30.緑の家のウラ
「お二人の方は何か見つけているでしょうか」
景色が一望出来る高台で小休憩中、ユイが飲み物を渡して訊いた。
「こちらは有名どころらしいところは大方見て回って、これといった収穫がありませんでしたからね。けれどまあ、大丈夫でしょう。アリスさんはあれでちゃんとしっかりしていますから。あのクソビッ……ココアさんと違って」
「お二人の犬猿の仲は大概ですね」
「馬が合わないのは仕方ありません。無理に帳尻を合わせるだけ無意味です」
紙コップのコーヒーを一口。
ほろ苦い香気を吐いたところへまた質問。
「馬が合わないのは、同じくアリス様を思っているから……ではなくてですか?」
「……わかって訊くなら、私はあなたも嫌わなければなりませんね」
シズクはジトりとした視線を向けたが、ユイは柔和に微笑むばかり。
「好きにもいろいろありますから。なんて、私の初恋はアリス様ですから、あまりわかった風には言えませんけれど」
「……そんなの」
私だって、と。
シズクは言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「さて、休憩もそこそこに探索を再開しましょうか。なんでも【交易都市】には立派なダンジョンがあるとか」
「ええ、付き合いますよ」
シズクとココア。
女二人でも姦しく。
――――――――
NEOは最も自由度の高いゲームである。
その中でもスローライフに適した職業はじつに人気が高い。
農業関連と並んで数が多いのが建築関連の職業だ。
NEO内にはプレイヤーが建造した建物が多く存在し、中でもNEOに大きく貢献、知名度が高い建築を行った者には、【特級建築士】という称号が贈られる。
最上の建築士のみが持つ至上の名誉である。
「建築ギルド【緑の家】ね。他にギルメンいないっぽいけど、ソロ? 建築ギルドって人手がかかるから、あんまりソロでやってるイメージって無いんだけど」
「うっ……」
ウラは咳払いをして話題を切り替えた。
「コホン! あたしがぼっち……じゃなくてソロかどうかは大した問題じゃないわ! あたしクラスになると建築も設計も素材集めも全部一人でこなしちゃうんだから!」
「すごいすごい! なんか職人さんっぽい!」
「フ、フフン! あんた見る目があるじゃない。本当なら一見さんはお断りなんだけど、特別に中に入れてあげるわ」
「中も何もほとんど吹き曝しだろ」
「あんたは帰れ!」
「ペッペッ! 塩撒くな!」
中に通された二人だが、中も外見に輪をかけたボロさ。
かけた椅子が今にも壊れそう。
「この建物もウラさんが一人で作ったんですか?」
「ウラでいいわよ。敬語もいいわ」
「あ、うん。そうだ、自己紹介がまだだった。私アリス。よろしくねウラちゃん。こっちは同じギルドのココアちゃん」
「ういー」
「それで、この建物ってウラちゃんが作ったの?」
「もちろん。建物だけじゃなくて家具まで全部私の一点ものなんだから」
「へぇ〜。なんかいいなぁ、手作りのあったかみがあるっていうか。私この家好きだよ」
「フフン、わかってるじゃない」
ボロいだけにしか見えない、とココアはアリスに注意されるのを嫌って声に出さずにおいた。
「で? あんたたちはギルドホーム向けの物件を探してるんだったわね」
「うん。人数は四人で……ちょうどいいくらいのを」
「運がいいわね。ちょうどあたしの手が空いてる時で。いいわ、そのギルドホームあたしが手掛けてあげようじゃない」
「結構です」
「大船に乗ったつもりで、ってええ?!」
「どう考えてもハズレ案件すぎる。あたしらが欲しいのは快適にくつろげる場所であって、いつ崩れるかわかんないあばら屋じゃねーんだよ」
「なんですって?!」
ココアとウラが睨み合う。
「てか本当に生産職? 職業は?」
「ちゃんと大工よ! 【木工】も【石細工】も【設計】も、建築に必要なスキルは粗方習得してるんだから!」
「それでこれならバグだろ」
「しょうがないじゃない! あたしSTR特化なんだから!」
「レベルは?」
「30」
「STRが?」
「100」
「なんで生産職がSTRにステ振りしてんだ」
生産職のステータスは、戦闘職の半分。
レベル30の場合HPとMP以外のステータスに触れる値は150。
その半分以上をSTRに振っている計算になるが、基本的に大半の生産職に必要なのはDEXである。
腕に覚えがあればプレイヤースキルでカバー出来るだろうが、建築といった大掛かりなものはそうはいかない。
「いいのよ強いのは可愛いんだから! 可愛いは強いの!」
半ば冷淡に言ったはものの、ココアは元よりアリスもステータスの振り方には偏りがある。
あまり強くは言わない。言えない。
「だいたいあたしのSTRで耐えられない素材が悪いのよ。もっと丈夫な素材ならちゃんとした家が出来るんだから」
「丈夫な素材?」
「オリハルコンでも採ってこいとか?」
「そんな石ころより魅力的なものよ。ちょうどその素材を取りに行こうとしてたの。あんたたちも暇なら付き合いなさいよ」
「うんっ、いいよ」
「アリス〜」
「まあまあ、せっかくお誘いしてくれてるんだし。行ってみようよ。ねっ」
アリスはその外見から大人しそうに見られがちだが、好奇心は旺盛な方であり、ココアやシズクよりも直情的に動くことが多い。
ゲームに対する感覚が鋭敏とでもいうのか、おもしろいこと、楽しいことに対する嗅覚も持ち合わせている。
信じるに値するもの。
だからこそココアは、しゃーなしだからね、と頭を掻いた。
「で? どこ行くの?」
「いいからついて来なさい。一流の仕事ってやつを見せてあげるから」
ウラに連れられやって来たのは、街の高台に聳える巨大な木。
【天蓋樫】……緑が青々と美しく茂る、NEOの絶景の一つに数えられる【交易都市】のダンジョンの内の一つだ。
「でっ……けー」
「ここは建築向けの資材をドロップするモンスターがよく湧く、謂わば建築士たちのオアシス。週に一度しか開放されないんだけど」
「だからこんなに人が集まってるんだ。みんな素材目当てなんだね」
そんなとき、離れたところで男たちがウラを見て言った。
「おい見ろよ。【緑の家】の落ちこぼれが来てるぞ」
「あんまり近付くなよ。おれたちのホームがボロボロにされちまう」
周りに聞こえるように侮蔑する彼らに、アリスはムッと眉根を寄せた。
彼らだけではない、アリスとココアは周囲がこちらを見ているのに気付いた。
誰もかもヒソヒソと気に障るように笑っている。
どうやら嫌煙されているらしい様子だ。
「なんだあいつら」
「……気にしなくていいわ。いつものことだから」
「いつものこと?」
「おやおやァ〜?」
そんな中、一際鼻につく声を上げる男が。
「いやに貧乏くさい匂いがすると思ったら〜フフッ、瓦礫の城のお嬢様ではありませんかァ〜」
「ドルフ……」
「あ、さっきのクソヤロー」
「おやおや、先程の貧乏……コホン失礼。当店に足を運んでいただいたお客様ではありませんか〜」
「……あんたも素材集めってわけ?」
「素材集め〜? いぃやいやそんなまさか、フフフ。そォんな汗臭い地味な仕事。いえねェ、上に立つ者としてたまには現場で働いてくださっている方々に感謝と激励をとねェ、思いましてェ〜。いやァそれにしても大変ですねェ〜スタッフが一人もいないというのは〜。ギルドリーダーがわァざわァざ下働きをねェ、しないといけないなんてェ〜」
「大きなお世話よ」
「ウラさんもねェ〜言ってくださればねェ〜私どもの素材をお譲りしてあげますのにねェ〜。瓦礫の城のお嬢様にピッタリの廃材でよろしければァ〜フフフフフ」
「うっさいわね! どきなさいよ!」
ウラは憤慨して男から離れていく。
アリスは舌打ちをするココアの手を引いて後を追った。
「ウラちゃん、さっきのって」
「……大手不動産ギルド【大地の語り部】、ギルドリーダーのドルフ。向こうも建築を手がけてるんだけど、どうも私が同じ分野の仕事をしてるのが気に入らないみたいで、暇を見つけてはああやって突っかかってくるのよ」
「マジでクズだな。まあギルドの規模と資本は圧倒的っぽいけど」
「他の人たちも……」
「ま、生産職の腕っていうのはステータスじゃなくて、結局はセンスがあるかどうかだから。ボロボロの家しか作れない私はみんなの笑いものってわけ」
「ひどい……」
アリスが寂しそうな顔をしたのを見て、ウラは小さく笑った。
「あんたいい人ね。けど、個人でやってるプレイヤーなんて世知辛いものよ。腕がよくなかったら名前は売れないし、よっぽど運が良くないと見向きもされない」
「ウラちゃん……」
「だからあたしは自分の力でチャンスを掴み取るの。NEOにあたし有りってのを世界に知らしめてやるんだから」
「ふーん……」
「さ、無駄話はそのくらいにして行くわよ。あんたたちもこの街に拠点を構えようってくらいなんだから、少しはやれるんでしょ」
アリスとココアは顔を見合わせ、それから揃って口角を上げた。
「うんっ」
「足引っ張らないくらいには働いてやんよ」
三人は、いざダンジョンへと。




