん、ユイちゃん、ウラちゃんを守りながら援護よろしく」
「人使いが荒くて困りますね。私たちのリーダーは」
「そういうアリスさんもステキです」
「最後まで目離すなよウラ。あたしたちは、お前が掴んだチャンスだぞ」
行くよ、とアリスが剣を構え雷を迸らせるのと同じく、ココアも身体から闇を立ち昇らせた。
「モード、【黒雷姫】!」
「モード、【堕天使】!」
紅い黒雷を纏う小さなお姫様と、黒翼を広げる禍々しい堕天使。
たった二人が空気を塗り替えた。
ある者は畏怖を、ある者は高揚を、または驚愕を胸に抱いた。
「お、おい! やっぱりそうだあいつら!」
「拠点を変えたのか?!」
「間違いない……【不思議の国のアリス】だ!!」
「【不思議の国のアリス】……」
ウラは目の前で起きる事態に息を呑んだ。
たった二人。
たった二人が自分の何倍も巨大な相手に果敢に立ち向かっている。
否、圧倒している光景に。
「【フォールダウン】!」
鎌を振り下ろすのと同時に闇の柱が落ちてくる。
コウヨウの頭部に直撃し怯ませたところへアリスの追撃。
「【ソードオブリパルサー】!」
魔法陣から絶え間なく射出される剣の雨が穿った。
「硬いね」
「火力アゲてこーぜ」
コウヨウは動きこそ鈍重だが、鉄以上の硬度と膨大なHP、広い攻撃範囲が特徴のモンスターだ。
モードチェンジによるステータス上昇があるとはいえ、地道な攻撃を続けてはキリが無い。
「そんなモンスター如きになに時間をかけているんですか。もう眠いんですからさっさと決めてしまいなさい」
「うるせーなじゃあお前もやれよ」
「リーダーにこちらの方の護衛を言い渡されたもので。ふわ……」
シズクが呑気にあくびをすると、丸太の槍が流れ弾のように向かってきた。
「まったく……ユイさん、お願いします」
「はい。【風刃】!」
ユイがそれに向かって魔法を放ち威力を減衰させると、シズクはあえてそれを受けた。
【血の聖杯】はダメージにより満ち、彼女という存在を昇華させる。
「モード、【吸血鬼】! 【エカルラートガトリング】!」
真紅を纏った妖魔は血の弾丸を乱射し、コウヨウの巨体を仰け反らせた。
「ナイスシズクちゃんっ」
「ほら、今ですよ」
「しゃらくせーよ」
生まれたチャンスにアリスとココアが魔力を高める。
「【アクセラレーション・フルバーニア】!」
まるで本物の雷のような速度。
本人にさえギリギリの制御で、アリスはコウヨウの頭上を取った。
「ココアちゃんっ!」
「しっかり合わせろよ! 【エンジェリックパニッシャー】!」
「【プリンセスアリア】!」
勢い、タイミング、全てが噛み合った、上下から挟み込む同時攻撃。
黒い火花が炸裂したとき、コウヨウの分厚い外皮に覆われた首が胴体から離れた。
決着……消えたコウヨウの身体の後に出現した山のような資材の前で、アリスはウラに振り返った。
親指を立てて笑う様のなんと無邪気なことか。
ウラは胸のときめきを頬の赤みに出したが、それを見て三人は肩を落とした。
またか……と呆れたように、ほんの少し誇らしげに。
ユニークスキル
【黒雷姫】
AGIを50%上昇。攻撃に雷属性、麻痺属性を付与。
雷属性のダメージを半減させる。制限時間五分。
ダメージを与えられたとき解除される。再使用可能時間二十四時間。




