28.列車旅
「回線が変わると、なんか世界も違って見える気がする!」
「わかる! なんかいつもより滑らか!」
ログハウス型のギルドホームで、そんな風に笑い合う。
「私はまだ慣れません。【不思議の国のアリス】に加入したことも、まだ夢見心地なのに」
「いつまでも初心者気分禁止ー」
ココアがユイに後ろから抱きついて注意した。
「アリスみたいになりたいって人が、いつまでもフワフワしてるのダメだから」
「も、申し訳ありません……」
「まあまあ。それより今日は何しよっか」
「とりあえず拠点の変更を目処にするというのはどうでしょう。それぞれで探索して、良さそうな物件を見つけてくるということで」
「あり!」
「拠点の変更というと、他の街ですよね?」
「そそ。【はじまりの街】は森と草原と荒野と、あとは洞窟がメインなとこあったから」
「【水上の街】、【廃れた都】、【赤の城塞】……いろいろと候補はありますが、やはりここは」
マップを見ながらアリス、ココア、シズクは同時に同じ場所を指差した。
「【交易都市】!」
「さすがに無難か」
「ええ」
理解する三人に一人取り残され、ユイはアワアワとした。
「あ、あの、不勉強で申し訳ないのですが、この街に何かあるのですか?」
「【はじまりの街】が各エリアへの最初の分岐点だとすれば、【交易都市】はそれらの中継所とも呼べる地点なんです」
「中継所?」
「人やら物資やら情報やら、そういうのが一番集まるとこってコト。NEOの中でも、人口集中率が高い場所ってゆーかね。ギルドが拠点構えてるのもここが一番多いかも」
「なるほど、利便性に富んでいると……。あの、では皆さんは何故今までこの場所を拠点にしていなかったのですか?」
小首を傾げ訊くユイにアリスが返した。
「今まではギルドバトルとかイベントの参加とかのためにレベル上げをメインにしてたから、あんまり遠くの方まで行くことって無かったんだよね」
NEOは各市街地を始め、宿屋やギルドホーム、及び攻略したダンジョンにのみ長距離の転移が可能なシステムとなっている。
それら以外の場所には徒歩か専用のアイテムを使うか、乗り合いの馬車などの特殊な移動手段を用いるかしかない。
早い話が街から街への移動は時間と金がかかるのだ。
「そういうの全部後回しにしてたからねあたしら。け、ど」
「多少のしがらみが解けた今、私たちを縛るものはありません。いざ新天地へ、です。【はじまりの街】からは一時間に一度【交易都市】行きの列車が出ていたはず」
「善は急げだね。行こうっ、次の冒険に!」
【不思議の国のアリス】の旅路は、新たな街を目指して。
「これが列車ですか」
黒い蒸気機関車を見上げユイが感嘆の息を漏らした。
「【キャリーオン】が運営する魔導列車です。見た目ほどレトロではありませんよ」
「【キャリーオン】?」
「NEO唯一にして最古参勢の運送ギルドです。線路の開通と駅の設置、列車の開発など、NEOの交通インフラを一手に整備した大手です」
「インフラの整備……そんなことまで出来るんですね、NEOって」
「自由なゲームですから」
「シズクちゃん、ユイちゃん、駅弁何にするー? 焼肉弁当と押し寿司弁当がおいしそうだよー」
「アリスさんのセンスで」
「お前はあたしらのバランでも齧ってろ」
「黙りなさいバラン顔」
「お、押し寿司弁当でお願いします……」
駅弁を購入し列車へ。
数分後、列車は見かけだけの黒い煙を吐き出し、乗客を【交易都市】へと運んだ。
「なんか良い感じじゃん。列車旅って感じ」
車窓の外に流れる風景に目をやりながら、ココアは機嫌良さそうに笑みをこぼした。
「お弁当もおいしいし最高だね」
「アリス様、お口が汚れていますよ」
「んー」
「それにしてもおいしいお弁当ですね」
「美食ギルドの【Frutar】が監修していますから。あそこも【キャリーオン】と同じ最古参勢。NEO内で事業を手広く展開しているギルドです。私たちも何か事業を手掛けてみるというのもおもしろいかもしれませんね」
「たとえば?」
「ストレス解消にココアさんをサンドバッグにするとか」
「お前を射撃の的にしてやろーか」
「は?」
「あ?」
「なんですぐにケンカするんですかこの人たち」
「仲良しだよね」
景色は平原から湖へ。
「アリスさん、私一つ訊きたいことがあったのですけど」
「なーにユイちゃん?」
「【ケルベロス】とのバトルのとき、語気が妙に強くなったときがありましたが……あれはいったい?」
「ぶふっ!!」
「きたねぇ!」
アリスは口にしていたジュースを盛大に目の前のココアに吹き出した。
「けほけほ……なんで急にそんなこと……」
「も、申し訳ありません……。気になってしまって」
少しバツが悪そうにアリスは頬を掻いた。
「私、昔から熱くなると口が悪くなる癖があって……いつもは抑えてるんだけど、あのときはさすがに怒っちゃって……。ううう、恥ずかしいからツッコまないで!」
「あたしはあーゆーアリスも好きだけどね」
「ちょっと乱暴なくらいがゲーマーらしいですよ」
「たしかに、あのときのアリス様は大変魅力的でした」
「うう〜……ツッコまないでってば! もうっ知らないっ! 私ちょっと列車の中探検してくる!」
フンッ、と怒る様すら愛おしく。
三人は心を和ませた。
はぁ……とアリスは自己嫌悪のため息をついた。
自分の悪癖についてもそうだが、三人に強く当たったことにだ。
当の三人は気にしていないのだが。
「気をつけないと……」
肩を落として通路を行ったとき、カツンと音がした。
向かいから歩いてきた少女の鞘と自分の鞘が当たったのだ。
「あ、ゴメンなさい!」
喪服めいた黒い鎧ドレスに眩しい銀の髪。
眼鏡の向こうの透き通ったオッドアイにアリスの視線が固まった。
瞬間、
「――――――――」
アリスは自分の首に剣が触れたような錯覚を覚えた。
総毛立って思わずその場から飛び退き柄に手をかけたが、実際には何も置きていない。
首を触って無事を確かめると、少女は小さく微笑んだ。
「こちらこそ失礼いたしました」
軽く会釈をしアリスの横を通り過ぎていった。
「ビックリした……何だったんだろ今の……」
――――――――
「あ、帰ってきた。おかえり、ジュース売ってた?」
「ええ、車内販売がありました」
少女は席で待っていたもう一人の少女に缶のジュースを渡した。
「ありがとうっ。ん? どうかした?」
「何故ですか?」
「なんか楽しそうな顔してるから」
少女は、ああ……と剣の柄に触れた。
「斬れない人を見たのは初めてだなと思いまして」
新たな出逢いを予感させながら。
列車は【交易都市】へと到着した。




